ゲドウ⑬飛行訓練場に小包が置いてあった。
麻紐で括られたそれは枯れたツルギバナナの大きな葉で包まれている。下敷きにしてあった小さな紙を手に取ると、リーバルの名前が書いてあった。
どこから来たかなんて分かりきっている。
リーバルか包みを開けると、紙に包まれた見慣れた残心の小刀と、翡翠の髪留めが4つ転がり出てきた。
小刀はアッカレの塔での戦闘の際スッパから取り返さずそのままにしていたもの。律儀な奴、と吐き捨てて、これも見慣れた髪留めを摘み上げる。
あの日イーガ団の仮のアジトから回収できなかったものか。だがよく見るとその内のひとつはそれとよく似た新しいものだった。
髪留めをひっくり返して検分すると、何やら内側に仕込みがしてある。
外からはわからないように窪みが掘ってあって、多分丸薬くらいなら仕込めそうだ。
イーガ団が好き好みそうな意匠。突き放したいのか懐柔したいのか、これじゃまったくもってわからないではないか。最高の夜だったが、同時に最低の夜でもあった。
リーバルはこの頃ずっとひとつに括っていた髪を解き、手馴れた様子で三つ編みを編んでいった。
厄災の復活はゼルダの17歳の誕生日であるとの解析結果がハイラル全土に周知された。
焦燥にかられる暇もなく、戦えるもの達はやるべき事をやるだけ。ゼルダ姫が勇気の泉に赴くにあたり、リーバルは護衛として召還された。
修行と称して冷たい泉に入り、肩の震えを押し殺して祈りをささげる姫。
リーバルは時折宙を舞って空から警戒しつつ、リンクとともに泉の入り口を警護していた。
未だ脅威の影はない。小さい魔物が数匹いるが、こちらに興味を持っていないようだ。
幾度目かの巡回の後、リンクの傍に降り立ったリーバルは突然大きな声を出した。
「はぁ~うるさい。うるさいよ君」
リンクはピクリと肩を揺らし、リンクを後ろ目に見るリーバルと目を合わせた。
「その視線。なぜ僕を見る」
びし、と指をさしイラついた様子でリーバルが言う。リンクはあぁ、思い当たると、
「髪型戻したんだな」と言った。
「はぁ~?なんってお気楽なヤツだ!真面目ぶったツラして、大事な仕事中にそんなくだらないことを考えていたっていうのか?嘘だろ!?」
イライラと絡んでくるリーバル。リンクは話の続きが聞きたそうにリーバルの方へ横足で一歩近づいた。
「・・・髪留めがしばらく行方不明だったのさ。今朝戻ってきた」
リーバルがそう言うと、リンクは頷くがまだ何か聞きたそうにリーバルを横目で見ている。
「人の家に置き忘れた。以上」
「なぜ…」
「関係ないだろ。僕にも色々ある」
泉の傍から飛んでくる視線が痛い。二人の小競り合いに気付いたインパがものすごい顔をしてこちらを見ている。
リーバルはフン、と顔をそむけると再び巡回を開始した。
何事もなく修行が終了し、今夜も力に目覚めなかったゼルダ姫が肩を落として泉から出てきた。
月の位置が大分高くなり、風が吹いてくる。天気が崩れないうちに帰ろうとしたその時、異変は起こった。
「敵襲!魔物多数接近!」
伝令のハイラル兵の声が飛んでくる。リンクとリーバルが急いで泉の外に出ると、いつの間に発生したのか大量の魔物が湧き出たように闊歩していた。
「チッ・・・。姫は頼んだよ」
リーバルはリンクを置いて道を切り開くように周囲の魔物の掃討に入った。
幸か不幸か、相手はボコブリンやリザルフォスばかり。数体のモリブリンをやれば、ハイラル兵士達だけでもなんとかなりそうだ。
リーバルは強敵が潜んでいないか確認するためさらに出口の方へ羽ばたいていった。
