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    spring10152

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    spring10152

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    ミサキ様が侘助の母を罠に嵌める話

    連れ去り桜 温かい風が心地よいうららかな日和、侘助の母は洗濯の終わった衣服を洗濯機からカゴに移して庭に出ると、鼻歌混じりに形を整えて物干し竿に吊るしていく。
     半分ほど洗濯物を干し終えた時、彼女の視界の端で家の中で遊んでいた筈の幼い我が子が走って家の敷地から出て行く姿が見えた。道路に飛び出しては車に轢かれてしまうかもしれない、と瞬時に危機感を抱いた彼女は手に持っていた洗濯物を取り落とし、折角洗ったそれが土で汚れることなど気に留めず、息子の名を呼びながらその後ろ姿を追った。


    「侘助!」

     母が洗濯物を干している間、まだ眠気の残る頭でぼんやりと子供向け番組が映るテレビの画面を眺めていた侘助は、突然切羽詰まった声色で名前を呼ばれて意識を完全に覚醒させる。何かあったのかと、靴の踵を踏み潰しながら慌てて庭に出るとそこに母の姿は無かった。

    「おかあさん?」

     庭をぐるりと見渡すがやはり母は居ない。敷地の外だろうか、と侘助は家の門をくぐり、母の言いつけ通り車が来ていないかどうか左右を確認しようと横を向いた時、遠くてよく見えないが子供と思しき背丈の者を追う母の背を見つけた。

    「おかあさん!」

     形式的にもう片方の道を一瞬だけ見て車が来ていないことを確認すると、侘助は母を呼びながら後を追って走り出す。
     精一杯声を出して呼んでいるのに、聞こえる距離の筈なのに、母は振り向きもせず走って行ってしまう。侘助は懸命にそれを追いかけるが、子供と大人では歩幅が違う。二人の距離はどんどん開いていく。


    「侘助、どこ行くの、かけっこなら公園で……」

     普段ならこれだけ走れば追いつけるはずなのに、いくら全力で走っても一向に追い付く様子がない。まるで逃げ水を追いかけているかのような違和感を覚えつつも、息子を見失うわけにいかない、と母は息を切らしながら息子の後ろ姿に声を掛ける。
     聞き分けの良い息子なのに、どうしてちらりともこちらを見てくれないのか。
     自分と違い疲れる様子もなく、どこか目的地を持っているように走る我が子のことで頭がいっぱいで、母は辺りが本来あるべき筈の景色でないことに気付かなかった。


     あまり運動は得意でなく、長距離を走ることができない侘助は、母に追いつく前に疲労で足がもつれて勢いよくアスファルトに倒れ込んだ。膝を擦りむき、痛みに思わず涙が滲み「おかあさぁん」と弱々しく母を呼ぶ。
     しかし今はその母の様子がおかしいのだ。呼んだところで気づいて引き返してきて涙を拭ってくれるわけがないと理解すると、侘助はすんと鼻を鳴らし、痛みを堪えて立ち上がろうとするが靴をきちんと履いていなかったためにバランスを崩して再びよろめく。この場で大泣きして誰でもいいから助けを求めたくなったがそうも言っていられない。溢れる涙を手の甲で拭いながら踏み潰していた靴の踵の形を整えて足を完全に収めて立ち上がると、母が消えていった方へ再び走り出した。


    「侘助……」

     息子の名を呼びながら走るのも限界で、これ以上はもう走れない、と心が折れそうになり母が足を止め、俯いて息を整えていると生温い一陣の風が頬を撫でた。
     それに運ばれてきたのかひらひらと白い花弁が辺りに舞った。一瞬、状況も忘れてそれに見惚れ、顔を上げた。
     遅咲きだったのだろうか、他の桜はすっかり花を散らして瑞々しい緑色の葉を芽吹かせている中、一本だけ満開の花を咲かせる大きな桜の木が二人を待っていた。息子は鳥居をくぐり、石の階段を上って桜の木の前まで辿り着くとぴたりと立ち止まった。
     やっと追いつける。息子を保護して帰ろうと母が重い足を引きずるようにしてふらふらと鳥居の内側に一歩踏み込んだ瞬間のことだった。

