「大丈夫・・・か?」
すれ違いざまに肩がぶつかり、相手が転倒する。俺は手を差し出したが、あるものが目に入った。服の裾から何か触手ののようなものが蠢いていのだ。
「ありがとうございます」
相手は青年で裾の長い上着を着ており、下はよく見えない。
「待ってくれ」
「な、なんですか?」
青年の腕を掴み引き留める。
「お前は、何者だ?」
「ぼ、僕はただの通りすがりの人です」
すると隣にいた少女が俺の腕をはらい、青年を庇うように立った。
「お兄ちゃんに何のよう?」
「お前は・・・」
この状況はまずいと感じた俺はその場を後にした。ただの人間では無いことは分かった。あの二人、特に青年の方は擬態が上手くできていない。
「KK、遅かったが寄り道でもしてたのか?」
「別に」
アジトに戻ると凛子がくつろいでいた。
「随分と浮かない顔してるな」
「お前なら分かるだろ?」
「さぁね」
「・・・なあ、人魚伝説って知ってるか?」
「ん?あぁ、人魚の肉を食べると不老不死になるってやつ?」
「ああ」
「それがどうした?」
「・・・いや、少し気になっただけだ」
凛子は何かを察したのかそれ以上は何も言わなかった。
****
「中身見られたかもしれない」
兄の言葉に血の気が引いた。
「でも、私は完璧だった。絶対にばれない」
「だと良いんだけど、転んだ時に傘とか見えた感じがして」
「だとしたら」
「しばらく陸に上がるのは控えよう、下手に危険を冒すより、自然に忘れるのを待った方がいい」
「うん。分かった」
兄の言葉に私は頷くことしか出来なかった。しばらくは海の中で過ごしていた。兄は岩礁に腰を掛けて、海を眺めていた。下半身の傘とそこから伸びる口腕と触手がゆらゆらと漂い、日光を反射して輝く。
「綺麗」
「ん?」
兄は何も分かっていない様子だったが、私は綺麗だと思った。人魚の美的感覚と兄の美的感覚は違うのだろう。でも、兄の方がより綺麗だし、美しい。私なんかが隣にいるのはおこがましいくらいだ。海月の傘も人魚の鱗とは違う美しさがあった。
「そう言えば。麻里、また1人で陸に上がったよね?」
兄はそう言った時、少し怖い顔をした。
「・・・危険だから1人で出ちゃダメだよ」
「・・・うん」
私は兄の忠告に頷いた。兄の事は私が一番よく分かってるつもりだし、兄も私が一番よく分かっているはずだ。でも、兄は時々心配性になる時がある。それがちょっと嫌だったりする。
「遊びたいのは分かるけど今はまだ駄目だから」
兄は下半身の傘から触手を伸ばすと近くの魚に伸ばす。魚は触手に触れると急に泳ぐの止めて、沈んでいく。魚に口腕を巻き付け、そのまま傘の中に引き入れる。これが兄の食事風景だ。人魚は基本的に口から食べ物を摂取するが、兄の場合は口の他に傘からも摂取出来る。触手には毒があり、獲物をマヒさせてから口腕で傘に引き寄せるという手法で摂取している。この毒は人魚にも効いてしまうので、他の人魚から嫌われて余計にコンプレックスを抱くようになった。私はそんな兄が嫌いじゃない。むしろ好き。兄は食事が終わると、私に近づいて抱きしめる。私はこの時が一番好き。兄の匂いと冷たい温もりを感じることが出来るから。
「やっぱり麻里は熱いな」
「お兄ちゃんが冷たいの」
私は兄と2人っきりのこの瞬間が好きだった。
****
私は地上の様子が気になって1人で海面へ上がって行った。街中は相変わらず人で溢れている。
「あ、麻里ちゃん!」
私を呼ぶ声、それは友達の声だった。
「絵梨佳ちゃん!」
その友達に手を振って駆け寄っていく。絵梨佳ちゃんは人間の友達で私が人魚なのを知らない。
「麻里ちゃん、今日は1人?」
「うん」
「そういえばこの前、麻里ちゃん男の人と歩いていたけどもしかしてお兄さん?」
「そうだよ」
「麻里ちゃんのお兄さん、顔整ってるよね?」
「そうかな?結構コンプレックス拗らせてる方だよ」
「そんな風には見えないけど」
「あれでも人に言えないことだって色々あるんだよ」
絵梨佳ちゃんに聞こえるかどうかの声で
「私にもね」
「ん?」
「別に」
私は絵梨佳ちゃんと話している時間がすごく楽しくて、それが永遠に続くものだと思っていた。でも、永遠なんてない。いつかは終わりが来てしまう。絵梨佳ちゃんと別れて兄の元へと帰った。
「麻里、また1人で陸に上がった?」
「え?あ、うん、絵梨佳ちゃんと遊んでたの」
「その絵梨佳ちゃんって誰?」
兄は初めて聞く名前に戸惑いを見せていた。もしかして怒ってる?
「人間の友達だよ」
「何かされてないよね?脅されてない?もしかして何かされた?」
「大丈夫だよ!何もされてないから」
兄は安心したのか、私を抱きしめる。私は兄の冷たい温もりを感じながらも心のどこかで嫌な予感がしていた。