海財 財津が引退会見を開いたその日俺が家に帰ると財津がいた。何を言っているか分からないと思うがオートロックのマンションのエントランスでぶらぶらしているまごうことなき現実は何度目を擦っても財津の形をしている。
「待ちましたよ」
「……おー」
そう言われるとまるでこちらが悪いことをしていたかのように思えてくるが、そんな約束をした事実は全くない。鍵を開け機械式のドアが開くと、俺の後ろにくっついて財津も一緒に入ってきた。まるでそれが自然で当たり前であるかのように。静かな音を立てて開くエレベーターに乗り込む。これまた当然のように財津も乗ってくる。六人くらいは余裕で運べるはずだが、ノロノロと進むように感じた。
初めて高層階に住んだことを後悔した。異様な密室の時間がやけに長かった。エレベーターのドアが開いた瞬間、俺は思わず新鮮な空気を深く吸い込んでいた。
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