    「おかあさんそれ僕じゃない!」

     桜の木の下に佇む我が子の姿をしたものが振り向くのと、背後から今まで追いかけていた筈の我が子の叫び声が聞こえたのは同時だった。
     振り向いたそれには顔が無かった。それどころか瞬きをする間に花吹雪となって形を崩して消え去った。妖に呼ばれた、と背筋が凍るのを感じながら本物の息子の方を振り向いたその身体中に無数の腕が絡みついた。

    「おかあさん!」
    「こっち来ちゃ駄目!」

     軽率に見知らぬ鳥居などくぐってはいけなかったと自分の行いを後悔したがもう遅い。今は大切な我が子をを巻き込まない事が最優先だと、母は泣きながら駆け寄ってくる侘助に向かって足を止めるよう叫ぶ。

    「大丈夫だから、帰ってお父さん呼んできて」

     髪を、腕を、胴を、脚を、がっちりと掴んで強い力で引く腕に抗おうと身を捩りながら、もう助からないことを本能的に感じ、死への恐怖で顔が引き攣りそうになりながらも侘助をこの場から遠ざける為微笑みを形作って穏やかな声で指示を出す。


     目の前で母が桜の木から伸びる白い無数の腕に絡め取られ、今まさに連れ去られようとしているその現実離れした光景に侘助は言葉を失っていたが、現状を自分の力ではどうにもできないことくらいは分かった。

    「おと、おとうさん呼んでくるから、おかあさんちゃんとそこに居てね」

     母の微笑みを見て、母の言葉に従えばこれを解決できるのだと思った侘助は涙声で母の無事を祈る言葉を残して、ここに来るまでに体力を使い果たして疲労困憊の体に鞭打って駆け足で元来た道へ引き返していった。

     暫く真っ直ぐだった道を走っていたものの、十字路に出ると侘助はどこからやってきたか覚えておらず、少し曲がっては違う気がすると戻ってきて、別の道を選ぶもこれも違う、と戻ってきて困り果てて、どうしたらいいのか分からずその場で顔を覆って泣き出した。

    「どうしたの」

     そんな時、頭上から静かに響く優しげな女の声がした。顔を上げるとそこには柄のない黒一色の長いワンピースを着た若い女が立っていた。

    「みち、わかんなくて、」

     助けが現れた安堵でより一層溢れてくる涙で頬を濡らしながら家に帰る道が分からなくなったと事情を告げると、女は「貴方の家知ってるわ。連れて行ってあげる」と白く艶かしい手を差し出した。
     侘助がその手を取ると、女は一切迷う様子も無く黒いハイヒールの靴音を軽やかに響かせながら歩いていく。手を引かれるままに歩いていると次第に見慣れた町並みになり、やがて自分の家の前へと辿り着いた。

    「これ、お父さんに渡してあげて」

     礼もそこそこに家に飛び込もうとする侘助を呼び止めると女は持っていたトートバッグから木箱を取り出した。
     うん、と返事をして侘助が小さな両手でしっかりと箱を受け取るのを見ると、女は赤い目を細めて美しく笑った。

     今度こそ女に別れを告げると侘助は急いで
    家の中に入り、箱を居間の机の上に置くと固定電話の下へ走り、壁に貼られた付箋に書かれた父の電話番号を押す。数回のコール音の後に父が出た。
     動揺した頭では上手く状況が説明できなかったが、それでも父は母が危険な状況にあると分かってくれたらしく、すぐに帰るから侘助は家の戸締りをして静かに待っているようにと指示された。
     侘助は言われた通りに家中の窓を閉め、玄関にも鍵をかけた。そして父の帰りを今か今かと落ち着きなく待っていると、先程渡された木箱が目に入った。
     渡された時は染み一つない綺麗な箱だったと思ったが、何だか大きな赤黒い染みができている。中身が漏れているのだろうか、と何気なく箱の蓋を取った。

     中に入っていたのはまだ温もりの残った、人間の左手だった。手首は無理に引きちぎったようになっており、断面からは血液が滴っている。
     箱に満ちた血で汚れた手の薬指には、母が「お父さんとお揃いなのよ」と見せてくれた銀色の指輪が光っていた。
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    spring10152

