独りぼっちの魔女の子 街の子どもの飼っていた猫がいなくなったということで探してあげてた治。裏手の森の入り口で見つけ、捕まえようとするもさらに奥へと入っていくので追いかける。やっと捕まえて周りを見渡せば、古びた小屋を発見。明らかに人の棲んでいる気配がするので窓から覗いてみようとしたところ、後ろから角名に声をかけられる。
「ここは魔女が棲んでた小屋だから、近づかない方がいいよ」
角名はこの近くに生えている薬草を採りに来ただけらしい。小屋を壊そうにも、なにが起きるかわからないからそのままなのだという。後ろ髪を惹かれつつも森を出て、猫の飼い主の子どもの元へと向かう治。…威力弱まったかな、と魔法を新たにかけ直して小屋へ戻る角名。
数日後、また小屋を訪れた治。やはり人の棲んでいる気配がして近づいてみると、中から角名が出てきてお互いにびっくりする。
(パッと見じゃ気づかなかったけど、こいつ微かに魔力があるのか…失敗した)
見られたからにはなにかしらの対処をしなければならない。どうしようかと思案していると、治は目を輝かせてここに棲んでんの?と訊いてくる。
「…だったらなに?」
「なあ、中見せてくれへん?」
秘密基地みたいで楽しそうだと言う治に毒気を抜かれて、警戒は怠らずに中を見せてやる。中は物語で読んだように本棚にはぎっしりと詰められた分厚い本、テーブルや壁には薬草やら瓶に入った粉やら液体が所狭しと並んでいる。それにテンションが上がってしまった治はさらに詳しく見たいと言うが、これ以上はダメだと閉め出す。不満を口にしながらも、また来ていいかと問いかける。
「…ここで見たこと、誰にも言わないならいいよ」
「わかった。約束な」
それから間は空くものの、頻繁に治は小屋を訪れるようになる。時には食べ物を持ってきて、小屋の外で二人で食べたりもして。怖くないのか訊けば、「やって角名ええやつやん」と即答で返ってくる。友人なんかいなかった角名にとってはそれが嬉しくて、治が来るのが楽しみになる。治も徐々に心を開いてくれる角名が気になってきて、小屋に来る前に美味しいもん食べさせたろと街に繰り出してお土産を吟味したりするように。
そんな治の行動に気づいた侑がなにしてるのか訊いても、治ははぐらかして答えない。こっそり後をついて行っても、いつも森に入ってすぐに見失う。歩きまわっても見つからず、呼びかけても返事はない。しょうがなく森から出れば、後ろからけろっとした顔で「なんしてんお前」と怪訝な表情をされる。
「お前こそなにしてんねん、こんな森ん中で」
「…お前、まさかつけてきたんか」
「こそこそしとるお前が悪いんやろが。なんや、女か?」
「……お前に関係ないやろ」
頑として口を割らない治に、侑もムキになってつきとめようとする。他に知ってるやつはいないかと、アランや北に訊いてみても誰も知らない。ただ侑は忘れていたが、あの森には魔女が棲んでいた小屋があるという。もしかして魔女に唆されているのではないかと、治には内密に事が進めれる。
魔力のある者に見てもらうと、もしかして治は魔法をかけられているのではないかという。本人に問い質しても、知らぬ存ぜぬを繰り返すばかりで埒が明かない。仕方なく森へ向かう治の後をつけていく。すると魔女の小屋で誰かと会っている。傍から見れば普通の青年だが、魔力のある者にはあれが魔女の末裔であることがわかった。すぐに立ち去り、王に報告する。魔女は陰険で卑しく不幸をもたらすと信じられてきたので、すぐに討伐の命が下る。
そんなこと知らない治は着実に角名との距離を縮め、角名も治のことが好きになっていた。会いに来てくれることが嬉しくて、こんな森の中になんて他に誰も来ないだろうと思ったのに、そんなことはなかった。
◆◆◆
街で食糧を買って帰る途中、結界が意図的に破られた気配を察して小屋へと走る。けれど時すでに遅く、そこには轟々と燃え盛る炎。その中でパリンッと瓶が弾けたりボンッと爆発する音、いろんな薬草が入り混じってなんとも言えないニオイが立ち込め、薬品のせいか赤かった炎は青白く変わっていた。
(…母さんの、家が…)
呆然と燃える小屋を見つめていると、後ろからタイミング悪く治がやって来た。
「…え、…は…?」
その声を拾ったのか、小屋を囲んでいた集団がこちらに気づく。「治さま!」と呼びながら数人が治の前に立ち塞がり、残った数人が角名の周りを取り囲む。てっきり街の人だと思っていたのに、治は王族だったらしい。「卑しい魔女の子め!」「治さまを謀りおって!」と口々に罵倒される。「なに言いよんねん!?」と治は弁解するも、角名には届いていない。
「こいつは卑しい魔女の子です。治さまを操ってよからぬことをしようとしていたに違いありません」
「治さまに僅かばかり魔力がおありで幸いでした。他の者ならすぐに騙されていたでしょう」
「魔女の子を見つけた褒美に、王が好きなものを与えると申しておりましたよ」
(…ああ、なんだ。そういうこと…)
