セックスで愛を計るな。続きベッドの上で寝転がりながら、月島を待っていた。
手の中のスマホからは女の喘ぎ声。肌色と肌色がくんずほぐれつしている無修正の映像が流れている。女性の性器ばかり映されても参考にならないので、早送りして映像を飛ばしつつ眺める。
AVを見て勃つかと言われたらNOである。
羨ましいとか、興奮するという気持ちもない。なんというか、免許更新時に見せられる講習安全ビデオを見ている気分に近い。大勢の人はこれをみて興奮を覚えるらしい。自慰をする時にAVを見ると言うのは知識にはあるが、これで一体どう興奮するのかがわからない。
どんなことをすれば相手が気持ちいいのか、とか、どんなことをすれば喜んでくれるのか、という男性相手への知識がない。女性相手であれば、≪過去≫の記憶が引き出しにあるので多少はわかるが、男性相手になると過去の記憶を引き出してきても完全にマグロ状態でしか経験がないので、こちらからどう行動すればいいのかがわからない。とはいえ、月島には満足して欲しいという気持ちがある。そうなると頼れるのはインターネットの情報かAVである。AVのプレイを真似してそのままやる男はクソだというのを聞いたことがあるが、知識がなければ頼らざるを得ないのにも頷ける。
まあ私にとってAVは興奮材料というより本当に勉強教材に近いので、淡々と見続けるしかできないのだが。普通のAVはなんか違うな、ゲイ向けの方がいいのか?と、画面を変えていると、寝室のドアが静かに開いた。
「起きてます?」
バタンとドアが閉まり、パジャマ姿の月島が入って来る。私は携帯を放り出し、月島がベッドの端に腰掛けたのを見て、横に移動した。
「月島は何をして欲しい?」
私が問うと、彼はぎくりとしたように身体を強張らせた。
「な、に、というと」
「フェラとか素股とか」
「ンンッ……待ってください、いぃんですかソレ?」
月島の声が面白いほどに動揺していた。
「勿論だ。ただ……私の反応がなくても萎えない自信があるならだが……」
「自信はあります!」
アハハ、と思わず笑ってしまうほどの返事だった。私はちょっと力が抜けて、月島から離れてベッドに寝転がった。月島も私の後を追って、ごろりとベッドに横たわると、私の方を向いて、頭を撫でてきた。
「鯉登さんが私の為に色々考えてくれてるってだけで嬉しいです」
頭を撫でられるのは心地いい。安心するし、満たされる。けれど誰でもいいわけではない。月島だから心地いいと思える。こういうのが、普通は性欲に変わるんだろうか。
月島の正面から身体を寄せてみる。厚い胸板に手を当てると、心臓が動いているのがわかった。
「いつもより早いか?」
「少しだけ」
ふ、と笑った月島は、その足で私の足を絡め取ると、グッと身体を引き寄せた。
「キスしても?」
「ん、」
月島の言葉に目を瞑って、身構える。緊張が伝わったのか、月島は私の背中をゆっくり撫でながら、触れるだけのキスをした。
それだけ?と、思って薄目を開けると、月島の顔がまた近づいてきたので慌てて目を閉じた。何度か啄むだけのキスをしていると、月島の舌が唇の間を何度かなぞった。あ、と思って、慣れないながらも少しだけ唇の力を弱めると厚い舌が口の中に入ってきた。そういえばキスというものはひどく淡白なものしか経験したことがない。舌を絡めるのなんて、数えるほどもない程度。どこか他人事のように思いながら、舌を差し出すと、ちゅ、と先を吸われた。なるほどこれは卑猥な感じがする。こう言うのをしてやれば月島も喜ぶだろう。今度の時は私からやってやろう。などと考えていると、音を立てて唇が離れた。
恐る恐る目を開けると、月島が柔らかい瞳で私を見ている。
「怖くなかったですか?」
「うん」
別に性的な接触が嫌いとかトラウマとかそういうわけではないので、単純に怖くはなかった。ただ、好きな相手から優しく丁寧に扱われる心地よさはあった。
「そんな怖々触れなくてもいいぞ?減るもんでもないし、経験だって……」
あんまり確かめるように触れてくるので、思わず口が出てしまう。流石に初モノじゃないと嫌だなんてことは言わないだろうが、褥で過去の経験の話をするのは無粋かもしれない、と、途中で言うのをやめた。
私の気持ちを察したのか、月島は額に唇を落として、私の体を強く抱きしめた。
「今日はこのまま寝ていいですか?」
「しないのか?」
「それは追々で……」
「そうか?」
「でもキスはさせてください」
「ふふ、いいぞ」
ゴソゴソと布団を二人でかぶって、もう一度月島にくっついた。超至近距離に顔があるのを眺めつつ、ゆっくり目を閉じると、瞼に軽く唇が触れた。それから目の下と頬。顔中にキスをされて、なんだか犬に顔を舐められているような気持ちになったが、優しく触れてくれることと、大切にしてくれている感じがして、ひどく愛おしかった。
唇にキスが降ってきたので、少しだけ唇を開いてみる。同時に、月島の足が、するりと私の足を撫でるように動いて、更に手が髪を梳かすように頭皮に触れて、私は意識をどこに向けていいかわからなくなった。
色んなことがいっぺんに起きている。なんだか水に溺れた時のような気持ちだった。けれどキスの最中に喋っていいのかもわからず、私は月島の胸を軽く叩いた。
「どうしました?」
柔く唇を楽しんでいた月島は、私の声無き呼びかけに直ぐに反応してくれた。唇は離したが、私の髪をサラサラと撫でている。
「いっぺんにやらるっと……どげんしたらいいか……」
「どうもしなくていいんですよ。私がやりたいだけなんですから。でも苦しいとか嫌だと思ったら今みたいに止めてくださいね」
「嫌ってわけじゃないが……溺れるかと思って……心臓がバクバクすっ……」
月島の手が布団の中でゴソゴソと動いて、私の胸に触れた。パジャマの布を肌に押し付けて、鼓動を確かめようとしていた。
「お揃いですね」
「ふふっ、本当にな」
「はぁ、鯉登さんにこうして触れられるだけで、本当に幸せです」
頭を撫でていた手が強く私の身体を引き寄せる。月島の肩口に顔を埋めて息を吸うと、優しい石鹸の香りがした。
「おいも……」
布団と月島の体温と、自分の鼓動と月島の鼓動が混ざり合って、暖かくて心地よくて、私の思考はゆっくり闇へ落ちていった。