    DONE烏丸さんが芽衣ちゃんを育てて食べようと決意する話
    捕食者と被食者の出会い「おじさんあたしを隠して!」
    彼女との出会いはこの一言だった。私は彼女の通う小学校の学校医で、職務を終えて自分の病院へと帰ろうと丁度車のドアを開けたところに彼女が飛び込んできたのだ。何事かと事情を問おうにも彼女はしっかりと車に入り込んでしまい後部座席の足元に姿を隠して早く発車しろと怒鳴るばかりで取り付く島もないので、仕方なく私は彼女を車に乗せたまま出発した。
     到着するとひとまず彼女を病院に上げて事情を聴くことにした。何でも担任が気に食わなくて鋏で刺してきて追われていたところを私は保護してしまったらしい。そういえば健康診断の時に問題児が居るから怪我を負わされないよう注意しろと言われていたが、もしやこの子の事だったか、と面倒事を抱え込んでしまった事にため息を吐いた。食べて隠蔽しようかとも思ったが、事前準備もなく連れてきたのでは警察に捕まってしまうかもしれないし、聞いてみれば4年生だという彼女は食べるにはやや大きい。どうしたものか、とりあえず学校に帰そうかとすると「どうせ明日には処分が決まるんだから今日はここに居させてよ」とふてぶてしい態度の彼女は病院内の備品に張り付いて離れない。しぶしぶ私は彼女を病院に置いたままその日の診察を終わらせた。
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    spring10152

    DONEひなたに彼氏の肉を食わせる静さんの話
    幸福な食卓私はルームシェアをしているひなたの為に毎日食事の用意をする。それが私達の役割分担だったから。私は正直料理の腕には自信がある。毎日一汁三菜、ほかほかと湯気を立てる温かい食事を、愛を込めて用意していた。そう私は彼女の愛していた。
    私が彼女の愛していたというのは、友愛や親愛ではない。恋愛感情だ。私は彼女が欲しいと思っているし、彼女が他人と話していれば嫉妬する。正真正銘欲を持って愛していた。
    けれど彼女が同性愛者でない事は分かっていたし、私はこのルームシェア生活が続きさえすればそれで良かった。想いを伝えるつもりなどなかった。あの日までは。
    彼女が男の恋人を作ってきたのだ。今まで恋愛にはあまり興味が無い、彼氏はいらないと言っていた彼女が。私の見知らぬ男の隣で幸せそうに笑っていたのだ。許し難かった。そんな男の何がいいのだ。背なら私だってひなたよりも高いし、性格だって女の子に好かれやすい。顔だって悪くないはずだ。私の方がひなたの事を何でも知っていて気遣いができて最高の恋人になれる筈なのに。それなのに、あいつは男というだけで私からその座を奪い取ったのだ。
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    recommended works

    @t_utumiiiii

    DOODLE #不穏なお題30日チャレンジ 1(2).「お肉」(傭オフェ)
    ※あんまり気持ちよくない描写
    (傭オフェ) ウィリアム・ウェッブ・エリスは、同じく試合の招待客であるナワーブと共に、荘園の屋敷で試合開始の案内を待っていた。
     ここ数日の間、窓の外はいかにも12月らしい有様で吹雪いており、「試合が終わるまでの間、ここからは誰も出られない」という制約がなかろうが、とても外に出られる天候ではない。空は雪雲によって分厚く遮られ、薄暗い屋敷の中は昼間から薄暗く、日記を書くには蝋燭を灯かなければいけないほどだった。しかも、室内の空気は、窓を締め切っていても吐く息が白く染まる程に冷やされているため、招待客(サバイバー)自ら薪木を入れることのできるストーブのある台所に集まって寝泊まりをするようになっていた。
     果たして荘園主は、やがて行われるべき「試合」のことを――彼がウィリアムを招待し、ウィリアムが起死回生を掛けて挑む筈の試合のことを、覚えているのだろうか? という不安を、ウィリアムは、敢えてはっきりと口にしたことはない。(言ったところで仕方がない)と彼は鷹揚に振る舞うフリをするが、実のところ、その不安を口に出して、現実を改めて認識することが恐ろしいのだ。野人の“失踪”による欠員は速やかに補填されたにも関わらず、新しく誰かがここを訪れる気配もないどころか、屋敷に招かれたときには(姿は見えないのだが)使用人がやっていたのだろう館内のあらゆること――食事の提供や清掃、各部屋に暖気を行き渡らせる仕事等――の一切が滞り、屋敷からは、人の滞在しているらしい気配がまるで失せていた。
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