鋼鉄の犬と隠し切れない猫の話 定時を一時間程過ぎた牙隊隊室。
日勤の隊員は帰寮済み、夜勤の隊員は各自任務に行ってしまったため、隊室に残っているのは引き継ぎと日報作成の終わらない新米私と、待たされているアザミ大佐のみである。
「書けました!」
「……及第点と言ったところだな。明日はもう少し手早く書き終えるように」
「イエッサ! ところでアザミ様、背中の爪痕もう大丈夫ですか? けっこうがっつり引っかいちゃってましたよね」
そう言うとアザミ大佐はめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。
「あの後すぐに魔術で治療したから問題ない。ないが」
「へー、アザミ大佐ったら、新人ちゃんとがっつり爪痕残るようなコトしてるんすか? お盛んッスねえ」
「!?」
隊室の扉から顔を出していたのはフェンリル様で、アザミ大佐が椅子をひっくり返す勢いで立ち上がった。
「ちが、違います!! 寮に棲みついた念子が風呂場に乱入して!」
「捕まえようとしたアザミ様がめちゃくちゃ引っかかれてしまいまして」
「アザミ大佐、動物から嫌われてるッスからね。はいこれ。来週行ってほしい任務の概要。今週中にメンバー決めて教えてね」
じゃあねー、と弛く手を振ってフェンリル様は出て行った。なので私はまだ固まっているアザミ大佐の腕を引っ張って耳元に口を寄せる。
「爪痕残さないように、ちゃんと爪切ってますよ、私」
「なっ、っ、知ってるから言わなくていい!!」
「アザミ様も爪切ってから来るの、私も知ってます」
「それも言わなくていい!!」
「お先に失礼しまーす」
怒られる前に隊室を出た。
そしたらそこにまだフェンリル様がいる。
「わ、お疲れ様です」
声を落としたから、さっきの会話は聞こえてないと思うんだけどな。アザミ様の怒声は聞こえてるかも。盗聴防止魔術使っておけばよかった……。
「珍しくアザミ大佐に懐く子念子ちゃんに、良いこと教えてあげるッスね」
とぷんと魔術が発動する音がした。
『アザミ大佐は痕を残すのも好きッスけど、残されるのも実は好きだから、今度つけてあげるといいッスよ』
『なっ、え、なんで、そんなこと』
『なんで知ってるのかって? んー、企業秘密』
そう言ってフェンリル様は今度こそスタスタと去って行った。
残された私は、私の日報を確認したアザミ大佐が出てくるまでそこから動けなかった。