忘れてあげる「君を愛しているから」
瞬間、両者の動きがぴたりと止まる。まるで時間が止まったかのように。
事の起こりは数分前に遡る。
待ちに待った新刊が発売されたと、日付が越えても読書を止めない少年をアオガミが制したのが始まりだ。
『少年、夜更かしは健康に悪い』
『……分かったよ』
物語が山場を迎えた所であったが、少年は不承不承とベッドの中に入り込んだ。文庫本と携帯端末をこっそり、手に持ったままで。
一緒のベッドを使おうという少年の誘いを断り続けているアオガミがベッドの傍らに座り込み、動く気配がなくなったことを察してから少年は端末を起動する。そして、液晶画面の明かりを元に読書を再開しようとしたのであるが。
『少年』
ばさりと音を立てて捲られる布団。その向こうに立つのは、勿論アオガミ。
あっさりと、少年の行動は半身に見抜かれてしまうのであった。
そこからは彼らの珍しい口論である。
――先が気になって寝れない。
――ならば早起きをすることを推奨。
――だから、そもそも寝られないんだ。
――必要ならば睡眠薬の投与も可能。
――アオガミは心配性すぎる!
――君が大切だからだ。
どうしても読書を再開したい少年と、どうしても少年を寝かせたいアオガミ。
両者の言い合いが拮抗する中、先に均衡を崩したのは少年の一言であった。
「知恵が万全の体制じゃないと、いざって時に困るのは分かるけど」
彼らは対となる知恵と生命。ナホビノとなる為にはどちらも欠かせない存在だ。だから、と少年が続けようとするも、彼の発言はアオガミの固い一言に封じられた。
「違う」
一転し、明らかに強張った表情となるアオガミ。焦りも感じるその表情に少年が首を傾げるが、彼が"違う"の意味を問うより先に部屋中に響き渡ったのが冒頭の一言であった。
「……」
「……」
つい数秒前までとは異なり、静まりかえる寮室内。
「アオガミ」
少年が見上げる先、布団を手にしたままのアオガミの肩がはっきりと揺れる。随分と感情が分かりやすくなったものだと思いながら、少年は手に持ったままであった文庫本を枕元へと置くのであった。
「ごめん。俺も、大人げなかった」
「……いや、君はまだ……」
「そういう意味じゃないの分かってるくせに」
明らかに困惑しているアオガミの様子を微笑ましいと思いつつ、少年は彼が持ったままの布団に手を伸ばす。
「さっきの言葉、聞かなかったことにするからさ」
違う意味で眠れなさそうだと思いつつ、少年は抵抗しないアオガミの手から布団を取り返すのであった。
「アオガミが伝えたいって思った時に、また言ってよ」
咄嗟の本音も嬉しいものだけれども、と頬を微かに赤く染め、少年は微笑むのであった。
――尚、その"伝えたいって思った時"とは。
「少年」
いそいそと、再び布団に身を横たえようとした少年。呼ばれて反射的に振り返った少年であるが、彼の視界は即座に塞がれるのであった。
「私は、君を愛している」
白銀の腕に抱かれ、耳元ではっきりと愛を囁かれ。
結局、少年はその日一晩、心臓の高まりが止まなかったせいで寝られなかったのである。