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    spring10152

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    spring10152

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    8月32日に迷い込むちづるちゃん

    八月三十二日 カーテンの隙間から漏れる強い太陽の光に顔を照らされ、千鶴はまだ寝ていたいと顔を顰めて鬱陶しそうに寝返りを打つが、夏の強い太陽光はそれでもお構いなしに彼女の瞼を焼いて新たな1日の始まりを告げる。
     曖昧だった意識が覚醒し始めると、千鶴は今日は9月1日、新学期の始まる日であり、夏休みの宿題があと少し片付いていないので早起きをして終わらせるつもりだったことを思い出し、寝坊したことを認識すると先程までの寝汚さはどこへやら、掛け布団を跳ね飛ばして勢いよくベッドから飛び出した。

    「目覚まし!!!!鳴らなかったの!?」

     枕元に置いていたアナログ時計を乱雑に掴み、時間を確認しようとするが、時計の針は進んだり戻ったりめちゃくちゃな動きをしている。

    「あ〜壊れてたんだ、最悪!」

    正しい時を刻まないそれを、八つ当たりするかのようにベッドの上へと放り投げると、千鶴はバタバタと騒がしく足音を立ててリビングのある1階へと駆け降りて行く。

    「お母さん!何で起こしてくれなかったの!」

     キッチンを覗き込むと同時に母親への甘ったれた不満を叫ぶが、そこに母親の姿は無かった。その事実を飲み込むと千鶴はますます焦り出す。彼女の母親は極力彼女を見送るために出勤を遅らせているが、会社勤めをしている。その母親が居ないということは、もう今から全力で走って行っても学校の授業は始まっている時間ということだ。

    「朝ごはんくらい置いといてくれたっていいじゃん。食べてる時間ないけどさ」

     どうしても母親が千鶴を見送ることができない時は、いつも食卓の上にラップをかけた朝食が用意されている筈なのに、今日は食パンの一切れも置かれておらず殺風景だった。そのことにぶつぶつと文句を垂れつつ彼女は荷物を雑にランドセルやトートバッグに詰め込み、通学用の帽子を被って駆け足で家を出た。
     重い荷物のせいで速く走ることはできず、数メートル走ると息は上がり、今更走ったって間に合わないのは確実なんだからゆっくり歩いていこうと割り切り、遅刻と宿題が揃っていないことをどれだけ先生に咎められるのかと考えを巡らせ、憂鬱な足取りで小学校へ辿り着いた。
     校門を通り抜けた所で千鶴はやっと違和感に気づいた。音が無い。授業中にしたって静かすぎる。もしかして、今日はまだ8月31日だった?と僅かな期待を抱きながら校内に入り、下駄箱で靴を履き替えて自分の教室へ向かうが、途中の教室は全て空っぽで、思った通り自分の教室も空っぽだった。
     なーんだ、日付を勘違いしてたんだ。焦って損した。帰って残った宿題やろ。と呑気に構えつつ彼女は帰宅した。
     この暑い夏で身体に刷り込まれた動作で殆ど無意識に飲み物を求めて冷蔵庫を開けるが、その中身は異様な程に片付いており、普段飲んでいる麦茶の容器は見当たらなかった。朝食が無ければ麦茶も無い。母親が普段している作業を忘れて失踪してしまったかのような感覚を覚えつつ、仕方ないと冷蔵庫を閉じ、コップを出してキッチンの水道のレバーを持ち上げる。
     だが期待した通りの水は得られず、明らかに色々とおかしいと脳裏で警鐘が鳴り始めていたが、暑さのせいで水不足で断水しているのかもしれない、とそれを無かったことにした。
     よく考えてみれば自分は喉が渇いていないことに気付くと、千鶴は飲み物の入手を諦め、リビングのテーブルの上にまだ終わっていない宿題を広げてそれに取り掛かった。
     彼女は宿題というものが嫌いだが学業の成績が悪いわけでもなく、未提出で当然の顔をしていられる程不真面目でも無かったため、最後に残った課題を時間も忘れて集中して片付けた。

     「は〜これで怒られずに済む」

     同じ姿勢を維持していて凝り固まった筋肉を解すように身体を伸ばしたり捻ったりしながら、安堵の息を吐いた。朝食を摂っていないし、宿題を解くのに2時間程度は掛かっただろう。そろそろお昼にしようと何気なく時間を確かめようとリビングの時計に目をやった所で千鶴は嫌な汗をかくことになった。自室の時計だけならばまだしも、リビングの時計までもがその針を前後に動かし、おかしな時間を告げていたのだ。
     彼女は怖くなって、スマホを手に取ると母親との通話ボタンを押した。コール音が機械的に鳴り続ける。10回を超えても母親が応対することは無く、音は途絶えてチャット画面に応答なし、と自動的に表示された。それはもう2回ほど同じことを繰り返しても結果は変わらなかった。
     ドキドキと鼓動を速めていく心臓を宥めるように胸に手を当てながら、今度は父親に連絡を取ろうと試みるが結局は同じだった。


