恋人ごっこ。 (マサ音)「ねぇ、マサ……本当に行っちゃうの?」
歩みを進めようとした矢先、背後からクゥーン……と子犬のしょぼくれた鳴き声ような台詞が聞こえ、振り返れば俺を見上げながらジャケットの袖を摘み引く一十木の姿があった。
「一十木」
「俺、離れたくない」
突然のことに目を丸くしていると、か細い震えた声でそう呟き、流れるような所作で緩りと抱き着かれる。思わずそっと彼の頭部に手を添えて撫でてやれば、己の肩に凭れるように頭を預けてくれる様子に愛おしさが込み上げた。
「だが、そろそろフライトの時間だ。行かねば」
「マサが他の奴とフライトする姿なんて、見たくないよ」
「一十木……」
「どうして今回は俺とのフライトじゃないの?」
伸ばされた一十木の片手が俺の空き手を掴み、きゅっと指が絡み合う。そのまま持ち上げられ一十木の頬へと添えられると、手の甲に柔く彼の温もりが伝わって。
寂しげな声音に、身長差で上目遣い気味の潤む瞳……嗚呼、このまま口付けてしまいたい……!
そんな欲望を抱いた、その時だった。
「……お前ら、何やってんだ?」
声のした方を見遣れば、呆れた顔の来栖が腕を組みながらこちらを見ている。それに対して一十木は俺の肩に頭を預けたまま緩々と顔のみを来栖へと向け、「んー?」と小さく唸りを上げて、一言。
「恋人ごっこ、機長編?」
「はぁ?」
「折角のこの衣装だし、なんか思いついちゃって」
そう言いながら俺の背へと添えていた手を伸ばし、自身の袖を掴んで見せているのは九月に予定しているライブ用に準備した曲のジャケット衣装だ。
『ツアーズ』と題した通り、世界旅行をイメージしたそれはいつぞやのシャイニングエアラインの時のようなパイロットの衣装で、当時と違う面といえば白を基調とした色味に四本の線が入っていること。あの頃は新人パイロットという設定上、副操縦士としての三本線であったが、今回は機長としての四本線であり、俺たちの成長を表しているようで誇らしくもある。
「一十木が面白いことをしてきたので、つい、な」
「聖川もノリが良いのは構わねーけど、ほどほどにな」
「まあ、そう言うな。即興というのは存外楽しいものだぞ」
そう言いながら握られていた手をきゅっと握り返し、見せ付けるように一十木の旋毛へ唇を寄せれば途端に一十木の頬が淡く染まり、来栖の溜め息がより大きく響いた。