麻里が人間の友達を作っていたという事実に僕は衝撃を受けた。麻里は僕と違って社交性があるから、友達を作るのがうまい。だから、それは驚くようなことではないのかもしれない。でも相手が人間となると話は別だ。正体が人魚だとバレてしまえばどんな目に遭うか。一昔前では鱗と肉を求めた人間に乱獲された歴史もある。麻里が人魚だとバレないように、僕がしっかり見張っておかなければ・・・と心の中で強く誓って抱き締める。やっぱり麻里は熱い。
「あ、あの、お兄ちゃん、 苦しい・・・」
「え?」
腕の中の麻里が身じろぎする。いつの間にか僕はまた強く抱き締めてしまっていたらしい。慌てて力を緩めた。
「・・・ご、ごめん」
「う、ううん。お兄ちゃんが心配しているのも分かるし、嬉しいからいいんだけど・・・でもちょっと苦しい」
「あ、ああ。ごめん・・・」
「ううん。大丈夫・・・」
麻里は僕の腕の中からすり抜けて岩礁に座る。僕もその隣に座る。そして何となく気まずい沈黙が流れた後、麻里が口を開いた。
「・・・お兄ちゃん、私のことが大切なのは知ってるよ。でも、私のことであんまり悩まないで。私は大丈夫だから」
麻里は僕の方を見ないでそう言った。
「いや、でも・・・」
「・・・お兄ちゃんが私を大切にしてくれるのは本当に嬉しいよ。だけど、そのせいでお兄ちゃんが傷つくのは嫌なの。だから、お願い・・・私を心配しすぎないで」
「麻里・・・」
「お兄ちゃんが私に優しくしてくれるのは嬉しい。でも、その優しさを私以外の人に使わないで」
「・・・ごめん」
僕は素直に謝った。確かに僕の心配は過剰だったかもしれない。麻里にとって迷惑な行為だったのかもしれないと反省した。
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しばらく経ったある日、僕は一人で陸に上がっていた。何度見ても数百年も経てば景色は変わるもので、僕が知っている場所には面影すらなかった。僕は麻里が寝ている間にこっそりと陸に上がった。麻里のことが心配ではあるものの、ずっと側にいてやることはできない。だから、たまにこうやって一人で散歩する時間も必要だと思ったのだ。顔を上げると月が見える。海の中から見る月もいいが陸から見える月もまた別の良さがあっていい。冬の風がコートの裾をなびかせ、僕の肌から体温を奪う。僕はコートのポケットに手を突っ込んで、白い息を吐きながらしばらく月を眺めていた。
「おい」
声をかけられて振り向くと、あのとき肩がぶつかった男だった。
「・・・っ」
「やっぱり、あの時の」
「あの時って?」
「ぶつかってお前がすってんころりんした」
その言葉で確信を得てしまった。間違いない。
「お前、何か隠してるな?」
「隠してるって何を?」
「そのコートの下」
男が指差す。僕は人への擬態が上手くいかず、クラゲの傘をコートの裾で隠している状態だった。
「おい!」
「・・・っ」
男の怒鳴り声に僕は怯む。
「お前、妖怪か?」
心臓が飛び跳ねた。まずいことになったかもしれない・・・。いやでもここでバレたら?もし捕まったら?寒さで思考がままならなくなってくる。早く海に戻らないと。
「おい、答えろ」
「・・・っ!」
恐怖と寒さで震えが止まらない。
「おい、大丈夫か?」
男が僕に近づいてくる。僕は震える足を必死に動かして男から離れるように海に向かって走った。でも恐怖で上手く走れない。足がもつれるが何とか走って逃げた。しかし・・・。
「・・・っ」
転倒して意識が遠のく。
「おい!!」
男がまた近寄ってくるが僕はもう逃げる気力がなかった。僕の意識はそこで途切れた。