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    akiajisigh

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    akiajisigh

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    ※ 1/21『いろキミ2』展示作品
    イベントまでに書けたところまで。続きは後編をご覧ください。

    内容はタイトル通り。
    付き合い始めの次男が猫?になりたくて兄弟巻き込んでわちゃわちゃします。
    故に猫化次男のキャラ崩壊注意。無口次男。

    #BL松
    #いろキミ
    you
    #左右不定
    indefinite

    猫になりたい次男の話・前編「猫系男子ぃ?」
    「そ、今流行ってるらしいよー」
     何事も無いいつもの昼下がり、いつもの居間で。いつもの様にナイスガイたるオレをさらなる高みへ導くべく鏡の中のオレと対話をしていると、その鏡の向こうから素っ頓狂な声が聞こえてきた。チョロ松だ。どうもトド松の見ている雑誌の話らしい。すんなり受け入れているトド松の返事に、信じられないという様子でチョロ松が続ける。
    「ケッ。意味分からん。猫耳つけて『にゃんにゃーん』なんて女の子がやるから可愛いんでしょ?ヤローがやって何が楽しいの。誰向け?」
    「うっわぁー。チョロ松兄さん、イタい。その発想がもうイッタいわー。」
    「な、なんだよ」
    「そういう意味じゃないんだよ、別にそういう、兄さんの好きな猫系じゃないの。いい?ここ、よく読んで。猫系男子っていうのは~」
     と、ちゃぶ台の上の雑誌記事を指差しながら、トド松が読み始めた。
     曰く、猫系男子とは。

     ・マイペースで気まぐれ
     ・空気を読みそっと寄り添う優しさ
     ・喜怒哀楽が表に出ず言葉数が少ない
     ・自分の世界を大事にし、故に相手も束縛しない
     ・インドア派、中性的
     ・心を開いた相手には甘える
     などの特徴があるそうだ。

     うむ、分からん。

     そんな男の何が良いんだ?
     そもそもマイペースとか気まぐれなんて褒め言葉じゃないし、感情も愛情も声に出してこそ伝わるものじゃないか?自分の世界?インドア?ノンノン!もっと外に、オープンに!発信していこうぜボーイズ!甘えるなんてもっての外!逆に甘えたくなる包容力こそ、男らしさだろう?
     駄目だな、一つたりとも共感できない。残念だがオレには合わないようだ。なぁカラ松?
     方向性の違いを悟って鏡の中の自分に呼びかける。ミラーカラ松だけでなくチョロ松もオレと同じ意見の様で
    「訳分からん。つかこれってさ、結局女子にとって都合のいい存在って事じゃないの?」
     とつっこんでいた。続くトド松の返事も、もはやオレには関係ない事と聞き流そうと、したのだが。
    「んーまぁね。でも芸能人でも最近多いよねぇ、こういうタイプ。やっぱり女のコ自身が気まぐれでマイペースだからさ、同じような価値観の男子がモテるんじゃない?」
     聞き捨てならない言葉。モテる?同じような価値観?
     とそこで、ふと引っかかるものを感じる。まてよ。
     気まぐれ、マイペース、口数が少なく物静かで、自分の世界…

     一松じゃないか!

     なんですぐ気づかなかったんだ!
     そうだ!猫と言えば一松!アイツは猫系男子だったんだ!
     じゃあもしかして一松は今、女子にモテているのか?!
     なんてこった!

     ガタン!

     思わず鏡をふせて立ち上がる。まだ何か話していたチョロ松とトド松が驚いてこちらを見る。
    「なに急にどうしたの?」
    「カラ松兄さん?出かけるの?」
    「ああ、ちょっと…オレの真実を、探さなければ…」
    「ハイハイいってらー。」
     流石は元相棒、皆まで言わずとも察してくれたようで快く送り出してくれた。オレも相棒らしく振り向かぬまま「ああ、行ってくる」と片手を上げて返す。チョロ松は変わらぬ面白い顔でオレたち2人を見守っていた。



