Southern Cross「な。言ったとおりだったろ」
浅瀬で海水を跳ね上げる、裸足の指先。
膝までまくった白い足は、以前より目に見えて細い。
ああ、まあな。
ラーハルトはしぶしぶ認めて、夕暮れの浜辺に腰を下ろす。
乱気流のため気球でも到達困難な、断崖絶壁の孤島。
小型の帆船で丸一日格闘し、やっと唯一の入江に潜り込む。
命がけの航海をやり遂げて、島に隠された清い泉ではしゃぎ、遮るもののない絶景で朝日を浴び、割れずに無事だった蒸留酒で乾杯して。
若さを持て余し、意味のない無謀な冒険を繰り返したあの頃は、もう何年前になるのか。
「二回目はないな、などとほざいていたな、ラーハルト」
「貴様。少しは自覚しろ。病で先が短い身で、またこんな無茶を繰り返せると誰が思う」
そう言うと、ヒュンケルは鼻で笑った。
つるつるした巻貝を拾い上げて、相棒に放る。
「意外としぶとかっただろう」
淡い紫の巻貝。なんとなく耳に当てながら、ラーハルトは砂の上で大の字になった。
「しぶといも何も。誰が止めても嬉々として出かけようとするではないか。まったく、世話の焼ける」
「悪かった」
ヒュンケルはクスクス笑って、上からラーハルトを覗き込む。
さかさまに映る痩せた頬と、夢のような夕空。
「必ずもう一度、お前とここに来る。そう約束した」
「そうだな」と、ラーハルトは目を閉じる。
「いくら賭けたっけ?」
「百ゴールド」
「千ゴールドだ。そして俺の勝ちだ」
「……くそ」
懐から銀貨を一枚取り出して、ぴん、と空に放る。
「ああ、お前の勝ちだ、ヒュンケル」
勝者は銀貨をキャッチして、得意げに指先で転がした。
「次は何を賭ける?」ヒュンケルがうきうきと畳みかける。
その声。
師匠やきょうだい弟子には決して見せない、傲慢で楽観的で、子供のように自由な。
永遠にラーハルトとともに冒険を続けていられると、本気で信じているような、あの笑顔。
ぽとり。
銀貨は頬に落ちてきて、音もなく砂に埋もれた。
見上げれば紫色にたなびく雲と、輝き始めた南の星々。
体を起こし、膝を抱えて、丸い水平線を静かに眺める。
星砂を歩む小さな蟹が、不思議そうに半魔の男を見ている。
無数の人間が住むこの地上で、たった一人が見つけられない。
永遠に失われた面影は、あらゆる場所に現れ、そしてどこにもいない。
我ながら、何をしているのか分からない。
死んだ友との旅路を辿り続けて、いったい何になるのだろう。
それでも。
「お前の勝ちだ」
銀貨を握って、満ち始めた夜の海に思い切り投げる。
「お前の勝ちだと言っているだろう。拾えよ」
返事はない。
波を蹴って走る銀色の幻が、ほんの一瞬、見えた気がした。
南十字星の慈悲なのか、ラーハルトが創り出した幻覚なのかは分からない。
ラーハルトは膝をつき、大きく息を吸う。
そして、喉が枯れるまで叫び続けた。
広大なる地上でこの場所だけは、狂おしき喪失を受け止めてくれる気がして。