雨が降ってきた。スコールのような豪雨が密林を湿らせ、湿地帯の地面はあっという間にぬかるんで、そこかしこに水たまりができた。
ジリジリという鋭いノイズに導かれるように道を曲がると、シビレリザルフォスがうじゃうじゃと群れを成していた。中央に雷のモリブリンもいる。
「こいつは今倒しておいた方がよさそうだな・・・」
リーバルは弓を構えると、感電しないよう距離を取って矢を穿ち始めた。
一匹一匹は弱いくせに、とにかく数が多い。一体何本矢を使った?そもそも自分は今何のために戦っているのだろう。弓を引き、矢を穿つ。かわしてひるがえってまた弓を引き、矢を。永遠と続くような一連の動作に、リーバルは自分の意識が戦場を乖離するのを感じた。
イーガ団。実質勘当されたようなものだ。コーガの命でハイラルに潜入し任務にあたっているだなんて、そんな大義名分はもはや存在しない。英傑という肩書きはいまや何のためのものなのか。
コーガ。ただのリトの孤児になった自分に生きる理由を与えた人。両親の仇を取った恩を着せリーバルに鎖を付けた。だがその元凶を作ったのはコーガその人で、全てはその掌の上で踊らされていたにすぎなかった。あのハイラル兵の遺体を誰にも見つからない所に2人きりで埋めた時、解けない呪いをかけられた。…
ふと意識が浮上する。その時雷のモリブリンの電撃をまとった棍棒がリーバルの羽根を掠めた。
「チッ・・・」
一瞬はばたいていた翼の感覚を失い、リーバルは水たまりに落下した。
すかさずシビレリザルフォスが数匹群がってきて放電する。電撃が水を伝って全身に回り、リーバルの身体を地に縛り付けた。
「がはっ………」
もしもこんな雑魚共にやられたらどうだろう。
ふと頭に浮かんだ好奇心がリーバルの抵抗を鈍らせた。
迫り来るリザルフォスの鋭い牙と、電気を纏った棍棒を振り上げるモリブリン。その背には血のように赤い月を背負っていた。雨が上がったのだ。
リーバルはそれを人事のように見上げていた。
頭の中の自分は、痺れの軽い左手ですぐさま金属製の防具を外し、氷の矢をリザルフォスの目に突き立て、懐に潜ませた小刀で放電器官を斬り捨てて、オオワシの弓で近寄るモリブリンを牽制し、・・・
だが現実のリーバルは動かなかった。
ここで死んだら、英傑としては歴史に残るつまらない敗北だ。イーガ団の優秀な偵察としても不名誉極まりなく、末代嘲笑われるだろう。
だが…コーガに出会う前の何者でもないただのリトならば、こんな平凡な終わりはふさわしい!
絶頂の演技をする時のようにわざとらしく身体がビクビクと痙攣する。リーバルは帯電する翼を無理やり動かしてスカーフを緩めると、のしかかるリザルフォスに喉元を晒し、急所を教えるように誘った。
「そうだ…来なよ…」
だがその時、リーバルの身体にドンという強い衝撃が走り水溜まりから吹き飛ばされた。
電撃から解放され、身体が動くようになったのに受身を取らなかったリーバルは地面をずり下がり止まった。
ぱちりと目を開けるといつの間にやってきたのか目の前でリンクが退魔の剣を振り回している。
そうだ。コイツとの決着はまだだったな。
ごろりと仰向けになり赤い月を見上げる。
それがふと影になったと思うと、厳しい顔で覗き込んでくるリンクと目が合った。
「なぜ反撃しなかった」
「出来たはずだ」
「なんで…」
リンクは口を固く結びリーバルの胸ぐらを掴みあげた。
「…君には関係ない」
リーバルがぽつりと呟くと、リンクは自嘲するように顔を歪めて「俺に関係ないことばかりだな、君は」と言った。