幸福な食卓私はルームシェアをしているひなたの為に毎日食事の用意をする。それが私達の役割分担だったから。私は正直料理の腕には自信がある。毎日一汁三菜、ほかほかと湯気を立てる温かい食事を、愛を込めて用意していた。そう私は彼女の愛していた。
私が彼女の愛していたというのは、友愛や親愛ではない。恋愛感情だ。私は彼女が欲しいと思っているし、彼女が他人と話していれば嫉妬する。正真正銘欲を持って愛していた。
けれど彼女が同性愛者でない事は分かっていたし、私はこのルームシェア生活が続きさえすればそれで良かった。想いを伝えるつもりなどなかった。あの日までは。
彼女が男の恋人を作ってきたのだ。今まで恋愛にはあまり興味が無い、彼氏はいらないと言っていた彼女が。私の見知らぬ男の隣で幸せそうに笑っていたのだ。許し難かった。そんな男の何がいいのだ。背なら私だってひなたよりも高いし、性格だって女の子に好かれやすい。顔だって悪くないはずだ。私の方がひなたの事を何でも知っていて気遣いができて最高の恋人になれる筈なのに。それなのに、あいつは男というだけで私からその座を奪い取ったのだ。
いいえ、いいえ。これが『普通』であるべき姿であり受け入れるべきなのだ。生物として異性により惹かれてしまうのは当然の事。私は今日もひなたの為においしい料理を用意する。
そうやって自分を納得させていたのに、それさえも否定したのはひなただった。彼氏の家に泊まるから食事は要らない、と連日連絡が来て何日も帰ってこない事が増えた。彼氏の家で事実上の同棲を始めたのだ。私を捨てたひなたを許せなかった。怒りが込み上げた。しかしそれでも私はひなたを愛していた。彼女が幸せであるならば。そう思って我慢して自分の為に手抜きの冷たい総菜を買って食べた。
全てがひっくり返ったのは、ひなたの彼氏が私の方が好みだと鞍替えしようとした時だった。なんて不誠実な男だろう。こんなことひなたには知られてはいけない。どうか彼女は幸せなままでいてほしい。この男はひなたを愛さなければならない。私は手近にあった花瓶で彼の頭を殴り、急いでキッチンへ走って包丁を持ってきた。そして私は逆手にもったそれで彼の腹を刺し、手首を返してしっかりと命を絶つ用意をした。
私はまだ息のある彼を風呂場へと引きずっていくと頸動脈を断ち切って血抜きを始めた。ひなたは彼の家に住んでいるからこの家には帰ってこない。私は一人で黙々と彼の解体を進めた。ああ、医学部での勉強がこんな所で役に立つとは、と思いながら、脂で滑る包丁を何度も何度もタオルで拭ってなんとか彼を『肉』に変える事に成功した。
私はひなたを家に呼び出し、上機嫌で料理をする。久々の料理だ。鼻歌なんか歌いながら手に入れたばかりの肉を使って豪勢な肉料理を作り上げていく。そうこうしている間に彼氏が帰ってこない、と暗い顔をしたひなたが帰ってきた。きっと何か理由があるんだよ。帰ってくるまでうちで待とう?と声を掛け、温かいご飯をひなたの胃に収めさせる。そうこうしているうちに食べきれない肉の鮮度が落ちてきた。そこでそろそろか、と私は息を吐いた。
「ひなた、それおいしい?」
「うん、おいしいよ。やっぱり静は料理上手だよね。久々にこんなおいしいごはん食べた」
「それね、××君」
「え?」
「××君のお肉」
ほら、とポリ袋に入った彼氏君の頭を見せると彼女は一瞬の間をおいてう、と口元を押さえてトイレへと走り、そこで胃の中身を全て吐き出した。自然に吐き出せる分を吐き出しても尚、喉の奥に手を突っ込んで更に吐こうと試みている。
「おいしかったでしょう?××君」
ぼろぼろと泣きながら嗚咽を漏らす彼女の柔らかい髪を撫でながら私は囁く。「ずっと彼と一緒に居たいって言ってたでしょ。これでずっと一緒だよ」
「幸せでしょう?」