※両片思いでまだデキてないふたり
「おっ、お前さん、指長いねえ」
隣に座る晩酌相手から脈略なく飛ばされた台詞にチェズレイは瞬きを返した。
白濁を飲み干したばかりのグラスをテーブルに置き、白い手袋に覆われた手を持ち上げる。その影に、チェズレイとは色の異なる手のひらが滑り込んできた。モクマの手だ。
手首を基点に手のひら同士が重ね合わされる。
「ほらあ」
チェズレイの手の向こう側にいるモクマは愉しそうに目を細めた。
手と手を合わせただけというに、一体何が可笑しいのか。
チェズレイは合わせた手へ視線を流す。
チェズレイの方が五指全てモクマよりも長いため、チェズレイ側からはモクマの指の腹は見えない。
「あなたの手は、私ほどの細長さはないが、節のしっかりした逞しい力強い手をしていらっしゃる」
手袋越しでもモクマの温もりが感じ取れる。酒精効果で体温が上がっていることを考慮しても尚、モクマの手はチェズレイよりも温かい。
守り手として生きる男の熱を手のひらで味わう。重ならない指先が少し寂しい。
「へへへ」
褒められて調子づいたモクマの手が動く。手首を支点に右斜めへズレていく。チェズレイの指の間からモクマの指が現れた。顔を出した五本の指が頭を垂れる。
「ギュッ!」
「……っ!?」
捕われたと反射的に身を固くした。
チェズレイの指の付け根にモクマの指が絡みついている。手の甲に爪先が僅かに食い込む。こそばゆい。
「……見たことない顔、してるねえ。嫌だった?」
嫌ではない。
ただ、面映ゆい。
そんなチェズレイの気持ちを見透かしているからこそ、モクマも力を緩めないのだろう。御し難い。
白手袋に覆われた指先は、どうしていいか分からず惑いに震える。
モクマが瞳を持ち上げ、握った指先に何度か力を入れてきた。まるで同じように返してこいと誘導するよう。
「……」
チェズレイは時間をかけて指を折り曲げていく。陽が落ちてから蕾を閉じ茎を地へ垂れる草花のようにゆっくりと。
やがて五指が抱擁し合う。
密着したところから己の熱が溶け出し、モクマの熱と混じり合っていくのを感じた。
チェズレイの眉間に小さく皺が刻まれる。先程から腰のあたりがむず痒い。嫌悪感だと断じるにはあまりにも甘い痺れに、対処に戸惑う。
チェズレイは居た堪れなくなり、戦慄く唇を舌で湿らせた。
「モクマさん、あなた、私の手が余程好きなのですねェ。しばしば酔いを言い訳にして、私の手のひらを揉みしだいてきたり、ピアノを爪弾く私の素手へ熱の籠もった視線を注いできたり。狼藉と証拠はいくらでも挙げられますよ」
からかいの台詞を滑らかに紡ぐ。
怯むと思った男の表情は、しかし、凪いでいた。
「あぁ、好いてるよ」
モクマの熱量のある低音が鼓膜を震わせる。脳髄に重く響く告白に、チェズレイの心臓が大きく跳ね上がった。
いったいいつからストレートな好意を隠さずぶつけてくるようになったのか。
きっかけはヴィンウェイでの一件だろうと察せられるだけにきまりが悪い。
モクマを捕えている手に自然と力がこもる。手の甲に爪が食い込む痛みに怯んだモクマの手から力が抜けた。その隙にチェズレイは腕を引き、繋がっていた手を解く。
モクマは逃げられた手をひらひらと振り、苦笑いを浮かべた。
「すまん、調子に乗――」
再びモクマの手にチェズレイの手が吸い付く。今度は、布に阻まれていない素のままで。
モクマの呆気に取られた表情に胸がすく。チェズレイは口角を緩く持ち上げた。
「この手で直に捕まえなければと思っただけです。私もね、好きですよ、モクマさんの手指」
ぐ、と相手の喉が鳴った。
仕返し成功にチェズレイの気分が上がる。おまけにと、相手の指の間へ己の指を隙間なく埋める。
手と手を合わせただけ。身体の一部を絡め合っただけ。だのに、寄り添う熱に心がとても満たされていく。
満ちあふれる多幸感にミカグラ海岸で小指を絡めて約束を誓ったあの時の熱を思い出し、チェズレイは頬を朱く染めた。
手のひらでこんな調子では、いざ身体と心全てをモクマへ預けたらどうなってしまうことだろう。想像するだけでトンでしまいそうだ。
モクマはどうだろう。同じ気持ちだろうか。
チェズレイは瞳を持ち上げ、モクマの顔を見つめた。
「はは、……火傷しちまいそうなくらい、熱いねえ」
「酔っていますから」
「えっと、…………それは、俺に、かな」
確信を持って尋ねる男の手へ、チェズレイはそっと爪を立てた。