    ーーーーー


     家では早起きして宿題をすると言っていた筈の千鶴が、普段登校の準備をする時間になっても起きてこないので母親が起こしに千鶴の部屋を覗いたが、その姿がどこにもないと騒ぎになっていた。
     無断で外を彷徨くような子ではない。家の敷地内に居るはずだと、仕事の支度を放り出して父親と二人で家の中と庭を隈無く探し回ったが千鶴は見つからない。だが、まだ警察沙汰にする程のことではないだろうと、ひとまず父親は出勤し、母親は事情を話して午前の休みを取り、近所を捜索することにした。
     近隣住民に声を掛けて協力を頼み込み、学校へ確認の連絡をしたり、千鶴の行きそうな所をしらみ潰しに探したが、昼になっても目撃情報すら寄せられない。
     母親は午後の仕事も休みにして警察にも連絡して捜索を続けるが、状況は変わらないまま日が傾き始めた。
     日が沈めば発見はより困難になるだろうと判断し、極力頼りたくは無かったが、夫の一族の守り神とされる少女を頼りに藤の社へ足を運んだ。
     
     ここに住む『藤花様』と呼ばれる少女は不老不死の祟り神であり、丁重に祀ることで鎮めている存在だ。神秘的な力は科学によって否定されるこの時代に於いても、彼女の力は本物で、何度も千鶴を危険から護っていただいている。そろそろ手を煩わせすぎだと機嫌を損ねて危害を加えられるかもしれないと緊張で身体が強張るが、大切な我が子の無事には代えられない。
     立派な藤の木が並ぶ参道を通り、関係者以外立ち入り禁止の札を通り過ぎて社の裏手にひっそりと佇む小さな家屋の玄関のチャイムを鳴らした。
     カラカラと控えめな音を立てて玄関の引き戸が開かれたかと思うと、その動作の主である顔を布で隠した子供が「ご用件を伺います」と温度のない声で言う。ごくりと唾を飲み込むと「千鶴が朝から行方不明で、捜す手伝いを藤花様にお願いしたく参りました」と丁寧に答える。戸を開けた子供が「お上がりください。事情をお聞きいたします」と家の中を手で指すので、促されるままに藤花様の座す部屋へ通される。
     脇息に肘を預けた少女が、その幼い見た目に合わない威圧感を放ってそこに居た。どこまでも黒く光のない目で此方を見ている。

    「お休みの所大変申し訳ございません。千鶴が朝から見当たらなくて、他人の手も借りて今も探しているのですが、一向に手掛かりが見つかりません。どうか藤花様のお力添えをいただけないでしょうか。お礼は必ずいたします」

     彼女の正面に姿勢を正して座り、畳に手と額をつけて懇願すると、彼女は「面を上げよ」と静かに指示をする。

    「彼奴が最近何が縁起の悪いことをした覚えは?」
    「特にございません。学校の友達と家で遊んでいたくらいで、おかしな所へ遊びに行ったという風ではございませんでした」

     藤花様の無関心で淡々とした質問に答えると、彼女は小さく息を吐いてゆっくりと立ち上がりながら

    「今回は御先が現れておらぬ。とんと見当がつかんが、様子を見るくらいはしてやろう」

    そう言って「家へ案内せよ」と千鶴の母の横を通り過ぎて行くので、千鶴の母はその後に続き、神社の駐車場に停めていた車に彼女を乗せ、自宅へと向かった。

     家に着くと、藤花さまは室内の様子を眺めながらゆっくりと家中を歩き回る。そして千鶴の部屋の中を見ている時にカレンダーに目を止めた。まだ捲られておらず、8月のままのそれを暫く眺めて「三十二日」と呟いた。8月のカレンダーが示すのは31日までだ。馴染みのない響きに思わず「え?」と聞き返すと

    「彼奴め、存在しない日付を願いおった」

     藤花様は眉を顰めて千鶴の部屋を出た。そして家中の扉を閉めるように千鶴の母に命じて玄関へ向かうとその扉を大きく開け放ち、お付きの子供から神楽鈴を受け取った。シャン、シャン、と強く何度か鈴を鳴らすが、手応えが無いようで小首を傾げている。

