☆チェがバブ!少女漫画!
「……モクマさん」
「んー?」
「あの、さっきのはなんだったんですか…?」
「え? なにが? おじさんなにか変なこと言ってた…!?」
「……」
ヴィンウェイでの騒動が終わって、満身創痍のチェズレイの療養のため、モクマの母親の住む南の島へ飛んで。
ゆっくり傷を癒したあと、ついに数十年ぶりの再会を果たした母親に、モクマは頭を下げて感謝と共に語ったのだった。「幸福と出会えたのは、この命あってのこと」と――。
で、その帰り道。詐欺師は頭を悩ませていた。
モクマはどうやら――幸福と出会った、らしい。
幸福。というのは、まさか……、
(……いや、彼はひととの繋がりを大事にする人だから、そういう絆が宝物とか幸せとか、きっとそういうことなのだろう。ほら、いかにもボスなら言いそうですし、この人もなんだかんだ光属性ですし……それらのかけがえのない絆に出会えたことは産んでもらったからこそ……と)
頭に浮かんだ『もしかして』を打ち払って、やっとそれっぽい推論に辿り着く、けれど――、
「あ、もしかして『幸福』のこと?」
……結論が出たところで蒸し返されてしまった。
「ああ、いえ、別に、もう解りましたから――」
言いながら首を振る。だけどモクマは、みなまで言う前に声を重ねて、
「さすがにおふくろ相手でもちょっと照れちゃうよねえ。お前さんと会えたのが幸せだ……、なあんて、口に出して言うのはさ~」
「は」
……打ち消したはずの『もしかして』を、悪びれなく口にしてきた。
――は。
チェズレイの目がまん丸になるのもお構いなし、さらに言葉は続く。
「でもさ、おじさん的にはさ、チェズレイ、これまでさ、おじさんが何言ってもな~んか暖簾に腕押しって感じだったからさあ、ちゃんと言わんといかんなって思って、旅立ってからは頑張ってたつもりだったんだけど、でも結局全然伝わってなかったじゃない? たしかに昔の行いが悪かったのは事実だし、過去は消せんけど……、
――でも、だからこそ『これから』を変えたいと思ってさ。思ったことは素直に言うよ。
……信じちゃくれんか、チェズレイ」
低い、優しい声で名を呼びながら、まっすぐ目を見つめられて。
ひ。じり、と後ずさるけど、たちまち一歩詰められる。
「俺はお前にさ、水の盃交わしながら、その情を自分の幸福のために使えって言ったよね。それでお前は、俺と同じ道を行くことを、あんな無茶をするくらい、幸せだと見定めてくれたんだよね?
俺も同じだ、チェズレイ。お前さんと出会えたことが、俺の人生の一番の幸福だ。そんで、これからもずーっと一緒にいられるときちゃあ……、幸せすぎて、どうにかなりそうだよ」
「……」
「……っちゅうワケで。大仕事はこれでおしまい! 身体は大丈夫? しんどくなかったらこの先にオススメの店があるっておふくろが……」
言いたいことを好き勝手言い放って、すっかりすっきり満足したらしいモクマがニコニコ明るい声を出して……、
「……? どったの、チェズレイ?」
それから、黙りこくったままのこちらを見て、不思議そうに首を捻った。
いや。
いや。
いや。
「…………っっ、なん、でも、ありません」
「?? ならいいけども……」
ああ、いぶかしげな視線がつきささる。すうはあ、吸って、吐いて、呼吸を整える。
「……久々の外出でしたし、人様の家にお邪魔するなど殆ど初めのことでしたから少し気疲れしましたね。申し訳ありませんが食事は後日でも?」
「え、あ、そうだよね。ごめん、配慮が足りんかった」
「いえ、あなたは悪くありませんので……」
「でも、なんか顔色が……、しんどいならおぶろうか?」
「結構です。一人で帰れます……」
やめてほしい。そんな、心配しているような、実際しているのだろう、気遣わしげな声を掛けないで。だって本当に、そんなのでは、ないから。
まじまじ覗き込まれては、……こまるから。
やさしい声を無理やり振り払って、一歩、二歩、早足で歩き出す。慌てて追いかけてくる相棒の足音を聴きながら、チェズレイの頭の中はぐるぐると高速で回転していた。
おかしい。
おかしいのだ。
真摯に見つめてくる視線。低く、やさしい声。こちらが壁を作って受け入れていなかったのに、非を認めて歩み寄り、さらには共に在ることを『幸福』であると、実母にすら宣言してみせる。
誰よりも強くて、したたかで、見えぬ腹の底に波打つような情を抱え、いちばんしんどい時に、不義理を果たした自分の前に現れて赦しをくれた、相棒の、姿が――、
あの一件が終わって、故郷を発って、ようやっと落ち着いてから、
(なんで、あんなに、キラキラして見えるんですか……!?)
かつて知的犯罪の申し子と呼ばれ、誰も敵わぬ賢い頭脳と大層な夢を現実とする行動力をあわせ持った美貌のおとこは、ここ最近、ずっとずっと混乱していた。
まともに顔が見られない。声を聴くだけでなんだか変な気持ちになってしまう。こんなの初めてだった。病気なんじゃないだろうか。しかも今日、ただでさえそんな状態だったのに、あんな、お前が俺の幸福だとか、そんなこと、言われて……!
「チェズレ~イ? ねえ、やっぱ、最近ちょっとお前さんヘンじゃない? 特にさっきから……、もしかして傷痛むんじゃ……」
「違います! 追いつかないでください!!」
「そ、そんなあ……」
ああ。頼むから追いつかないで。
(こんな顔、見られたらまたなにを言われるか……!!)
それが比喩じゃない、ほんとうの恋という名前の感情だということを、頬を染めて形容しがたい表情をするチェズレイは、まだ知らない。