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    zeppei27

    @zeppei27

    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
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    zeppei27

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    なんとなく続いている主福で、単品でも読めます。隠し刀の歯を検診する諭吉のお話。ひょっとすると私の性癖とやらは歯なのでは……?何か別の扉を開きかけたので閉じました。
    >前作:『地獄極楽、紙一重』https://poipiku.com/271957/10506541.html
    >まとめ:https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html

    #RONIN
    #隠し刀(男)
    #主福
    #小説
    novel

     歯は面白い。歯は生まれついてのものだけれども、小さいながらに人それぞれの人生を背負ってきている。例えば歯並びが悪く、まるでぼろぼろの塀のような歯は、当人も親も面倒を見る習慣がなかったことを示唆するだろう。貧しさ、衛生観念、無関心、長じても周囲が指摘しなかったか、あるいは永劫頓着しない性格か。多少の懸念が抱かれる。すり減り具合は癖を見抜く術であるし、本数の多い少ないは歴戦の証だ。清国では年齢を歯数とも呼ぶのももっともだろう。
     さて医学を学んだ立場から、多少歯についても心得がある福沢諭吉にとって、情人である隠し刀の歯はなかなかの上物に思われた。栄養状態がやや危惧されるものの、血で繋がれてきたらしい大きめの歯は揃っているし、右奥がややすり減り気味である点は然程心配するものではない。虫歯はなく、欠けもない。良い状態だ。そして何より気に入っているのは――
    「ひゃふぁは、ひゅひひ」
    「もう少し、我慢してくださいね」
    犬歯だ。奥に突っ込んだ指を奥からまた前へとなぞって、諭吉はその尖った感触を楽しんだ。だらだらと顎からよだれが垂れているのを、かわいそうにと他人事のように思う。そうさせているのは自分だ。あの隠し刀をこんな屈辱的な目に遭わせてしまうだなんて!彼の命を狙う人間とて、なかなかできないだろう。もしやってのけたならば万死に値する。
     犬歯が甘噛みして訴えてくるのを潮に、諭吉は名残惜しくもちゅぽんと指を抜いてやった。手首までぐっしょりと唾液に濡れている。情事を思わせる光景に腹がそわそわしたが、今は割合に真面目なひと時だ。
    「うん、十分確認できました。僕が診る限り、虫歯はなさそうですね」
    専用の鏡がないためつぶさには見ることが叶わなかったが(欧米ではそんな道具もあるらしい)、初見ではこんなところだろう。手を洗いがてら、隠し刀に口をゆすぐよう促す。長らく指を口に突っ込まれていたおかげで、大の男が涙目になっている。ぎゅう、と胸が苦しいまでに掴まれてどうにもたまらない。
     今の自分は医師としてここにいるというのに、公私が全く切り分けらぬまま、さながら貝殻のようにがっちりと一体化を果たしている。普段の情人からは到底考えられぬ、子供のような寄る辺のなさ、自分しか頼れる人がいないという振る舞いがどうにも欲を刺激してやまなかった。
     理性よ、よろけることなかれ。念じて薬を与えるべく湯さましを用意しながら、諭吉は事の始まりを振り返った。相手にとっては拷問のように長かったかもしれないが、ほんの半刻程前である。
    「すまん、諭吉」
    「どうしたんです?」
    隠し刀が住まう長屋に遊びに来て早々、挨拶代わりに口づけをしようとしたらば両手で阻まれ、諭吉は目を丸くした。断られたことに少なからず衝撃を受けたものの、相手が心底申し訳なさそうな様子に心配が先に立つ。大人しく聞く態勢に入ると、情人は正座をして絞り出すような声を発した。
    「……痛いんだ」
    「え」
    すわまた深刻な怪我を負ったのか。一度彼が人斬りらしい傷を負った記憶が鮮やかに蘇り、さああっと顔から血の気が引く。腹か、背中か。手足は問題なく動かせているようだ、と体のあちこちを検分していると、情人は恥ずかしそうに続けた。
    「痛むのは、歯だ。病気かもしれないから、医者にかかって治療するまで待ってほしい」
    知人の英国人医師、ウィリアム・ウィリスに診てもらう予定だという。とはいえ本職が歯ではないため、すぐに完治するかは不透明だ。そんな悠長な話があってたまるか。確かに虫歯は口移しされる可能性があるとは認識している。それはそれ、これはこれで、諭吉は門外漢の医師ならば他にもいるだろうにと鼻を鳴らした。
    「なら、僕が診てさしあげましょう」
    手袋と上掛けを脱ぐと、とっとと手を洗いに行く。相手が慌てたところで構いはしない。前々から情人の歯は好きだった――それをみすみす他人に先を越されるとは悔しい。