そうだ、すっかり忘れていた。この国では魔女は卑しい生き物で、ずっと迫害されてきたのだと母さんに教えられてきたのに。だから小屋の外に出る時は髪や瞳の色が周りと差異がないように魔法をかけるのを怠らなかったし、簡単に辿り着けないように小屋の周りには結界を張っていた。全部、母さんに教えられたこと。そんな仕打ちを受けてまで母さんがここに棲み続けたのは、この場所が好きだったから。他に身寄りも知り合いもいない俺にとっては、母さんだけがすべてだった。だから母さんが死んだ後もこの場所を離れなかったし、離れようとも思わなかった。
俺ね、治がここに来た時は驚いたけど嬉しかったんだよ。誰も来ないようにしてたのに、でも来てくれて嬉しかったんだ。治は優しくて、小屋の中を見せても気持ち悪いとか言わなかった。いつも来る時は美味しい食べ物を持ってきてくれて、たくさん知らない話をしてくれて。それがすごく嬉しくて、治と過ごす時間が、もっともっと続けばいいのにって思ってたのに。
「……全部、嘘だったんだ」
「っ、ちが…!角名、俺は…ッ」
「いい。…もう、どうでもいい」
さああ、と角名の髪の色が闇色に染まっていく。陽の光を浴びてキラキラと煌くそれはまるで絹か宝石のようで、瞳の色も濃い茶色から透けるような綺麗な若草色に変わっていた。あれが、角名の本来の姿。
見惚れている治とは対照的に、身構える集団。角名を囲ったまま槍を向け、そのまま突き刺そうとするので「やめろ!」と声をあげるが止まらない。けれど、それが角名の身体に届くことはなかった。バチッと弾かれ、簡単には傷つかないはずの槍の矛先がぐにゃりと曲がっている。「このっ、化け物め…!」誰かがそう吐き捨て、それで一気に目が覚めた。
(ああ、そうだ。…俺は、化け物の子なんだ)
掌を翳して横に薙ぎ払えば、それに引っ張られるように集団が吹っ飛ぶ。治だけは無事で、角名の名前を呼ぶけど反応はない。呻きながらも起き上がった数人の方に掌を翳したと思ったら、その後ろの小屋の炎の勢いが強くなる。
「燃やすなら、跡形も残らない方がいいでしょ」
青白かった炎が黒に変わり、火柱になって一気に空高く燃え上がる。周りの草や樹は燃えず、ただ小屋だけが燃えていく。火の勢いが弱まってくると、燃え滓になったなにかが残る。風に吹かれただけで灰がさらさらと舞い、木材の焼けたニオイが立ち込める。
『恨みは呪いになってしまうから。…だからね倫太郎、それだけはしちゃダメよ』
母さんにずっと言われてきたこと。黒魔術を使う魔女にとって、呪いは身近であり恐ろしいもの。その危険性をよく知っているからこそ、口を酸っぱくして何度も言い聞かせられてきた。約束したもんね、母さん。ちゃんと守るから、安心して。
(俺は自分で燃やしたから…。だから、誰も恨まないよ)
そのままふわりと浮き上がる。驚いたのは治で、声をあげれば角名の瞳がちらりとこちらを向いて微笑む。
「…これで、満足?」
自嘲するように笑う角名に、違うと心が叫んでいた。こんなこと望んじゃいなかった。角名を苦しめるようなことなんて、考えてもいなかったのに。
そのまま突如出現した箒に乗って、角名は姿を消してしまった。追いかけることもできず、こちらを振り向いてもくれなかった。そのまま治は城へ帰り、父親である王とガチ喧嘩。
「あいつがなにしたんや!変な思い込みだけで追い詰めよって!少しは話聞いたろとか思ったらどうなんや!!」
褒美も貰わず部屋に篭る治に、侑も少し居心地が悪い。一番初めに治の異変に気づいたのは自分で、周りに訊きまわったのも自分だから。でも、こんなことになるなんて思っていなかった。そう言って信じてくれるかはわからないけれど、すまんと治には謝った。でも治からは「…一人にしてくれ」としか返ってこなかった。
それから毎日、治は角名のいた森に通った。燃え滓もニオイもなくなった森に来て、角名との記憶に想いを馳せる。好きやったのに、俺が追い詰めてしまった。俺がもっと上手く立ちまわっとけば、こんなことにはならなかったかもしれない。角名に合わせる顔がない。それなのに、どうしても会いたいなんて。
◆◆◆
数年後、訪れた森で人影を見つける。それは角名の小屋があった場所に佇んでいて、暗くて顔がよく見えない。「誰や」と声をかけて振り向いたのは角名で、最後に別れた時から少しだけ髪が短くなっていた。
「…ごめん。母さんの墓参りに来ただけだから」
そう言って去ろうとする角名の腕を掴んで謝る治。あの時のこと、自分が原因でああなったこと。ずっと謝りたくても謝れないでいたから。「いいよ、別に気にしてない」と素っ気ない角名に、好きだと告白する。
「…そ。ありがと」
「角名は?…俺のこと、好き?」
「…そんなの、言ってもしょうがないじゃん」
俺は忌み嫌われる化け物の子で、治はこの国の大事な王族。だったら、辿り着く未来は一つだけだ。
「幸せになってね、治」
「嫌や…。俺は、お前と一緒に幸せになりたい」