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    浬-かいり-

    @Kairi_HLSY

    ガルパ⇒ハロハピの愛され末っ子な奥沢が好き。奥沢右固定。主食はかおみさ。
    プロセカ⇒今のところみずえなだけの予定。

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    かおみさ

    #ガルパ
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    #かおみさ
    loftyPeak

    その我儘、今日限定につき 寒いな、と身震いする感覚で目を開ける。薄いタオルケットだけでは暖を取るには心許なくて、でも手元にはそれしか無いから仕方なく引き寄せて身体を丸める。今は何時なんだろう。頭が重い。身体の節々が痛む。吐き気がして気持ち悪い。……昨日、何時に寝たっけな。
     そんなことをぐるぐる考えていたら、頭に何かが乗せられた。ゆっくりとそちらに視線を移す。


    「おはよう。今日はよく眠っていたね、お姫様」


     声を掛けてきたのが薫さんだと気付いて、頭に乗せられたのは彼女の手だったと理解する。撫でる感触が心地よくて、それでも頭の痛みは和らいではくれなくて顔を顰める。
     あたしと同じで朝には弱い薫さんだけど、今日はとっくに起きていたようで身なりが整っていた。
     何か予定があったっけな、と尋ねようとしたが、声は掠れて言葉にならなかった。喉が渇いているのだろうか、やけに痛む。


    「どうしたんだい?」


     何かを言おうとしたあたしに気付いて、薫さんが首を傾げてあたしの顔にかかった髪をどかす。その手が頬に触れた瞬間、微笑みは険しい顔へと変わった。
     確かめるように、額に手が触れられる。冷たくて気持ちいい。


    「……熱があるね。美咲、大丈夫かい? 辛かったね」


     ……熱? そう言われて、寒気と頭痛と掠れた声に合点がいった。成る程、風邪を引いたのかな。確かに最近は季節の変わり目だったし、あとちょっと寝不足気味だったし。
     待ってておくれ、と優しく頭を撫でて薫さんが寝室から出て行く。今日は土曜日だし、バンド練習も部活もバイトも無い。ゆっくりする予定だったのに風邪を引いたのはついてないけど、一日中寝る理由にはなるかな、と呑気に考えながら寝室のドアを見つめた。
     ただその直後、薫さんは確か予定があったことを思い出す。演劇部の打ち合わせがあるから大学へ行くと行っていた。


    「お待たせ、美咲」


     帰ってきた薫さんが、額に冷却シートを貼ってくれる。体温計を手渡されたので、大人しく脇に挟んだ。同じく手渡された水を飲めば、掠れた声が幾分かマシになる。


    「薫さん、今日出かける予定あるよね?」


     今度はしっかり声になった。薫さんは首を振ると、丁度鳴った体温計を取り出してあたしに見せてきた。38.4度。思ったより高くてびっくりする。
     見上げれば、薫さんが困ったような顔をして首を振った。


    「こんな状態の美咲を置いていく訳にはいかないからね。今日は休むよ」

    「いや、大事な打ち合わせって言ってたじゃん……!」


     うっかり語気を強めたところで渇いた咳が出る。促されたままにもう一度水を飲んで、呼吸を整えた。


    「大学入って初めて主役貰ったんでしょ。初回の打ち合わせ行かなくてどうするのさ」

    「いや、しかし……、」

    「あたしは大丈夫だから。寝てるだけだし、子供じゃないんだし。いいから、あたしのことは放って置いて出かけてきてよ」


     こんなベッドに沈んでる状態じゃ説得力も何も無いけど、あたしのせいで薫さんに迷惑を掛ける訳にはいかない。
     説得の末、薫さんは渋々ながらも了承してくれた。食べられそうな時に食べてくれとお粥を作って、水の入ったペットボトルを2本と替えの冷却シートと薬を枕元に置いて、夏にはちょっと厚い布団を被せて。ちょっと過保護なくらいに世話を焼いてから、予定より少し遅れて家を出ていった。
     申し訳なさそうな顔をする薫さんに、あたしは力なく笑って手を振った。玄関のドアが閉まる音に安堵する。あたしのせいで、薫さんの予定に穴を開ける訳にはいかない。


     薫さんが出て行った家の中は、いやに静かだ。
     デザインが気に入ったからって理由で買った壁掛け時計の秒針の音が、今日はいつもよりはっきりと耳に届いてくる。
     普段気にすることのなかったその音が、時間の流れを正確に刻んでいくその音が、やけにゆっくりで嫌な音に聞こえた。薫さんが帰ってくるのはまだまだ先だって、現実を突きつけられているような気がした。

     割れそうな頭の痛みに耐えるようにぎゅっと目を閉じれば、じわりと涙が滲んだ。汗で張りついた前髪が気持ち悪いけど、それを直す気にもなれない。
     あたしって本当にめんどくさい。あたしのことは放って置いて出掛けてくれって言ったのは、他でもないあたし自身なのに。なんで心細いと思ってしまうんだ。なんで早く帰ってきて欲しいなんて、身勝手なことを考えてしまうんだ。

     こんなことをぐるぐる考えてしまうのも、ぜんぶ風邪のせいだ。時計の針の音がうるさくて、耳を塞ぐように更に丸まって———、





    「おや、おはよう。具合はどうだい?」


     ——目を開けたら、薫さんが微笑んでいた。頭がぼんやりする。あれ、あたしいつの間にか寝てた……?


    「……今、何時ですか」

    「お昼を過ぎてだいぶ経つかな。よく眠っていたよ」

    「いつ、帰ってきたの」

    「3時間くらい前かな。打ち合わせが結構早く終わったんだ」


     ふと、傍に腰掛ける薫さんの膝に台本が置いてあることに気付いた。ここで読んでた?


    「……もしかして、ずっと、傍にいてくれてたんですか」


     帰ってきてから、あたしが起きるまでずっと? 不思議そうな顔をしてしまっていたのか、薫さんが優しく頭を撫でる。


    「美咲のことが心配だし、大事だし、好きだからね。私が傍に居たいと思ったんだ」


     恥ずかしげもなくそんなことを言うと、薫さんが立ち上がる。お腹が空いただろう、お粥を温めてこよう。そう言った彼女の服の裾を、咄嗟にぎゅっと掴んだ。少し驚いたように丸くなったルビーの瞳が、此方を見下ろす。
     

    「あの、それはまだ大丈夫なので、その……、」


     ただでさえ掠れ声で喋りにくい台詞は、しどろもどろになって上手く紡げない。


    「……もうちょっとだけ、ここに居てくれませんか」


     それでも縋るように伝えれば、薫さんはなんだか嬉しそうな顔をしてまた傍に腰掛けた。こんな風に甘えるなんて、きっと後で恥ずかしくて顔を覆いたくなるに違いないけれど、風邪なんだから仕方ないって今は言い訳をしておく。
     こんな我儘、今だけだ。

     薫さんが手を握ってくれる。手がひんやり冷たく感じるのは、あたしの熱のせいなのかな。
     いつもより冷たい大きな手が、あたしの手を包むように握る感触。それだけで、さっきまでの心細さと不安が嘘だったみたいに安心できた。我ながら単純だなんて内心笑いながら、その手を握り返すのだった。
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