あなたに誓う その日、短期出張の届けを出しに総務部へ行った。
「アザミくんだ……」
総務部のカウンターでは、あたしの幼馴染で彼氏で、婚約者でもあるアミィ・アザミが何か話していた。申請に来たようには見えない。書類を見ながら考え込んでいる様子だ。
カウンターの向こうにいる総務部の綺麗なお姉さんは笑顔で書類を差し出している。それを受け取るアザミくんは、どんな顔をしているのかな。あたしからは背中しか見えなかった。
「……いやいや」
扉に添えた左手には、アザミくんとお揃いの指輪が光っていた。
顔を上げて、戸をそっとノックする。こちらに気づいた二人に軽く会釈してカウンターに申請書を置く。
「これ、お願いします」
お姉さんは頷いて奥に引っ込む。
「魔獣の討伐か?」
アザミくんに聞かれて頷く。来週から、魔界北部に鬼烏(オニガラス)の討伐に向かう予定だ。凶暴な肉食の鳥で、戦場で悪魔の死肉の味を覚えてしまい村を襲っているということで、バディの准尉と二人で討伐任務に向かう――ということを説明する。
「そうか。無理はしないように」
「うん。頑張る」
アザミくんはあたしの頭をそっと撫でた。
「お前ならできる」
わあ……アザミくん、すっごいデレてる。
「ところで、アザミくんは何しに来たの?」
「仕事中は”大佐”と呼べ。確認があったから来ただけだ。済んだから戻る。また週末に」
アザミくんは総務部を出て行く。……なんだろ、やけに機嫌がいな。
「お待たせしました」
アザミくんと入れ違いでお姉さんが戻ってくる。
ホテルの予約票と署用車の鍵を受け取って、総務部を出た。
週末の夜、寮の前で待ち合わせて、アザミくんの家に向かった。
ごはんとシャワーを済ませたころ、アザミくんが「そういえば」と話し始めた。
「来週頭から討伐任務だったな。いつまでの予定だ?」
「二日もかかんないよ。月曜日の夜中に終わらせて、火曜日の昼には戻れると思う」
「わかった」
そう言ってアザミくんが机に並べたのは、家族用官舎の申込申請書だった。……たしか、年度の初めに空きがなくて、引っ越せないって言ってたやつだ。
家族用の官舎は、その名のとおり、夫婦じゃないと申し込めない。その申請書を出してくるってことは、つまりそういうこと。できるだけ平静を装って、向かい合って座る。
「……空き、出たんだ?」
「ああ。先日、総務から空きが出たと連絡があり、仮で押さえてある。――進めて、構わないな?」
「うん。でも、それって先に籍を入れなきゃダメないんじゃない?」
「今住んでいる者の退去までひと月ほどかかるそうだ。それまでに入籍と関連の申請を済ませれば良いと言われている」
申請書の下から、婚姻届が出てきた。……準備よすぎ。
「次の週末、実家に行くぞ」
「うん、行くって連絡しとくね」
あの日、アザミくんが機嫌よかった理由がわかった。やっぱり、あたしが不安になる理由なんてどこにもない。
スッと差し出されたペンを受け取って、名前を書き始める。しばらく、二人で黙々と書類を埋めていく。
書けるとこまで書いたら、ペンを置いてアザミくんの手を取り、左手の薬指の根元にそっと口づけた。
「どうした」
「んー、嬉しいなーって思って。アザミくん、あたしが断るなんて、これっぽっちも思ってなかったでしょ?」
「そこまで楽観はしていないが……」
「アザミくんが、そこまであたしを信じてくれてるのが嬉しい」
「信用ではない」
アザミくんの右手が、あたしの左手を取る。薬指に、そっとかみつかれた。
「信頼だ」
「ふふ、そっか。ありがとう。ずっと信頼していてもらえるように、頑張らないとね」
アザミくんの顔を見る。相変わらず無愛想な顔だけど、それが一番好きな顔。
書類を片付けてベッドへ向かう。
週明けの月曜日は朝一で署用車で北部へ向かう。バディの准尉が運転しながら「朝からご機嫌なことで」って言うから、つい顔が緩んだ。
「どうせアザミ様関連だろ」
「なんで分かるんですか?」
「なんで分かんないと思ったんだよ」
でも結局、二日じゃ帰れなかった。鬼烏の数も多かったし、サイズも想定以上で、こっちが食べられるかと思った。
とはいえ、なんとか討伐して、週末には魔関署に戻った。むしった羽や、抜いた血を資材管理の担当者に渡して任務完了。報告書は週明けでいいってキマリス様が言ってくれたから、さっさと上がった。
寮に戻ってシャワーを浴びる。任務中ほとんど見られなかったス魔ホには、母からの魔インが届いていた。「挨拶に行く」ってだけ連絡して、それっきり任務でス魔ホを見る余裕がなかったから、慌てて電話をかけた。
「あ、もしもし? お母様?」
『はあい。ついに結婚? 長かったわねえ。お父様、やけ酒してるの。挨拶の後にお酌してあげてね』
「う、うん。でも、まだお姉様もいるし」
『末娘が先に嫁いじゃうから、余計に寂しいのよ。あなた、寮に入ってからほとんど帰らないし』
そういうものなのか。とりあえず、アザミくんと一緒に挨拶に行くって伝えて電話を切った。ス魔ホを置いて髪を乾かそうとしたところで、また電話がかかってきた。表示された名前は、アザミくん。
「はいはーい。今日はもう上がり?」
『ああ。早めに切り上げた。今は寮か?』
「うん。シャワー浴びたとこ。アザミくんの家、行ってもいい?」
『そうしよう。急がなくていい』
「急ぐよ。早く会いたいから」
電話を切って、慌てて支度をする。髪はまだ少し濡れてるけど、そのうち乾くよね。
寮の前にはアザミくんが待っていた。
「おまたせ!」
「食事は?」
「まだ。買っていこう」
手を取って、並んで歩く。あと何回、こうして待ち合わせをするだろう。あと何回、こうして並んで歩くのかな。
「お母様から電話きたから、今度の休みにアザミくんと挨拶行くって伝えておいたよ。……お父様がやけ酒してるから、お酌してって」
「酌?」
「挨拶のあとに、たぶんお祝いのごはんとかするんじゃないかな」
「……ならば、酌は私がしよう」
「アザミくんのそういうところ、好き」
絡む指に力を込める。同じようにぎゅっと握り返されて、一緒になるのがこの悪魔で良かったと思えた。
「病めるときも、健やかなるときも」
「お前が産まれたときから、死ぬその日まで、私はずっと誓っている」
「アザミくん、好きだよ」
「知ってる」
夜空の星が、いつもより明るく見えた。