親子じゃ困る「そういや今年は柄本だってな、臼井お母さん」
「柄本が言ったのは『お母さんみたい』だからな。寝ぼけて母ちゃんって呼んだ国母とは全然違う」
試験明けの部活後、クレープ屋じゅんじゅん近くの歩道にて。三年は赤点補修者がいなかったことを喜び合っていた。後輩の勉強会での様子を臼井が話していたら、国母が柄本が臼井を母親のようだと評した話を持ち出した。
臼井雄太。本人曰く一年二年時は自分のことだけ考えていた、とのことだが。現三年も先輩達も監督もそう思う人間はいないはずだと猪原は思っている。少なくとも猪原は助けられた。周囲への気配りや何やら、大人びた様子やら、臼井の雰囲気か。料理の手際の良さか。そういったものに当てられて毎年誰か一人は臼井を「お母さん」呼びする者が現れる。
「去年は佐藤だっけ」
「そうそう、そんですぐ鈴木が佐藤の頭押してた」
灰原と速瀬が思い出す。そのまま二人で謝ってきたが、臼井はそれしきのことで怒らないよと笑って許した。その後何かの弾みで鬼呼ばわりした大柴のことは「力強い握手の刑」に処していたことまで思い出した。現在は鬼軍曹が定着しているので、あの日の大柴は慧眼だったと言える。
「そういや水樹、お前が一番世話になってんのにお母さんて呼ばないよな」
国母が気づいて水樹に声をかけた。一心不乱におにぎりを食べていた水樹は、口の中のものを飲み込んで言った。
「臼井は母ではないから」
「そりゃそうなんだけども」
普段ボケボケだから言ってそうなのになって話だと灰原は言う。すると水樹はうーん、うまくいえないが、と前置きして述べた。
「臼井を母だとすると……なにか居心地が悪いというか……収まりが悪いというか。そんな感じだ」
「臼井、翻訳」
してくれ、と言いつつ速瀬が水樹の隣に視線を移すと、臼井は水樹の顔をぽかんとした顔でみていた。臼井が珍しい顔してる。みんなも臼井を見ていた。水樹はなおも続ける。
「……母ではなくて……そうだ、あれだ。およ」
「水樹ストップ」
水樹が晴れやかな顔で告げようとした言葉を、臼井は水樹の口にメロンパンを突っ込むことで遮った。むぐ、と言いながら水樹はどんどんメロンパンを食べ進める。臼井は俯けているので、正面に立っている速瀬、国母、猪原には顔色が窺えない。水樹を挟んで反対に座る灰原にも、少し離れてベンチに腰掛ける伊藤、藤友、土屋にも見えない。しかし全員が察した。
「お嫁さん」ね。はいはい、そうね。
「今なら臼井の耳赤くなってんじゃねーかな。なんとかして耳、見れんかな」
「臼井の髪触ってか? やってみろよ、水樹に投げられかねんぞ」
「その前に臼井に正拳食らわされんじゃね」
ベンチ組の呑気な会話をよそに、水樹は満足げにメロンパンを食べ終えたのだった。
「一年の頃なら何ふざけたこと言ってるんだ、でバッサリ切られてただろうな」
「……あと一ヶ月もすると、女扱いするな、って怒り出すと思うぜ」
耳打ちし合う速瀬と国母。猪原と灰原はそれぞれの恋人を脳裏に浮かべて会いたいなと思っていた。