監視対象・江の者③ 誰も居ない夜の実務作業部屋。静けさが恋しくなって、この俺、山姥切長義は聖夜の宴からこの部屋へと抜け出してきた。ついでだから、江の者たちの最新の観察報告も政府に提出してしまおうか。俺は実務に使うものとは別の端末を立ち上げて、編集途中の文書ファイルを開いた。
江の者の中でも、特に重要な観察対象は豊前江である。最近、新たに顕現した五月雨江・村雲江をともに『すていじのれっすん』、いわば歌舞音曲の稽古に誘って、そこからすぐにその二人も江の仲間としてまとめ上げていたようだ。そのような情報を踏まえると、やはり豊前江のその求心力には目を瞠るものがあると思う。
その豊前江は今、同じ江の男士である松井江に想いを寄せている。その恋慕の情は、きっと豊前江と本丸を繋ぎ止める鎖になるだろう。そう考えて、俺はその恋が少しでも長く保つよう立ち回っている。
観察報告書に江の者たちの近況を書き足して、俺はその文書を政府に提出した。その動作を終えるのと同じくらいに、部屋の戸が静かに開いた。
「あっ、いた」
開いた戸の間から、松井が顔を出してくる。俺は端末の電源をさっと落として、鍵つきの引き出しに仕舞い込んだ。
「松井か。どうした?」
豊前へのプレゼントでもここに忘れたのだろうか、と思っていたら豊前もニュッとこちらを覗き込んできた。
「ほら、まつ。渡そうぜ」
「う、うん……」
少しもじもじとしながら、松井は綺麗な包装をされた箱を俺に差し出した。
「これ……くりすます、だから……山姥切に渡したくて。豊前と僕で選んだのだけど……」
受け取った箱はやや重い。何が入っているのだろう。
「ここで開けても?」
「おう!」
笑顔の豊前を見てから、松井へ視線を移す。松井も首を縦に振ったのを確認してから、俺は箱の包装を解きはじめた。
「これ、は……!」
リボンと包装紙の下から出てきた箱を見た瞬間、俺は思わず感嘆の声を上げてしまった。箱には以前から気になっていたコーヒーメーカーの画像が印刷されている。箱を開けてみると、組立前ではあるが、きちんと画像と同じものが入っていた。
「でもこれ……高かったんじゃないか……!?」
俺は松井の顔を窺い見た。松井は財布の紐が固く、くじや福引に釣られがちな豊前はその度に浪費を咎められている。その松井から、豊前と合同とはいえ、そこそこな額の品を贈られるとは露ほども思っていなかった。
「ほら、その……山姥切には、いつも世話になっているし……友として、このくらいはね」
「俺とまつの話、色々と聞いてくれるもんな!」
胸にチリッとした痛みが走る。明確に二人を欺いているわけではないが、二人の話を聞くのは、任務として江の者の動向を監視・観察しているからだ。この任務がなければ、二人と純粋な友好関係が築けたのだろうか。二人と交流しているうちに、たまにそんなことを考えるようになってしまった。
「……ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
二人には今度、これで淹れたコーヒーでも振る舞ってやろう。もちろんそれとは別に、何かしら返礼を考えないといけないな。
「しかし、お互いに渡すプレゼントとは別に俺用のも選ぶなんて、本当に大変だったんじゃないか?」
俺がそう言った瞬間、二人は顔を見合わせてしまう。
「あっ」
「やっべ」
どうした?
「……ごめん、まつ。まつに渡すやつのことはすっかり忘れてた……」
「豊前、僕も……すまない……」
……それでいいのか? 二人とも。
「……山姥切。こういうときってどうすりゃいいと思う?」
俺に聞かれても知らないよ、……と、突き放してもいいところだが。良き友からプレゼントを貰った以上、こちらも良き友として進言してやるのが筋というものだろう。
「別に、プレゼントとは物質的なものである必要はないだろう。世の中には体験型のギフトというものもあることだし」
「……うん?」
ピンときていない様子の豊前。松井も小首を傾げている。
「山姥切、その……体験型のぎふとというのは、」
「そうだなぁ、例えば……」
俺は二人の目をじっと見つめて、言葉を更に続けた。
「二人きりで食事とか、俺はいいと思うんだけど」
パッと華やぐ豊前の表情と、耳まで赤くなる松井の顔。松井は案外表情豊かなんだよな、と思いながら俺はその反応を見ていた。
「それだよ、それ! さすが山姥切!」
いや、これ本来は豊前か松井のどちらかが自力で思いついてないといけないやつだからな。まあ今そんなことを言うのは野暮なので、心の中に留めておくけれど。
「まつ! そういうわけで、いつにする?」
「えっ……えーと……、どうしよう……心の、準備が……」
突然のデートの提案は刺激が強すぎたのか、松井は鼻血を出してしまっていた。その鼻血を豊前がちり紙で押さえている様子を見ながら、俺はもうひと押しさせてもらった。
「日取りが決まったら教えてくれ。休暇の申請は俺がやっておく」
良き友として退路は塞がせてもらったよ、松井。目の前では、豊前が歓喜の声をあげている。こういう騒がしさはそんなに悪くないかもしれないな、と二人を眺めながらぼんやりと思ってしまった。