    「本気で診るつもりなのか?」
    「おや。僕の腕を疑うんですか。専門ではないから駄目だと?」
    「諭吉に診てもらうのは嬉しい」
    ただ恥ずかしい、と宣う男は素直で可愛らしく、諭吉は両手で顔を覆いたくなった。他にも色々お互い恥ずかしいものは見ただろうに、今更虫歯(らしい)を見られるのを厭うだなんて!
    「では、観念してください。口を開けて。どこが痛むんです?」
    「右の奥……おそらく上だと思う。最初は歯が合わさると気になる程度だったんだが、段々何もせずとも痛くて」
    凡そ一週間ばかり悩んだらしい。何もせずとも痛くなった最終段階は今朝始まったそうだ。虫歯と断定しきれない症状に、諭吉は他の可能性を探るべく、脳内の医学誌の頁をめくった。
     歯に関する治療の歴史は古いが、原因や治療法が科学的になったのは近年のことであり、それも遥か大陸での出来事だった。歯痛となれば薬を処方され、飲む。ひどくなればやすりで削り、あるいは抜く。負の連鎖というもので、次から次へと己をすり減らす人間は少なくはない。
     隠し刀は異国の医者を当てにするようであるため、おいそれとすぐに抜きはしないだろうが、さはさりながら惜しい。彼の身が少しでも減ってしまうくらいならば、自分で食べてやりたいと思うのは行き過ぎた考えだろうか?無論、行き過ぎている。同物同治でさえないこの想いは、いっそおぞましいものだ。
     素知らぬ体を装って、大人しく開いた情人の口をなぞり、中へと指を突っ込んで否応なしに蹂躙する。はた目には、自分が真面目に診察しているように映るだろう。患者だってそのつもりで、自分も一応その心づもりでいる。ただ少しばかり余計な思いばかりが頭を過るだけのことで――全く以て忌々しい。
     一人前の刀は健康であることが第一だから、と人でなしらしく気を使うだけあって、隠し刀の歯は状態が良かった。懸念されていた奥歯は、見る限り問題がなさそうである。などと経過を振り返ると、諭吉は神妙な面持ちで結果を待つ患者に笑みを浮かべてみせた。
    「大丈夫。歯も歯茎にも異常は診られません。痛みの原因は、恐らく噛みしめが原因でしょう。他の部分に比べて、右奥が随分すり減っています。力を入れる際に、つい噛みしめてしまうのではないでしょうか?」
    「そうだな……痛っ」
    恐らく想像で力を入れたのだろう、ぐうと隠し刀が背を曲げる。脇腹に大けがを負った時でさえ呻きもしなかった男が、歯一つでここまで痛みを感じるとは意外な事だった。堅牢な城郭も内に入ればなんとやら、どうも悪癖は彼の致命を獲ったらしい。
    「ほらほら、力を入れない。痛み止めを差し上げますから、ひとまずはこれで大丈夫でしょう。しかし、今後のためにはなりませんね」
    悪癖が治らなければ、結局延々痛み止めを飲み続け、更にひどい場合は歯を砕くに至るだろう。奥歯に力が入らなければ、体全体にも関わる。たかが歯と侮るなかれ、と説くと諭吉は相手の頬の上から奥歯の辺りをつついてやった。
    「精神論は好きませんが、こればかりは自分の意思一つの問題です。力を入れる時には、右だけでなく左も、そして噛み過ぎないようにするよう意識づけましょう。力を入れずに過ごすことは難しいですからね」
    「善処する」
    袂に入れておいた守り袋から痛み止めを取り出し、渡してやると情人は何の疑いもなく飲み込んだ。自分相手だからとわかっているものの、誰に対しても無防備なのではないかと思わせるほどの素早さである。
    「ありがとう。助かった」
    「当然のことをしたまでですよ。あなたを助けられたなら、僕も嬉しいです」
    理性を取り繕うべく手袋をはめようとし、諭吉は自分の指に歯痕が残っていることに気づいて頬を緩めた。先ほどの歯の感触をまだ覚えている。
    「あー、諭吉。意識するというのはよくわかったから、少し協力してほしい」
    「僕にできることであれば、喜んで」
    ふわりと気分が浮上する。はしたない顔をしていないと良いのだが。諭吉の返答に、隠し刀は唇の端を上げた。
    「道場稽古で立ち合いを願いたい」
    「良いでしょう」
    久々ですからね、と言いつつも気分は急降下していた。薄々想定されてはいたものの、いざまともに切り出されると口惜しい。だが、隠し刀が続けた言葉で諭吉は再び踊らされた。
    「うまくいったら、湯屋に行こう。自分本位ですまない」
    「あなたは我儘です」
    ご褒美扱いされることは嬉しい。しかし自分の意思はまるで無視されているではないか。とはいえ小さくとも歯は要所であり、抱き合いながら歯痛に悩まれるのは不本意だった。
     手袋をはめ、煩悩を封じ込める。できうる限りの余裕をかき集めて、諭吉は唇の前に指を一本立てた。
    「僕へのご褒美も忘れないでくださいね」
    「なんなりと」
    痕が欲しいと強請ったら、情人はどんな顔をしてくれるだろう。その愛らしく尖った歯で飾られた指を眺めたい。痕跡が薄れて寂しくなれば、上書きの合図だ。手袋の下に隠す喜びが、今から待ち遠しくてならなかった。


