「いい加減髪の毛切ったらどうだ?」
「めんどくさくてさ~」
腰まで伸びた長い髪を櫛で梳かす暁人。記憶が戻り、元の生活を送れるようになった。
「そういや何を見たんだ?」
「見たって?何を?」
「あの影の中だ」
「単純な記憶と感情の記録。人の深層心理に眠る」
「深層心理?」
「そう。自己の把握されない意識下、無意識から来る願望や欲望が記憶されている」
「なんかすごいこと言わなかったか?」
「言ったけど・・・別に大したことじゃないから。肉体と魂の関係性を記憶媒体に例えただけだから」
「それ、大したことあるだろ。魂が肉体を操っているなんて」
「肉体は魂の器にしか過ぎないという言葉を聞いたが、肉体が無ければ魂は存在せず、安定した精神を保てない」
暁人の話を聞いているとあいつから影響されたのか魂と肉体についてのあれこれを途切れさせずに出してくる。
「人は器である肉を失い、魂は肉体に縛られない。だから器である肉体には精神を宿すことはできない。絵梨佳ちゃんのお父さんは亡くなった妻の魂を取り戻そうとした。だが、魂はそれを望んでいるのか?答えはNoだ。魂とは人の記憶と感情の媒体にしか過ぎず、意思などない。つまり、器を失った魂はただ記憶と感情を留めておくだけの肉塊にすぎない」
「・・・つまり?」
「意識の主体である魂が人の形をしていなければ意味がないってことだよ」
暁人の話についてこれなくなった。記憶喪失から復活したと思いきや哲学的な話をしてきた。
「もういい、頭痛がしてきた」
「そうか、この話の続きはいつすればいい?」
「するな」
「それなら論文にまとめて大学で発表しよう」
「するな!とにかく、その話は今はやめろ!」
「えー」
「えーじゃない」
困り顔で言われても困る。
「話を変えるが麻里とはうまくいってるか?」
「麻里なら凛子さんのところに居候するって言ってそのまま。たまに顔を出しには行ってるけど」
「大学はどうだ?」
「何も変わってないけど、強いて言うなら単位がギリギリ」
「なら早く行け」
「今日は休み」
「そうかい」
「話してたら顔出したくなってきたから行こ?KKも来る?」
「行かない理由がないな」
髪を梳かし終えた暁人は三つ編みを作って横に流す。
「元気にしてるかな」
「お前の姿見りゃ元気だろ」
荷物を準備して二人一緒に部屋を出た。
一瞬、暁人の影から何か顔を出していた。