(未完成)俺には想い人がいる。
その人は至極物静かでこの国の人間にしては珍しく堅物な性格をしている。されど清廉な空気を身に纏い、それでいてどこかあたたかな雰囲気も持っていて。一言で表現するなれば玻璃細工のような「美しい人」。
硝子張りの少し古びた小さなバールのカウンター内でただ一人静かに佇み、注文を受ければその背後に設置された旧式と思われる機械を操作して芳醇に甘く香る一杯のあたたかいエスプレッソを淹れてくれる。普通の珈琲とは違い、デミタスと呼ばれる小さなカップにたっぷりの砂糖を入れよくかき混ぜたそれはチョコレートのような風味ととろりとした飲み口が特徴的で、本国ではお目に掛かれない不思議な味だ。だが、イヤな甘さは欠片もなく、彼のあたたかな人格を表したような味わいに「美味しい」と一言告げれば、フッと小さく満足そうに口元が上がるのがどこか愛らしい。
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