     さて。
     思わず家を飛び出したものの、一松がどこに出掛けているのかは分からない。おそらく用件は猫一択だろうが、まさに気まぐれな猫の様に行き先は様々、その日の気分や何かで変わるものだから予測がつかない。
     付き合い初めた翌日から毎日毎日、一松が外出する度について回ってあらゆる猫スポットとそこにいる猫の種類、訪問日時や天気などをメモしたのだが、結局パターンは見出せなかったし、いい加減にしろと怒られたのが一昨日のこと。
     その時は、なるほどオレのような完璧イケメン彼氏が四六時中となりにいればそりゃ緊張するし疲れるだろうと察して身を退いたのだが。さっきの猫系男子の特徴を一松に当てはめてみれば。つまり猫巡りは一松の世界であって、束縛を嫌うアイツについて回ったから怒られた、ということか。

     なるほど。

     分からん。

     何故だ?!だって付き合ってるんだぞ!ラヴァー!愛するもの同士、片時も離れずにいたいものなんじゃないのかオレはいたい!
     それでも叱られた後、立ち去ろうとするオレを引き留めて『ごめん、言い過ぎた。だってあんまりお前がカッコいいから!』…などという仲直りストーリーを期待していたのだがそれも無く、今日の今に至るまで四六時中どころかほとんど二人きりになれていない、これじゃ付き合う前と変わってなぁい!
     要は一松に会いたい!今すぐ!どこにいるんだ?!
    「ウェアイズいちまぁーーーつ!!!」

    「オイオイ一体どうしたってんだよカラ松、こんな往来で大声なんか出して。」
    「ん?ああチビ太か。ちょっと人を探していてな…」
    「人?ああ、一松か。」
    「なっ何故それを?!」
    「いやあンだけ大声出してたら分かるに決まってんだろ!一松なら、向こうの方に歩いてくの見たぜ。」
     おお!何という幸運!これはやはり神が2人を引き合わせている!巡り合う運命!
    「サンクスチビ太!この礼はいずれ必ず!」
    「いや礼はいいからツケ払えよ。いずれじゃなく今すぐ!」
    「すまない今は急いでいるんだ!また会おう!!」
    「あっコラ待ちやがれバーローチキショー!」
     別れを惜しみ引き留めるチビ太を振り切って走り出した。許せチビ太!男には旅立たねばならない時がある!

     そうして辿り着いた先は、商店街。確かにここには猫の好みそうな細い路地裏がたくさんある。先日メモした場所を思い出しながらそれらしい横道を探すこと数分。一本の路地の奥で数匹の猫と戯れる後ろ姿をようやく見つけた。駆け寄る足を踏み出しかけ、止まる。また猫との時間を邪魔して怒られたら…いや、違うぞ、オレは愛するラヴァーの意思を尊重できる懐の深い男だからな!
     仕方ない、ひとまずは様子を見て、タイミングのよさそうなところで偶然を装って声をかけよう。そうして物陰に身を潜めた。

     しばらく見ていたが、静かだな。

     時折何か呟いているようなのだが、間近の猫に話しかける最低限の音量で、何を言っているのかはさっぱり聞き取れない。それでもその声色が、表情が、オレたち兄弟といる時には滅多に見ない程、穏やかで優しい事は分かる。弟たちにはたまにそんな顔を見せる事もあるが、オレたち兄には…

     オレには、そんな顔、した事ない。

     …分かってる。アイツがあんな顔をするのは、アイツが守ってやらねばと思う相手だからだ。オレは逆にアイツを守り、甘やかさなければならない立場なんだから、そりゃあ見た事なくて当然なのだ。なのだが。

     羨ましいと。

     思ってしまった。

     それに。

     付き合い始めてから今日までの数日、気付かないフリをしていたのだが。2人でいて、あんなにリラックスしたアイツを見た事がない。いつもオロオロびくびく緊張していて、どちらかというと、そう、辛そうに見えるのだ。
     …オレの、せいだろうか。



    『一松、カラ松の事ぜったい好きだよねー!』
     この前の飲み会で、おそ松が突然放った言葉。それが嬉しすぎて、思わずその場で交際を申し込んでしまった。その時アイツは確かにオーケーしてくれたのだが、思い返せばそれは、オレの勢いに流されただけなんじゃないか?兄弟の飲み会の空気を壊せず、ノリに合わせただけなのでは?
     そんな疑惑が、ずっと心の隅に引っかかっていたことが。今の穏やかな後ろ姿を見ると、不安となってどんどん膨らんでくる。

