11/29誘惑は済んでいるのでお蔵入り ある日、出先から帰るときにメフィスト様がそういえば、と口を開いた。
「悪魔学校って男子禁制の誘惑の授業あるよね」
「ありますね」
なんで知ってんだ、そんなもの。後で聞いたらまたもやイルマくんに聞いたらしい。ろくなこと聞いてこないな、このヒト。
「成績良かった?」
「いえ、辛うじて単位をもらえました。ほんと〜にギリギリでした」
そう言うとメフィスト様はビックリしたような顔をした。驚かれる理由はわからないけど、自分でもドン引きの成績だったのであまり思い出したくない。
「え、なんで」
「……その、殴って解決できる科目は得意なんですけど」
「魔歴も得意でしょ」
「あれは、まあ、みっちり見てもらってましたし、覚えれば良いので。でも誘惑って相手のことを好きにならないとダメなんですよ」
「……あー、そうだね」
「おわかりいただけましたか……」
そう、私はヒトに対する好き嫌いが激しい。だいたいの他人は好きじゃないし、仕事でお金を貰っているから最低限の人当たりを維持しているだけで、大好きなのはメフィスト様だけで、あとの知り合いは普通枠に入り、それ以外は概ね他人なので……。
文字を読み込むのも、体を動かすのも好きだけど他人に感情を割くことが出来ないから誘惑が出来ないのだ。教科書に書いてある知識の実践はできても相手ごとに応用できない。なので最初の授業での魅力度は普通だったけど成績そのものはぜーんぜん良くなかった。
「……つまり、俺にデレデレする君は割とレア?」
「そですね。というか今まで他人にデレデレした覚え……なくもないですけど、基本的にはメフィスト様にしかデレデレしないですよ、私は」
「そんな真顔で、そんなかわいいことを」
メフィスト様がよくわからない顔でこちらを見ている。嬉しいと困惑が半分くらいだ。
「というかですね、好きな人以外に普通デレデレしなくないですか」
「デレデレというか、甘えたり可愛くしてみせたりして自分に都合よく好意を持たせるんじゃないかな」
「なるほど。ライム先生が言ってらしたのはそういうことだったんですね」
「……今まで理解してなかった? よく単位取れたね」
「あ、でもそしたらメフィスト様のことは大好きだから誘惑できるかもです。帰ったら誘惑術の教科書探してみますね!」
「いや、これ以上好きになると困るから誘惑しないでもらって大丈夫」
「えっ」
「君も、家から出られなくなるのは困るでしょ?」
そう言って立ち止まったメフィスト様の顔はめちゃくちゃ怖かった。こういう悪魔がアザゼル様やナルニア様に縄をかけられるんだなって思うくらい怖かった。
そういうわけで誘惑術はお蔵入りしたのでした。