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    zeppei27

    @zeppei27

    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
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    zeppei27

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    なんとなく続いている主福で、単品でも読めます。勉強のご褒美に、揚げ餅を食べながら海を見るデートを楽しむ二人のお話です。美味しい揚げ餅が食べたい!

    >前作:『有意義な休日』
    https://poipiku.com/271957/10591789.html

    >まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html

    #小説
    novel
    #主福
    #隠し刀(男)
    #RONIN

    餅は焼いても揚げても良い ぼり、ぼり、ぼりぼり、ざ、ざっ、がりん、ざく、ざく。辺りが静かなためか、ひどく大きく響く音に、福沢諭吉は悩ましい表情を浮かべた。隠し刀との勉強会も大詰めを迎え、早く切り上げて少し休もうかと外に出た先に、煎餅屋の屋台が待ち構えていたのが運の尽きである。膝上に揚げ餅の包、傍らに麦酒。見渡す限りの青い海。ちょうど夕陽が傾きかけた頃で、情人との雰囲気作りは完璧なはずだった。悔しさを滲ませて、しばし過去を振り返るとしよう。
     横浜貴賓館を出るなり、感覚の優れた隠し刀はすぐさま異変に気が付いた。否、彼でなくとも誰でもわかっただろう。
    「諭吉、あの香ばしい匂いがするものを食べても良いか?」
    「揚げ餅ですね。ええ、食べましょう。僕も久々です」
    天ぷら屋と同じ要領で屋台を引いた煎餅屋は、先見の明があると言って良い。揚げたて、焼き立ての煎餅に刷毛で醤油を塗れば、うなぎもかくやという香りを四方に漂わせ、ふらふらとどこからか人が誘われ集まりゆく。大行列に並んで自分の番が来る頃には、匂いだけでもうお腹が減ってしまって、最初に決めていた一種類に限らずもっと欲しいと思わせるのだ。
     塩、七味、醤油、味噌、海苔塩、胡麻、はたまたざらめまで。甘いのしょっぱいの、どれを頼んでも胸がいっぱいになるだろう。今にもよだれが垂れそうな様子の隠し刀に、店主は満面の笑みを浮かべて額の汗をぬぐった。
    「自分で食べたい、美味い煎餅を食べたいって店を構えてみたんですがね。自分が美味いと納得できるもんを他の人にも美味い美味いと言ってもらえるのは、いい気分ですよ」
    「……ここは揚げ餅、の海苔塩を買おう。諭吉はどれにする?」
    「僕は塩にしましょう」
    「よしきた」
    ざっざと手早く油紙に揚げ餅を包むと、店主がそれぞれに商品を渡す。受け取るなり熱さで驚いた様子の隠し刀に苦笑して、諭吉は手袋をはめた手で運んでやった。強靭な男も煮えたぎった油には勝てないらしい。途中で少し冷えた麦酒を仕入れ、気ままにぶらりと歩くと、海沿いに丁度良い石積みを見つけたので並んで座った。
     揚げ餅を食べるためにも流石に手袋を外し、諭吉は早速本日のご褒美に手を付けた。揚げ餅に染みる菜種油の軽い舌ざわり、サクサクほろほろとしつつもしっかりと固さを残した餅から引き出される米らしい甘さや滋味を、塩が綺麗にまとめ上げてゆく。麦酒を流し込めば完璧な労いの完成だ。
     さて初めて揚げ餅を食すらしい隠し刀はどうか――というと、冒頭にさかのぼる通りに大いに夢中である。麦酒にも目もくれず、一心不乱に貪る様は、さながら地獄で死体を食らう餓鬼のような凄味があった。揚げ餅一つでここまで真剣になる人間を諭吉は他に知らない。感想を共有する以前の状態で、声をかけることもためらわれた。
     仕方なしにただ黙々と食べ、指先についた塩すら惜しくて舐めとる。確かに美味い。そして、揚げ物は揚げ立てが一番美味く、冷めてしまえばその感動は少し落ちる。あと少しでなくなってしまうな、という頃になって、ようやく隠し刀が夢から覚めたように顔を上げた。
    「海苔塩、というのはこんなに美味しいものだったんだな……諭吉、お代わりを買おう」
    「おや、もう食べ終わってしまったんですか?そんなに食べたらば、夕飯が入らなくなりますよ」
    今日はきんぴらが評判の居酒屋に行くつもりだった。無論まだ相手には話していない。しかし二人が勉強会の後に夕飯を共にするのは、暗黙の了解である。それから二人で、と諭吉は期待するところが大きいのだが、目の前の隠し刀の顔は『揚げ餅を夕飯の代わりにしたい』という要望を物語っていた。揚げ餅!情人をこんなに病みつきにさせるだなんて、末恐ろしい逸品だ。清国で流通している阿片というものは人を中毒にさせるというが、隠し刀の場合は揚げ餅だったらしい。
     さしもの諭吉もこれには眉をひそめた。許せないことが二点も生じている。一つ、隠し刀が菓子を夕飯代わりにしようとすること、二つに諭吉といるにも関わらず揚げ餅との蜜月を楽しもうとしていることである。海苔塩め。やおら相手の手を掴むと、諭吉はその指先にまだ海苔が点々と張り付いていることに笑みを浮かべた。
    「食べ終わってしまったとは残念ですね。僕も少し食べてみたかったんですよ、海苔塩」
    「ひゃ」
    れろ、と指先を舐め上げると、隠し刀が生娘のような声を上げて慄く。一本、二本、確かに海苔塩もなかなかいけると思いながらも三本目も舐める頃には、隠し刀はふうう、と大きく深呼吸を繰り返し始めていた。頬が赤いのは、何も夕陽が差し込んでいるからだけではあるまい。四本目は軽く口づけるだけにして離れると、諭吉は悪戯が成功した気分で相手を見やった。
    「ご馳走様です。僕の塩味も食べませんか?そうしたら……一緒に夕飯を楽しみましょう。良いですね」
    「ああ」
    ぎくしゃくと動いた隠し刀が、今度は諭吉の手首を掴む。揚げ餅を渡すつもりだったのだが、どうやら違う意味に捉えられたらしい。れろ、と湿って温かく、柔らかな刺激が指先を這う。相変わらず舌が短い癖に器用なことだ。関節の一つ一つまでしっかりと動く所作は恭しく、艶めかしい。
     夕飯なんて、と背筋をぞくぞくと震わせて諭吉は空いた片手で残りの揚げ餅をつまんで食べた。しょっぱい、という隠し刀の声が耳に心地よい。夕飯なんて食べないで、こうして戯れるというのはどうだろう。そちらの方が揚げ餅よりも余程魅力的で、きっと愉しい。
     五本の指をしっかり舐められ解放されると、諭吉は迷うことなくもう片方の手を差し出した。まだ指先には塩が陽を浴びてきらきら輝いている。
    「お代わりをどうぞ」
    「いただこう」
    あーん、と隠し刀が口を開け、揚げ餅でなしに諭吉を食べる。束の間焼いた餅は、どうやら彼の口によく合っているらしい。そういえば、店主が季節ものとして近々ゆず塩味を出すという。あの爽やかで苦みを伴う味わいは、恐らく日本酒と合うだろう。
     隠し刀が舐めた後をなぞるように、解放された手にそっと舌を這わせる。貪られた指先は、ほんのわずかにしょっぱかった。


