Merry Unbirthday彼女は、時々サプライズを仕掛けてくる人だった。
例えば、あきの25日。
一般的にホワイトデーと呼ばれる日であるそれは、バレンタインでクッキーを貰った者がお返しのクッキーを贈る日。
だから、バレンタインに街中の住民にクッキーを贈ったアリスは、本来プレゼントを貰う側なのだ。
「はい、リュカさん。プレゼントです!」
アリスは屈託の無い笑みとともに、リュカへ手のひらサイズの包みを差し出す。可愛らしいリボンでラッピングされた包み袋は、優しい色合いだ。包装のセンスから彼女らしさを滲ませる。
(これは、驚いたな)
アリスからプレゼントを貰って嬉しい、とは思う。――嬉しいとは思うが、リュカはどうしても戸惑ってしまった。
「なぁ、今日はホワイトデー、だよな?」
慌てて日付を確認するが、今日は間違いなくあきの25日。12日ではない。
であれば、いつも忙殺されそうな程に忙しい彼女が起こした珍しいミスか?そうリュカが疑うと、アリスは柔らかく微笑んだ。
「ふふ、知ってますよ」
その笑みと態度から、日付を間違えたようには見えず。
「サプライズもいいかな、と思いまして」
どうです、吃驚しましたか?と、どことなくそわそわしながら聞いてくる。
そんなアリスが、妙に可愛らしかったから。
「ふーん……。まぁ、ちょっと面白かったかもな」
なんて、少し意地悪な回答をしてしまった。
本当は、ちょっとどころじゃなくてかなり驚いたし嬉しかったのに。
でも。
「面白いと言ってくれたなら、良かったで
す」
アリスはそんな捻くれた答えすらも受け入れて、ただ笑ってくれたのだ。
***
そして、今日ははるの19日。
その日は花まつりの日。恋人同士がデートを楽しむのにうってつけの日だ。
(ま、オレには関係ないけど)
恋人なんて産まれてから一度もいたことのない者にとって、なんら平時と変わらない日、だったのに。
しかし今日は違った。
なんと、アリスはブーケを持ってリュカの前に現れたのだ。
「リュカさん!どうか、受け取ってください!」
はい、と色とりどりの花を差し出すアリスはどことなく楽しげだ。
リュカは口を開けたまま、そのまま花束を受け取ってしまった。
カラフルで瑞々しい花は、きっとアリスがこの日のために育てたものなのだろう。大きく質の良い、綺麗な花が目を楽しませてくれる。
そんな花の美しさに一瞬だけ目を奪われるが、騙されてはいけないとばかりにリュカは声を上げた。
「なぁアンタ、花まつりってどんなイベントか知ってるのか?」
「えぇ、知ってますよ」
恋人同士で花を渡すんですよね?アリスはそう返した。
花まつりの意味を知ってるなら、わざわざ今日に花を贈るなんてしなくたって。リュカは狼狽えた。
「オレとアンタ、まだ恋人じゃないはずだが」
「そうですね」
アリスはあっさりと頷くが、慌ててブーケを返そうとするリュカをやんわりと押し返した。
「ねぇ、リュカさん。この花、知ってますか?」
リュカが抱えた花束の中心、メインとなった花をちょん、と指さしながらアリスは聞いた。
可愛らしいラッピングに包まれた花。その花の名は、リュカも知っているものだった。
「ランプ草……」
「はい、ランプ草です。結構綺麗に咲いたんですよ!」
ランプ草はかなり育てるのが難しい花だったはずなのに。そんな苦労など微塵も滲ませずに、アリスは笑顔を浮かべる。
「ランプ草の効果、知ってますか?」
「あ、あぁ」
そうだ。ランプ草は、安眠を促す。
「リュカさん、最近目に隈がありましたから。最近特に眠れてないですか?」
心配そうなアリスの言葉に、リュカはどきりとした。
心当たりはある。
最近、寝床につくとアリスのことばかり浮かぶから。
「ま、まぁな」
元凶に言われるとは。なんとなくばつが悪くなったリュカがつっけんどんな回答をしたが、アリスは意に介さないと言わんばかりににこりと笑った。
「そうですよね。なので、前からランプ草をリュカさんに渡そうと思ってたのですが。それならば今日、花束にして渡したら、リュカさん驚いてくれるかと思いまして」
サプライズです、どうですか?とアリスはリュカを見上げる。
なるほど、サプライズか。ならば仕方ない、仕方ないのだ。
「な、なるほどな。……まぁ、確かに驚いたよ」
その上目遣いは反則だ、と思いながら、リュカは赤く染まっていそうな頬を隠すためにブーケへ顔を埋める。
柔らかく心地の良い香りと温かさが、リュカの肺と心を満たしたのだった。
***
その日は何の変哲もない日だったけど、はっきりと覚えている。
その日、アリスはいつもの通り仕事が一区切りついたから食堂に向かった。そして扉を開けた時、彼が先にテーブルに着いていた。
その時に知ったのだ、彼はサプライズを好んでいることを。
「だぁぁっ!インスピレーションが降りてこねぇ……」
最近パルモから頼りにされるようになり、仕事を任されるようになってきたリュカは、食堂で呻いていた。
閃きとは時間でくるものではない。だから、と彼が欲したのが、サプライズ。
「何かこう、ビビッとくる刺激が……サプライズが欲しい」
その言葉で、アリスは衝撃を受けたのだ。
そうか、リュカはサプライズが欲しいのか、と。
(私は、あまり世間を知らない)
記憶を失ったアリスは、時折常識の抜けた行動を行ってしまう。知らないからこそ、セオリーから外れてしまうのだ。
(どんなに気を付けても、知らないことで迷惑をかけたことがある)
どこまで知ればいいのかも分からず、手当たり次第に書物を読んだら古い習慣で周囲と異なる行動をしたこともある。知らないことで、肝心の仕事でトラブルを生んだこともある。
そんな自分を恥じて、悩むこともあったのだが。
(それが、リュカさんの役に立つかもしれない)
常識の檻がないからこそ。アリスの発想は、時折周囲に驚きをもたらす。
それをサプライズと呼び、彼が望むのであれば。
(私は、彼に捧げたい)
負い目を持っていた彼女の行動が、「リュカのためである」という大義名分を得た。
彼はきっと気付いていないけど。その言葉に、アリスは救われた気持ちになったのだ。
だから、アリスは今日も彼に贈りたい。
彼が最も喜ぶ、プレゼントを。