光と闇おはようございます。
今日も良いお天気です。
緑の葉に反射する光が眩しい季節になりました。
ここはトーキョー。
ニッポンの中心だそうです。
高層ビルが立ち並び、その間を縫うように電車が走ってゆきます。人々が忙しそうに行き交うコンクリートとアスファルトで出来た街。でも最近はリョクカ?が大事とかで、あちこちに緑が溢れてて嬉しいです。
僕のパーソナルカラーが緑だから。
僕は光の精霊。
前任のトシノリさんから最近この街の担当を引き継ぎました。ニッポンの中心都市のお昼という大事な役割なので力が入ります。
僕はこの街に朝を連れて来て、そして辺り一帯を照らすお役目をいただきました。
新聞屋さんのヘルメット、
ジョギングする人のサングラス、
煙を吐き出し始める煙突の梯子、
満員電車のミラー、
サラリーマンの腕時計、
先を急ぐ自転車の車輪、
眠たそうな猫の瞳。
そういうものたちを照らしているのが僕で、今日もいってらっしゃいって背中を押すのが僕のお仕事です。
前任のトシノリさんの光はとてもとても明るくて、この街を力強く照らしていました。僕にはまだそこまでの力は無くて、今年は曇る日が多くなってしまいそう。
でも「少年の光はとても優しいね。みんなを温かく包んで幸せにすることが出来る光だよ」ってトシノリさんが褒めてくれたから、僕は僕なりの光でみんなを照らしていこうと思っています。
今日は気持ちの良い快晴にすることが出来てとても良い一日だった。橋の欄干の上に座り傾いていく太陽を眺めながら、重たくなっていく瞼をこする。
あちらこちらに夜の気配が漂い始める瞬間が好きだ。欠伸が止まらないけど、必死に目を開けておく。
だって少ししか会えないから。
夕陽が沈むまでの僅かな時間と、夜明け前しか。
でもどんなに頑張っても僕の瞼は徐々に伏せられていく。夜の気配を纏った冷たい風に頬をくすぐられ、僕の身体はゆっくりと川のほうへと倒れていった。
ああ、落ちちゃうな。
そう思った時、僕の身体を誰かが優しく後ろから包んだ。誰かなんて言っても、ひとりしかいないんだけど。
「ショータさ、ん」
「こんばんは」
肩に頭を預けて、ほとんど開かない目を辛うじてその人に向ける。夜の闇そのものの真っ黒い瞳が、僕を柔らかく見返していた。
「今日は調子が良かったようだな」
「はい、ショータさんが、アドバイス、くれ、た、から」
「大したことは言ってないよ。上手くいったなら、それはイズクの力だろう」
そう言って頭を撫でてくれる右手が僕は好きだった。ひんやりとしていて心地良い大きな手の平。
ショータさんは僕よりずっと前からここの夜を担当している闇の精霊だ。新しく昼の担当になった僕に色々良くしてくれる。
短い時間しかお喋りできないけど、その僅かな時間で僕の悩みを聞いてくれたり助言をしてくれた。
ショータさんの夜は深い。
深くて広くて、優しく包み込んでくれる。だから僕が眠る時も怖くない。ショータさんの腕の中でゆっくりと夜に落ちていく。
「トシノリさん、とも、こうして、夜を、過ごした、んです、か?」
頭を撫でられて意識がふわふわする。
とろんとした目で見上げると、何故かショータさんの眉間に皺が寄っていた。
「あの人の光は強すぎるから、近寄れなかった」
……それに近寄りたくなかった。
なんてボソリと言われた。
そっちのほうが本音っぽい。
確かにトシノリさんとショータさんは、その、そんなに気が合わないかもしれない。
「じゃあ、これは、僕の、特権でふか?」
呂律も回らなくなってしまった。
もうそろそろおしまいの時間だ。
僕のお腹に回された腕にそっと手を添えると、後ろで微かに笑う気配がした。
「そうだよ。そろそろおやすみ。夜がやってくる、」
「おや、ふみな、はい、また、あした」
「また明日」
髪を撫でていたショータさんの手の平が降りてきて、僕の両の目を塞ぐ。
ああ、勿体ないな。
まだ一緒にいたいな。
でも、ショータさんの腕の中で闇に包まれていく感覚は嫌いじゃない。
ただひたすら真っ暗なのに、あったかい気がするから。
腕の中で眠ったまだ若い光の頬を撫でる。
安心しきった寝顔についつい苦笑も洩れるというものだ。
こちらが本気を出したら本当に闇に呑まれてしまうんだぞ。分かってないだろう、おまえ。
初めてイズクに会った時。
優しく輝く翠の瞳をもっと見ていたいと思ってしまった。
