ななたん2023 昼間の太陽に熱せられたビル群が熱を放出して気温がさがりきらない真夜中。生ぬるい空気の中を泳いで、僕はふわりととあるマンションの玄関先に降り立った。ズボンのポケットを手で探ると、硬い感触に当たる。鍵だ。それを握ってポケットから出して、目の前のドアに挿し込む。なるべくゆっくりシリンダーを回す。きっとこの部屋の住人はもうベッドの中で夢をみているはずだ。僕が来ることは伝えていないし、特に期待もしていなかったはずだ。たぶん。だからこれはサプライズ、というか、僕が逢いたくて、任務から直接飛んできた。それだけ。
僅かな音だけで玄関に入ると、僕にとって安心する香りがした。この香りがすると、帰ってきた感じがする。玄関にはプレーントゥの革靴が揃えておかれている。しっかり手入れもされて、今回の任務は無事に終わったらしい。僕もそのとなりに靴を揃えて脱いだ。黒いサイドゴアブーツと茶色のプレーントゥの革靴が並んでいるのは、ちょっと嬉しい。オマエも帰って来たんだね。
勝手知ったるなんとやら。廊下を進んで、寝室のドアを開ける。寝室のドアに背を向けるように横を向いて、ベッドで規則正しい穏やかな寝息をたてている。僕はベッドに近寄って、さらさらな金の髪を指の背で撫でた。ななみ、と吐息で呼んでみても起きない。いや起こすつもりはないんだけどね。
「シャワー借りるよ」
聞いてはいないと思うけど、一応声はかける。小声で。僕としては、そのまま服を脱いでベッドに入ってもいいんだけど、七海はきっと怒るからね。
全身を綺麗にして、清潔な寝間着を着て、いざ七海の眠るベッドへ、再び近寄った。七海は、僕がシャワーに向かったときと同じ体勢で寝ていた。そっと掛け物をまくり、もぐりこんだ。掛け物を薄掛けにしたらしい。以前来たときはまだ羽毛布団だった。季節の流れってこわい。
モゾモゾと七海の背中に近づく。とてもぬくい。背中にぴったり張り付いて、両腕を七海のお腹にまわす。ベストポジション。軽く抱きしめて目を閉じる。心地よい鼓動を七海の身体から感じて、眠気がやってくる。夢か現かの間で七海の香りに包まれながら、口を開いた。僕はこれを一番に伝えたくて、オマエの元に帰ってきたんだ。
「ハッピーバースデー、ななみ」
オマエが帰ってきてくれて僕は嬉しい。
(目が覚めたら、七海に真正面から抱き込まれていた話はまたいつかね)