今夜のあなたはお酒の匂いがする 春の終わりの週末。あたしは一人でアザミくんの家にいた。
「寂しいなー。まだかなー」
今夜は牙隊が飲み会をしていた。少し前の爪隊の飲み会のときにアザミくんが牽制のために迎えに来た。あたしも迎えに行きたかったけど、「遅くなるから家で待っていろ」って言われて、こうしてアザミくんの家で時間をつぶしている。
仕事を終えて、寮でシャワーを浴びて着替えて、ごはんも済ませてから来た。
……アザミくんの家に一人でいたくなかった。アザミくんの家の合鍵は、もともとずっと持ってたけど、使うのは初めて。
「寂しいなー……」
ここは、アザミくんの家だ。アザミくんが「いいよ」ってドアを開けてくれて、初めてあたしの居場所になる。
合鍵をもらってる時点で、いてもいい場所なんだろうけどさ。
アザミくんのベッドで転がりながら、持ってきた本を読んだりス魔ホをいじったりして時間を潰す。
飲み会開始から、そろそろ三時間。もうお開きになったかな……。
その瞬間、玄関でガチャンと鍵が回る音がした。
「アザミくん!」
転びそうになりながら、玄関に急ぐ。少し目元の赤いアザミくんが帰ってきた。
「お帰りなさい!」
「ああ」
ぎゅっと抱きしめられる。スーツはお酒の匂いがして、ひんやり冷たい。
「……やはり、いいものだな」
「うん?」
アザミくんが、あたしの額にキスしてつぶやいた。
「おかえりと、言われるのが」
「アザミくん、あたしに『お帰りなさい』って言ってほしかったの?」
「……ああ」
腕の力が強くなる。
「いつから?」
「お前に、鍵を渡したときから」
鍵は、アザミくんが魔関署に正式採用されて、寮を出たときにもらった。寮は騒がしくて落ち着かないからって、研修が終わってすぐにひとり暮らしを始めた。そのときから、ずっとこの家の合鍵を持ってる。
渡したときに言ってよ、それ。
「ここは、アザミくんの家だと思ってたから」
「その割には好きに出入りしていたが?」
「アザミくんがいるときしか来てないし、入れてくれるから、あたしの居場所になるんだもん」
やっと離れる。
アザミくんを家の中に引っぱりこんで、ジャケットを受け取る。
「シャワー浴びられる?」
「問題ない」
「じゃあ待ってるね」
アザミくんを見送って、ジャケットに顔を埋める。お酒と、アザミくんの匂いがした。
ベッドで寝転がって待ってたら、シャツと下着姿のアザミくんがすぐに出てきた。腕を広げたら、上に乗っかってきた。大きな犬みたい。
ふわふわした髪に口づける。
「あたしも牽制行きたかったな」
「いらないだろ」
「あたしだっていらないよ」
「いる」
「なんで」
なんか言われても、アザミくんだけだよ。他の悪魔にフラフラ着いて行ったりしないのに。
シャワーで温まったせいか、頬を赤くしたアザミくんに鎖骨や首筋を噛まれる。
「お前が、声をかけてもいい女だと思われるのが嫌なんだ」
なんだ、それ。
「声をかけたら、もしかしたらと思われていることが不愉快だ」
首や胸元が噛まれたり、吸われたりしている。あたしも跡、つけたいな。あたしはとっくにアザミくんのものだから、アザミくんもあたしのものになってよ。
「アザミくん、独占欲すごいね」
「気づかなかったのか?」
「んー、そうかも」
「嫌か?」
「ううん。服もアザミくんの好きなやつにしていいし、休みの予定も合わせるし、ごはんもアザミくんが決めてくれていいよ」
そう言うと、アザミくんは呆れた顔をした。
「服も食事も、お前が選ぶのが面倒なだけだろうが」
「ばれちゃった?」
てへへと笑ったら、アザミくんはごろんと転がって、今度はあたしを腕の中に収めた。温かくて眠くなる。
「休みの予定も何も、疲れてここで寝ているだけだろうが」
「ね。爪隊、めちゃくちゃ忙しい……」
「知っている」
「牙隊がめちゃくちゃ忙しいのも知ってるよ。ねえ、歯ブラシとカトラリーとパジャマ、ここに置いていい?」
「構わない。それくらいで、安心できるなら」
「官舎に引っ越す?」
魔関署の官舎は夫婦か家族じゃないと入れない。
「今、空きがない」
「え、そうなの……」
「年度末から確認をしているが、今年度は異動がなかったらしい」
年度末って、付き合い始めてまだ一ヶ月半くらい? そんな前から確認してたんだ、アザミくん。いや、それ、ちゃんとあたしに言ってよ。空きが出たら、その時点でプロポーズする気だったの?
断られるなんて、これっぽちも思ってなかったんだろうなぁ……。断らないけどね。
「言っただろう『おかえり』と言われたかったと」
「うん。アザミくん、明日、指輪買いに行こっか」
「ああ」
唇が重なる。少しだけ、お酒の匂いが残ってる。
「あたしも、アザミくんに『おかえり』って言われたいな」
「いくらでも言う」
アザミくんの声が低く溶ける。たぶん、すごく眠いんだろう。そっと抱きしめて、目を閉じる。
「そろそろ寝ようか。おやすみ、アザミくん」
「ああ、おやすみ」
いつもより温かいアザミくんを抱きしめて眠る。そういえば、酔っ払ったアザミくんを見るの、初めてだ。
目元が柔らかくなって、ちょっと感情的になって、温かくなって……すごく好きだな。今度ここで一緒に飲もう。可愛いアザミくんを見たいけど、外に出したくない。
あたしだって、アザミくんがモテてるのは面白くないんだから。わかってるのかな、このヒトは。