俺が見る時はいつも、とろんと潤んだ柔らかい光だが、明るい太陽の下で輝いたらどんなにか美しいだろう。想像しか出来ないそれに恋焦がれるしかないが。
それでも夜毎この腕の中に閉じ込められるだけで満たされていた。
知ってるか。
おまえのように安心して眠る夜を迎える人間ばかりではないことを。
悪夢に魘される者、不安で眠れない者、悪事を働こうと眠らない者。騙す者、騙される者。
闇は全てを平等に包み込み、また覆い隠す。
おまえには、知る由もないか。
知らないままで良い。
知らないままでずっと、この腕の中で眠れば良い。
意識が浮上し始める。
朝の気配がする。
身体がポカポカあったかい。
いつもより体温が高い気がする。
ああ、またショータさんとお別れの時なんだと涙が浮かぶ。それを拭う指先にほんの僅か目を開ければ、ショータさんが眩しそうに笑っていたから慌てて目を閉じた。
「こら、きちんと務めを果たせ」
「や、やです。ショータさんが消えちゃう」
「今日は夏至だぞ。一番大事な日だ」
「夏至……?」
うっすら目を開けるとショータさんの瞳に緑色の光がキラキラと反射していて、思わず目を伏せてその身体に抱き着いた。
夜の気配が薄くなっていくと心細くなる。
「あの人から聞いてないのか?全く……適当だな……」
頭上から降ってきた溜め息と苦笑。
もっとこの声を聞いていたい。
抱き締め返してくれる腕の力が弱まっている。
「今日は昼が一番長い日。最もおまえが輝く日だよ。だからイズク、しっかり目を開いて、俺を照らせ」
「でも、」
そしたらショータさんが消えちゃう。
「また夜になれば会えるだろ。イズク、一番美しい輝きを最初に俺に見せてくれ」
頬を包まれて、額同士がコツンとぶつかった。
夏至。
昼が一番長い日。
僕が一番輝く日。
ショータさんとまだ一緒にいたいと思うのに、僕は目を開けたくて仕方無くなる。
早くこの街を照らしたいってうずうずしてる。
ショータさんに僕を見てもらいたいって胸が騒ぐ。
ゆっくり、ゆっくりと瞼を上げれば、僕の光に溶けて消えてゆくショータさんが「綺麗だ」って目の下を親指の腹で撫でてくれる。
もしかして僕また泣いてたかなって思ったけどショータさんの指先はもう見えなくなっていて、空との輪郭があっという間に曖昧になって消えてしまった。
空から夜が消え、だんだん青へと変わっていくひととき。
一日の始まりは、いつも切ない。
けど僕は今日も街を明るく照らす。
また夜に僕を眠りへと誘ってくれるあの人が来るまで。
「お務めご苦労様」
「ショ、…ぅタさん、もう、ねむたい、」
「長い一日だったな、ゆっくりお休み」
夏至の一日が無事に終わった。
今日からまただんだん日が短くなってゆくらしい。
ショータさんの腕の中で眠れる時間が少しずつ増えていくんだ。
「ど、して、僕は夜でも消えない、のに、ショータさんは、消えちゃう、の、もっと、一緒にいたい、のに、もっと、おはな、し」
輪郭を取り戻した夜が僕に触れる。
火照った頬には気持ちが良い低い体温。
うつらうつらしてしまう僕に追い討ちをかけるようにショータさんの声は低く優しく響く。
「もうすぐ蝕がある、その時にな、」
「しょく……?」
「ゆっくり話せるさ」
気の早い一番星が西の空に輝き始める。
もう時間が無い。
しょくってなに?
どうしてゆっくり話せるの?
それは何日後?
昼なの?
夜なの?
暗いの?
明るいの?
聞きたいことはたくさんあるのに。
「怖がらせないと良いが」
「こわ、い?」
「俺の目が赤くなる」
驚いて目を瞪ったらショータさんが眩しそうに額に手を翳したから、僕は慌てて目の前の胸に顔を埋ずめる。
僕の肩に置かれた手が一瞬躊躇したように感じたから、背中に回した腕に力をこめた。
「こわく、ないです、きっと……とても、きれい、……」
その日がとても楽しみです。
ぐりぐりってその身体に額を擦り付けたらもう瞼は重くなる一方でとうとう上の瞼と下の瞼がくっついてしまった。
遠くなっていく意識の中確かに、ありがとうという言葉が聞こえた気がする。
しょくのひ、楽しみにしてます。
たくさん話したいことはあるけれど、
僕の気持ちをあなたに伝えても良いですか。
例えそれで僕が
闇に呑まれることになったとしても。
それでも良いって思えるくらい
あなたが、
すき。