    〆.
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?

    >前作:ハレノヒ
    https://poipiku.com/271957/11274517.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
     それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
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    zeppei27

    DONE何となく続いている主福の現パロです。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、ホワイトデーに贈る『覚悟』のお話です。
    前作VD話の続きでもあります。
    >熱くて甘い(前作)
    https://poipiku.com/271957/11413399.html
    心尽くし 日々は変わりなく過ぎていた。大学と自宅を行き来し、時に仕事で遠方に足を伸ばし、また時に行楽に赴く。時代と場所が異なるだけで、隠し刀と福沢諭吉が交わす言葉も心もあの頃のままである。暮らし向きに関して強いて変化を言うならば、共に暮らすようになってからは、言葉なくして相通じる折々の楽しみが随分増えた。例えば、大学の研究室で黙って差し出されるコーヒーであるとか、少し肌寒いと感じられる日に棚の手前に置かれた冬用の肌着だとか、生活のちょっとした心配りである。雨の長い暗い日に、黙って隣に並んでくれることから得られる安心感はかけがえのないものだ。
     隠し刀にとって、元来言葉を操ることは難しい。教え込まれた技は無骨なものであったし、道具に口は不要だ。舌が短いため、ややもすると舌足らずな印象を与えてしまう。考え考え紡いだところで、心を表す気の利いた物言いはろくろく思いつきやしない。言葉を発することが不得手であっても別段、生きていくには困らなかった。だから良いんだ、と放っておいたというのに、人生は怠惰を良しとしないらしい。運命に放り出されて浪人となった、成り行き任せの行路では舌がくたくたに疲れるほどに使い、頭が茹だる程に回転させる必要があった。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。前作を読んだ方がより楽しめるかもしれません。遅刻しましたが、明けましておめでとう、そして誕生日おめでとう~!会えなくなってしまった隠し刀が、諭吉の誕生日を祝う短いお話です。

    >前作:岐路
    https://poipiku.com/271957/11198248.html

    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ro
    ハレノヒ 正月を迎えた江戸は、今や一面雪景色である。銀白色が陽光を跳ね返して眩しく、子供らが面白がってザクザクと踏み、かつまた往来であることを気にもせず雪合戦に興じるものだからひどく喧しい。しかしそれがどんどんと降り積もる量が多くなってきたとなれば、正月を祝ってばかりもいられない。交通量の多い道道では、つるりと滑れば大事故に繋がる可能性が高い。
     自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。諭吉が隠し刀の爪を切る話。意味があるようでないような、尤もなようで馬鹿馬鹿しいささやかな読み合いです。相手の爪を切る動作って、ちょっと良いですね……