    〆.
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?

    >前作:ハレノヒ
    https://poipiku.com/271957/11274517.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
     それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
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    zeppei27

    DONE何となく続いている主福の現パロです。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、ホワイトデーに贈る『覚悟』のお話です。
    前作VD話の続きでもあります。
    >熱くて甘い(前作)
    https://poipiku.com/271957/11413399.html
    心尽くし 日々は変わりなく過ぎていた。大学と自宅を行き来し、時に仕事で遠方に足を伸ばし、また時に行楽に赴く。時代と場所が異なるだけで、隠し刀と福沢諭吉が交わす言葉も心もあの頃のままである。暮らし向きに関して強いて変化を言うならば、共に暮らすようになってからは、言葉なくして相通じる折々の楽しみが随分増えた。例えば、大学の研究室で黙って差し出されるコーヒーであるとか、少し肌寒いと感じられる日に棚の手前に置かれた冬用の肌着だとか、生活のちょっとした心配りである。雨の長い暗い日に、黙って隣に並んでくれることから得られる安心感はかけがえのないものだ。
     隠し刀にとって、元来言葉を操ることは難しい。教え込まれた技は無骨なものであったし、道具に口は不要だ。舌が短いため、ややもすると舌足らずな印象を与えてしまう。考え考え紡いだところで、心を表す気の利いた物言いはろくろく思いつきやしない。言葉を発することが不得手であっても別段、生きていくには困らなかった。だから良いんだ、と放っておいたというのに、人生は怠惰を良しとしないらしい。運命に放り出されて浪人となった、成り行き任せの行路では舌がくたくたに疲れるほどに使い、頭が茹だる程に回転させる必要があった。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。前作を読んだ方がより楽しめるかもしれません。遅刻しましたが、明けましておめでとう、そして誕生日おめでとう~!会えなくなってしまった隠し刀が、諭吉の誕生日を祝う短いお話です。

    >前作:岐路
    https://poipiku.com/271957/11198248.html

    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ro
    ハレノヒ 正月を迎えた江戸は、今や一面雪景色である。銀白色が陽光を跳ね返して眩しく、子供らが面白がってザクザクと踏み、かつまた往来であることを気にもせず雪合戦に興じるものだからひどく喧しい。しかしそれがどんどんと降り積もる量が多くなってきたとなれば、正月を祝ってばかりもいられない。交通量の多い道道では、つるりと滑れば大事故に繋がる可能性が高い。
     自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。諭吉が隠し刀の爪を切る話。意味があるようでないような、尤もなようで馬鹿馬鹿しいささやかな読み合いです。相手の爪を切る動作って、ちょっと良いですね……

    >前作:黄金時間
    https://poipiku.com/271957/11170821.html
    >まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    鹿爪 冬は、朝だという。かの清少納言の言は、数百年経った今でも尚十分通じる感覚だろう。福沢諭吉は湯屋の二階で窓の隙間から、そっと町が活気付いてゆく様を眺めていた。きりりと引き締まった冷たい空気に起こされ、その清涼さに浸った後、少しでも暖を取ろうとする一連の朝課に趣を感じられる。霜柱は先日踏んだ――情人である隠し刀とぱり、さく、ざく、と子供のように音の違いを楽しんで辺り一面を蹂躙した。雪は恐らく、そう遠くないうちにお目にかかるだろう。
     諭吉にとっての冬の朝の楽しみとは、朝湯に入ることだった。寒さで目覚め、冷えた体をゆるりと温める。朝湯は生まれたてのお湯が瑞々しく、体の隅々まで染み通って活きが良い。一息つくどころか何十年も若返るかのような心地にさせてくれる。特に、隠し刀が常連である湯屋は湯だけでなく様々な心尽くしがあるため、過ごしやすい。例えば今も、半ば専用の部屋のようなものが用意され、隠し刀と諭吉は二人してだらけている。
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