6/1mfst6月2日の夜の話「ほとんど飲んでないけど、お腹空いてる? 何か食べる?」
メフィストさんがメニューを私の方に向けた。
明日も仕事し、13冠のセフレなんて意味不明な話まで出てきて、食欲なんて吹っ飛んだ。
でも、こんなに穏やかな笑顔で気遣われたら、無下にはできない。……ってこうやって、付けこまれてる気もする。
「えっと、あまりお腹が空いていないので軽いもので……」
「好き嫌いとかなければ、俺が適当に頼んでいい?」
「はい、お任せします」
メフィストさんはメニューをざっと見て、さっさと注文した。すぐにフルーツの盛り合わせとカクテルグラスが運ばれてくる。
「飲みやすそうなのを頼んだから、良ければ」
「あの、あんまり強いのは」
「ノンアルコールだよ」
「……ありがとうございます」
グラスを傾ける。柑橘の爽やかな香りが広がる。
「これもどうぞ」
気づいたら、チーズとハムの盛り合わせまで届いてて、すすめられた。甘いとしょっぱいの、無限ループじゃん……。
「美味しいです」
「そう? 良かった」
メフィストさんは元々甘い顔を、さらにとろけるように笑っている。お酒のせいで頬がほんのり赤くなってて、色っぽい。
なんで、こんなイイ男に甘やかされてるのか、さっぱりわからない。下心があるにしても、もっとレベルの高い女を選びたい放題でしょ。
気づいたらグラスは空っぽ、お皿もほぼ完食。会話もろくになくて、たまにメフィストさんの顔を眺めてただけ。
……すごい。イイ男って、そこにいるだけでつまみになるんだ。いや、ノンアルだけどさ。
「そろそろ帰ろうか」
「はい。あ、私が払いますからね!」
「別にいいのに」
「下手な借りは作りたくないので」
お会計を済ませてバーを出る。初夏の夜風は涼しくて、ほのかにいい匂いがする。
「では、失礼します」
「…………うん」
メフィストさんが中途半端に上げた手は、力なくひと振りしてまた下ろされた。何か言いたそうだけど、私は頭を下げて踵を返す。
メフィストさんに甘く囁かれると、拒むのがとても難しい。だから、私は物理的に距離を置くしかない。