    >前作:黄金時間
    https://poipiku.com/271957/11170821.html
    >まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    鹿爪 冬は、朝だという。かの清少納言の言は、数百年経った今でも尚十分通じる感覚だろう。福沢諭吉は湯屋の二階で窓の隙間から、そっと町が活気付いてゆく様を眺めていた。きりりと引き締まった冷たい空気に起こされ、その清涼さに浸った後、少しでも暖を取ろうとする一連の朝課に趣を感じられる。霜柱は先日踏んだ――情人である隠し刀とぱり、さく、ざく、と子供のように音の違いを楽しんで辺り一面を蹂躙した。雪は恐らく、そう遠くないうちにお目にかかるだろう。
     諭吉にとっての冬の朝の楽しみとは、朝湯に入ることだった。寒さで目覚め、冷えた体をゆるりと温める。朝湯は生まれたてのお湯が瑞々しく、体の隅々まで染み通って活きが良い。一息つくどころか何十年も若返るかのような心地にさせてくれる。特に、隠し刀が常連である湯屋は湯だけでなく様々な心尽くしがあるため、過ごしやすい。例えば今も、半ば専用の部屋のようなものが用意され、隠し刀と諭吉は二人してだらけている。
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    zeppei27

    DONE企画2本目、うさりさんよりいただいたご指名の龍馬で、『匂いを嗅ぐ』です。龍馬は湯屋に行かないのでなんというか……濃そうだな、などと具体的に想像してしまいました。香水をつけていることもあり、変化を楽しめる相手だと思います。
     リクエストありがとうございました!
    聞香 千葉道場の帰り道は常に足取りが重い。それなりに鍛えている方だが、疲労は蓄積するものなのだと隠し刀は己の限界を実感していた。所詮は人の身である。男谷道場も講武館も、秘密の忍者屋敷もすいすいとこなしたところで、回を重ねれば疲れるのも道理だ。
     が、千葉道場は中でも格別であった。理由の一つは毎度千葉佐那が突撃してくることで、一度は勝負しないと承知してくれない。そうでもなければ、「私に会いに来てくださったのではないですか」などとしおらしい物言いをされるので弱ってしまう。健気な少女を健全に支えたつもりが、妙な逆ねじを食わされている形だ。
     佐那だけならばまだ良い。性懲りもなく絡んでくる清河八郎もまあ、どうにかなる。問題は最後の一つで、佐那が坂本龍馬と自分との手合わせを観たいとせがむところにあった。彼女は元々龍馬と浅からぬ因縁があり、ずるい男は逃げ回るばかりで年貢を納めようとしない。その癖、隠し刀の太刀筋が観たいだのなんだの言いながら道場までついてくる。佐那は龍馬と手合わせできないのであれば、二人が戦う様を観たいと譲歩してくれるというのが一連の流れだ。
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    zeppei27

    DONE企画4本目、加糖さんよりご指名頂いた黒田で、『分け合いっこ』です。豪快さと可愛さの合わせ技、黒田君はいろんなものを何の気なしに分け合ってくれるような気がします。多分他意はないんだ……あるって言って!
     リクエストありがとうございました!
    太陽の共食い 薩摩藩上屋敷は夏真っ盛りだった。縁側をみっしりと埋め、前庭に敷いた筵一面に広がる夏の成果に、黒田清隆は目を疑った。江戸に来てから久しいが、このような異様な光景に出くわすのは初めてである。
    「西瓜……だと?」
    「その通りだ、黒田」
    朋輩たちがわらわらと興味本位で群がる様に呆然としていると、のっそりと大きな影がさした。いついかなる時も沈着冷静な人は誰であろう、大久保利通である。流石に彼ならば事情を知っているに違いない。こちらの困惑を見て取ったのだろう、利通は淡々と続けた。
    「篤姫様が、暑気払いにと御下賜されたのだ。京の都から取り寄せたらしい。……一人一つだ!欲張るでないぞ!」
    「承知しもした!」
    すかさずちょろまかそうとした輩がいたのだろう、利通の一喝ですぐさま場の空気が引き締まる。確かに、薩摩の暑さに比べれば江戸の夏など可愛らしいものだが、暑いには変わりない。西瓜のみずみずしい甘さは極上に感じられるだろう。篤姫も小粋な計らいをしてくれたものだ。
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