    「恐らく向こうで歩き回っている。異変に気付いたのなら私を頼りに社へ来るだろう。戻るぞ」

    玄関を閉じると藤花様はすたすたと車に歩み寄り、当然のように後部座席に乗り込み、元来た道を戻るように命ずる。千鶴の母がそれに従い本家の神社に戻ると

    「私の力が最も及ぶ此処でも駄目ならば救えぬぞ」

    と前置きをして藤の社の鳥居をくぐり、社の側から再びシャン、シャン、と鈴を鳴らし始める。


    ーーーーーー


     何もかもがおかしい。テレビをつければそこに映る人は訳の分からない言葉を話すし、テロップに示される文章は文字化けしている。恐怖に支配されるままに家を飛び出して大声で助けを呼びながら走り回っても誰一人として人間が現れない。
     こういった現象に今まで出会ったことが無いわけではない。千鶴は藤花さま曰く『呼びやすい』体質らしく、何度か怪異に攫われかけたことがある。その度に藤花さまがタイミング良く現れて助けてくれたのだ。しかし今回は規模が大きい上、その藤花さますら現れない。そんな、藤花さまだけは特別だよね。いないなんてことないよね。助けてくれるよね。だって神さまなんだから。そう祈りながら、千鶴は通い慣れた神社へ走る。
     肺が痛む程に息を切らしながら、徒歩と変わらない速度で走って本家の神社を通り過ぎて藤の木が立ち並ぶ参道までやってきた。ここを通って、社の奥の藤花さまの家まで辿り着けば何とかしてもらえる筈、と息を整えようと一度立ち止まった時だった。

    「ねえ」

     蝉の声はおろか木々が風に揺られて擦れる音や道路を走る自動車のエンジン音すら聞こえない無音の世界の中で突然聞き慣れない少女の声が耳に届いた。
     反射的に振り向くと、そこには長い黒髪に、黒い服を纏っていて全身真っ黒な中、真っ赤な瞳がやけに印象的な知らない子供が立っていた。

    「今日が何月何日か知ってる?」

     わからない。素性を問う前に思わず素直にそう答えてしまった。何も分からなかったのだ。この状況を説明してくれるのなら誰にでも縋りたい気持ちだったのだ。そんな千鶴を見て少女は愉しげにころころと笑った。

    「教えてあげる」
    「今日は」
    「八月」
    「三十……」

     少女が長い睫毛に縁取られた目を細め、艶やかで愛らしい唇をゆっくり動かし、文節を1つずつ言葉にしていく。そして最後の一言を言いかけた時、それを掻き消すように大きく鈴の音が響き渡った。
     藤花さまが助けに来た。瞬時にそう思った千鶴は、同時にこの少女が諸悪の根源なのだと理解した。それと同時に火事場の馬鹿力と言わんばかりに最後の力を振り絞って藤の社の鳥居へ向かって全力疾走した。

    「残念。負けちゃった」

     鳥居をくぐる瞬間にやけにはっきりと少女の声が耳に響いた。
     それに動揺して足が竦んだ瞬間に目の前に立っていた誰かにぶつかりそのまま地面に倒れ込んだ。シャンシャンシャンと神楽鈴が音を立てて地面に転がった。千鶴の下敷きになっていたのは藤花さまだった。

    「恩人を地べたに押し付けるとは無礼な」
    「あっ、ごめんなさい」

     不愉快そうに目を細めている藤花さまを見て慌てて立ち上がると手を差し伸べて藤花さまを立ち上がらせて着物についた砂を払おうとしたところで「千鶴!」と悲鳴にも近い甲高い声で名前を呼んで母親が駆け寄ってきて千鶴を抱きしめた。

    「二度と存在しないものを望んでくれるなよ。『あれ』は私にどうにかできるものではない。今回とてお前を呼ぶのが精一杯だったのだから」

     無事で良かった、と涙を流しながら娘の頭を撫でる親子の感動の再会には興味などないという風でどこまでも無感情に着物についた土を払い落としながら藤花さまは言う。

    「『あれ』って、あの子って、何だったんですか」
    「知らぬ方がよい。縁を結べば執念く死ぬより酷い目に遭わされるぞ。私も関わりとうない。疾く家に帰るがいい」

     喉元過ぎれば何とやら、先程までの恐ろしい出来事は白昼夢か何かだったのかもしれない、と呆けたように真相を尋ねる千鶴に藤花さまは心底嫌そうな顔でこう答えると、背を向けてさっさと家に戻って行ってしまった。
     千鶴の母親は慌ててその後を追い、礼を言おうとするが藤花さまは視線もくれずに手で追い払う仕草をするので、千鶴と母親はその場を後にすることにした。
     母親は車にエンジンを掛ける前に沢山の人に電話を掛けて千鶴が見つかったと報告をしていた。そして家に車を停めると近所を回って千鶴の捜索に手を貸してくれた人々に頭を下げて謝罪と感謝の言葉を述べてから帰宅した。
     母親が夕飯の用意をしている間、千鶴が自分がやった筈の宿題はどうなったのかと確認しに部屋に戻ると、壁に貼られたカレンダーは9月のものになっていた。
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    spring10152

