幽霊の日の話「今日って、幽霊の日なんだって」
『ほー。よく知ってるな?』
「だから、KKの日でもいいなぁって思って」
今日はちょっとお供え物も豪華にしたよ?と机にビールや暁人が作ったおつまみ、お菓子、それに食後の一服用にとタバコが置かれた。
「気になってちゃんと起源も調べたんだよ」
『偉いな、知識を得ることは良い事だよ』
うんうん、と横でふよふよ浮いているKKが頷く。
「まぁ、僕がたくさん食べたいから付き合ってもらおうと思ってね?」
金曜日の夜だからいいよね、と先にKKの分の缶ビールを開けて向かいの席に置き、その後自分の缶ビールも開ける。いつの間にかKKが姿を現せるようになってからというもの、お供えスタイルから向かい合って一緒に食べるような食卓スタイルに変えた。以前KKが「これじゃお供え物じゃねぇな」と言ったが「僕からKKへのお供え物って名目だったら問題ないだろ?」と暁人は笑って返した。
いつものように何気ない会話を交わしながら、久しぶりに飲むビールがなんだかとても美味しく感じられて、暁人は大変上機嫌になってしまいついつい飲みすぎてしまった。KKに供えた分も飲んでしまえば珍しく酔いが回り暁人の意識はふわふわとし始める。
『おい、大丈夫か?』
「だいじょうぶ……」
『…自力でベッドまで行けよ?オレは手伝えないからな』
「わかってるってぇ………あ……」
へにゃへにゃと締まりのない表情から、急に暁人が何か考えている様子になる。KKが不安になって声をかけようとすると急に暁人がボロボロと泣き出してしまった。
『お、おい、どうした…?』
まだ何もしてないぞ、とKKが構えれば暁人はぽつりぽつりと独り言のように呟き出す。
「…KKが帰ってきた時のこと、思い出しちゃって………僕、あの時ひとりぼっちになってさ、辛かったけど前を向かなくちゃいけなくて、だけどこれからどうしようって、どうすればいいんだって悩んでたら、KKが帰ってきてくれたんだ…」
KKは黙って暁人の"独り言"を聞く。
「…実は、KKに話してないこと、あるんだよね」
少し間を置いて、暁人がさらに続ける。
「…KKに頼まれたこと、僕まだ、やってなくて…」
『……あぁ、オレの家族に伝えてくれって頼んだっけな』
暁人がこくこくと頷く。
「ごめん、戻ってきたら、すぐやろうと思ってたんだけど……色々あったから……それに…」
暁人が言葉を詰まらせるが、KKはいいから話せというように無言で頷く。
「……もし、KKの家族に伝えたら、もう未練はないって、あの世に行っちゃうのかなぁって…そう考えたら、嫌だなって……いなくなってほしくなくて…」
ああ、やっぱりそうだったのか、とKKは納得した。暁人の性格上、約束をほっぽかすなんてことはしないとKKは理解していた。それなのに自分と再会してからも暁人がその話について切り出してこなかった理由を、なんとなくKKは察していた。
ぐす、と暁人がまたボロボロと涙を零して泣き始める。コイツ酔うと泣き上戸になるんだなぁ…とKKはまじまじと暁人の顔を見ながら口を開く。
『……それを理由に、帰ってきたワケじゃねぇよ』
暁人がゆっくりと顔を上げてKKを見つめる。
『…オマエのことが心残りだったから、帰ってきちまったんだよ』
「え……?」
嘘だろ?と言うとホントだよ、とKKが返す。気を使って言ってるだろう、とかそんなわけないだろう、とか、このやりとりを数回繰り返した。が、さすがに痺れを切らしたKKが
『…だから、オマエが死ぬまでそばに居るつもりだって言ってんだろ。みっともなくても生を全うするって宣言してたじゃねぇかよ』
「………………」
暁人がぽかんとした顔でKKを見つめると、今度は「良かったぁ………」と嬉し泣きをし始めてしまったので宥めるのが大変だった。
しばらくして落ち着いたのか、暁人がうとうとと眠そうに船を漕ぎはじめたので「今のうちにベッドに行っちまえ」とKKが促せば、暁人は子供のように「はぁい」と返事をして、よたよたと自室に入りベッドに倒れ込む。そのままスヤスヤと寝てしまったので、仕方なくポルターガイスト現象のように毛布を持ち上げて掛けてやる。KKはそんな暁人の寝顔を見て、やれやれ…と微笑んだ。
『…言うつもりは無かったんだけどな』
初めからオマエのことが心配で帰ってきたなどと、暁人本人に伝えるつもりは更々なかった。そんなことを言って下手に期待させた挙句、最後までそばにいれないことになってしまったらそれこそ無責任と言うやつで。だがこうして宣言してしまったのだから意地でも居てやるよ、と覚悟を決めた。
『…おやすみ暁人、良い夢見ろよ』
実際に触れることは出来ないが、暁人の頭を優しく撫でてやればふにゃりと笑ったような気がした。朝起きたらどんな顔をするんだろうな、とKKは少し面白がりながらも朝まで暁人を見守っていた。
翌朝、いつもの金縛りで起こされたあと、暁人がKKを見てはすぐさま顔を真っ赤にしたのを見て上機嫌に
『おはようさん、どうやら記憶はあるようだなぁ?』
とKKが少し煽ってやれば、顔を赤くしつつも真剣な表情で暁人がKKを見つめる。
「……約束だからな」
『おう、オマエがこの世とおさらばするまで一緒にいてやるよ』
「じゃあ、指切りしよっか」
暁人が小指を差し出し、KKがそれに小指を重ねる。そして互いに指切りげんまんの儀式を交わす。
「………指切った」
アンタのためならこの指を、オマエのためならこの指を、捧げてもいいと互いに思いながら目を合わせる。
「KKの分まで長く生きるからね」
『オマエがヨボヨボのジイさんになってもそばにいてやるからな?ボケてどうしようもなくなってもオレがいれば大丈夫だろ、その時はオレの方が若いからな』
暁人が思わず吹き出すと、KKもそれにつられて笑い出す。なぁんだ、何も心配する必要はなかったんだな、と暁人が安堵し霊体のKKを抱きしめる。
「ずっと側にいてよ、僕の相棒」
『ずっとそばにいてやるよ、オレの相棒』
触れられないはずの暁人の身体を、KKがそっと抱き締め返した。
暁人が天寿を全うするその日まで。幽霊の相棒は共に居ることを誓った、そんな決意の日の話。