    DONE烏丸さんが芽衣ちゃんを育てて食べようと決意する話
    捕食者と被食者の出会い「おじさんあたしを隠して!」
    彼女との出会いはこの一言だった。私は彼女の通う小学校の学校医で、職務を終えて自分の病院へと帰ろうと丁度車のドアを開けたところに彼女が飛び込んできたのだ。何事かと事情を問おうにも彼女はしっかりと車に入り込んでしまい後部座席の足元に姿を隠して早く発車しろと怒鳴るばかりで取り付く島もないので、仕方なく私は彼女を車に乗せたまま出発した。
     到着するとひとまず彼女を病院に上げて事情を聴くことにした。何でも担任が気に食わなくて鋏で刺してきて追われていたところを私は保護してしまったらしい。そういえば健康診断の時に問題児が居るから怪我を負わされないよう注意しろと言われていたが、もしやこの子の事だったか、と面倒事を抱え込んでしまった事にため息を吐いた。食べて隠蔽しようかとも思ったが、事前準備もなく連れてきたのでは警察に捕まってしまうかもしれないし、聞いてみれば4年生だという彼女は食べるにはやや大きい。どうしたものか、とりあえず学校に帰そうかとすると「どうせ明日には処分が決まるんだから今日はここに居させてよ」とふてぶてしい態度の彼女は病院内の備品に張り付いて離れない。しぶしぶ私は彼女を病院に置いたままその日の診察を終わらせた。
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    spring10152

    DONEひなたに彼氏の肉を食わせる静さんの話
    幸福な食卓私はルームシェアをしているひなたの為に毎日食事の用意をする。それが私達の役割分担だったから。私は正直料理の腕には自信がある。毎日一汁三菜、ほかほかと湯気を立てる温かい食事を、愛を込めて用意していた。そう私は彼女の愛していた。
    私が彼女の愛していたというのは、友愛や親愛ではない。恋愛感情だ。私は彼女が欲しいと思っているし、彼女が他人と話していれば嫉妬する。正真正銘欲を持って愛していた。
    けれど彼女が同性愛者でない事は分かっていたし、私はこのルームシェア生活が続きさえすればそれで良かった。想いを伝えるつもりなどなかった。あの日までは。
    彼女が男の恋人を作ってきたのだ。今まで恋愛にはあまり興味が無い、彼氏はいらないと言っていた彼女が。私の見知らぬ男の隣で幸せそうに笑っていたのだ。許し難かった。そんな男の何がいいのだ。背なら私だってひなたよりも高いし、性格だって女の子に好かれやすい。顔だって悪くないはずだ。私の方がひなたの事を何でも知っていて気遣いができて最高の恋人になれる筈なのに。それなのに、あいつは男というだけで私からその座を奪い取ったのだ。
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    @t_utumiiiii

    DOODLE #不穏なお題30日チャレンジ 1(2).「お肉」(傭オフェ)
    ※あんまり気持ちよくない描写
    (傭オフェ) ウィリアム・ウェッブ・エリスは、同じく試合の招待客であるナワーブと共に、荘園の屋敷で試合開始の案内を待っていた。
     ここ数日の間、窓の外はいかにも12月らしい有様で吹雪いており、「試合が終わるまでの間、ここからは誰も出られない」という制約がなかろうが、とても外に出られる天候ではない。空は雪雲によって分厚く遮られ、薄暗い屋敷の中は昼間から薄暗く、日記を書くには蝋燭を灯かなければいけないほどだった。しかも、室内の空気は、窓を締め切っていても吐く息が白く染まる程に冷やされているため、招待客(サバイバー)自ら薪木を入れることのできるストーブのある台所に集まって寝泊まりをするようになっていた。
     果たして荘園主は、やがて行われるべき「試合」のことを――彼がウィリアムを招待し、ウィリアムが起死回生を掛けて挑む筈の試合のことを、覚えているのだろうか? という不安を、ウィリアムは、敢えてはっきりと口にしたことはない。(言ったところで仕方がない)と彼は鷹揚に振る舞うフリをするが、実のところ、その不安を口に出して、現実を改めて認識することが恐ろしいのだ。野人の“失踪”による欠員は速やかに補填されたにも関わらず、新しく誰かがここを訪れる気配もないどころか、屋敷に招かれたときには(姿は見えないのだが)使用人がやっていたのだろう館内のあらゆること――食事の提供や清掃、各部屋に暖気を行き渡らせる仕事等――の一切が滞り、屋敷からは、人の滞在しているらしい気配がまるで失せていた。
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