     だからと言って、今さら無かった事になんてできない。もし一松にその気がなかったのだとしても、少なくとも、許容はしてくれているのだ。近づいても、話しかけても、前のような拒絶をしなくなった。嬉しそうには見えなくても、アイツにとって大事な猫スポットに連れて行ってくれた。それは、一松が、オレを自分の世界に入れてくれたからではないのか?
     例え勢いとノリの結果であっても、夢にまで見たこの状況を自分から壊す事なんて、できる訳ない。少しでも長くこの奇跡の時間を過ごしていたい。それに、その間にオレを好きになってもらえれば、結果オーライなんじゃないか?とか。都合の良い希望にすがって、ここまでズルズルきてしまった。
     それどころかさっきは、何を思った?羨ましい、甘えたい、なんて。そんな欲まで生まれて、救いようがないな。

     珍しく自嘲に沈んだ気持ちが、しかしそこで、一筋の救いの光を見つけ出した。
     さっきトド松が言っていた。猫系の女子は同じく猫系男子が好きだと。ならば猫系男子たる一松も、同じ猫系が好きなのでは?現に猫といる時の一松は、あんなにも穏やかで優しい。

     つまり…オレが猫になれば良いのでは?!

     そうだ!猫系男子になれば、一松の気持ちも分かるかもしれないし、何より一松に好きになってもらえるかもしれない!そしてゆくゆくは、あの猫たちに対する様な視線を向けられたり、あの優しい声で話しかけられたり撫でられたりなんかしちゃったりして?!
     なんて事だ!ここに来て全ての悩みのピースが1つになって一挙解決!
     オレ、もしかして…天才だな!

     そうと決まれば行動あるのみ!目の前の一松に声もかけずに去るのは、晩ご飯が唐揚げと知っていながら外食するよりも辛い事だが、これも未来の2人のハッピーライフのため!待っていてくれ一松!オレは必ず!お前の望む理想の男になってみせる!
     オレは愛しいキティに心の中で誓いと別れを告げ、回れ右して駆け出した。目指すはそう、マイホーム。



     帰宅して居間を覗けば、既にチョロ松もトド松もいなかった。無人のちゃぶ台に放り出された例の雑誌を手に取り、さっきのページを開く。読み返してみたものの、さっきトド松が言った以上の情報はなかったし、写ってる男たちも、揃いも揃って生気のない無表情。一松だって本家の猫だって、もうちょっと愛想があるし可愛いぞ。
     ええー。どうしよう。これを、オレが、するのか?
     正直ひと欠片もやる気が起きない。というか想像がつかない。結局どうしたら良いんだ?もうちょっと具体的な説明が欲しい。一日の流れとかハウツーとか無いのか?どこかにヒントは?と、同じページを何度もめくったり日にかざしたり、色々な角度から見返してみる。と。
    「…トイレから帰ってきたら挙動不審者がいるんだけど。何?何なに何なの、何やってんの?」
     背後からのトド松の呼びかけで我に返る。そうだ、コイツなら猫系男子について詳しいに違いない。というか、今オレが頼れるのはコイツしかいない。オレは立ち上がって棒立ちした弟に向き直るとその両手を取り、真剣に願いを伝えた。
    「トド松、お前を1人の男と見込んで頼みがある。」
    「なに改まって。嫌な予感しかしないんだけど。」
    「頼む!オレを…ネコにしてくれ!」
    「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー?!」



    「…ったく。要は、猫系男子になりたいって事ね?それならそう言って?!紛らわしいんだよ言い方が!いちいち!あー怖かった!もぉー怖かった!」
     とか何とか、グチグチ呟きながらドシドシと足音荒く部屋を出た頼もしき我が弟は。帰ってきた時には上着を羽織って帽子を被り肩に掛けたトートバッグへさっきの雑誌を『念のため』と放り込んだ。
    「なんだ?どこかへ出かけるのか?」
     問いかければ、きょとんとした顔で
    「決まってるでしょ。デカパンのとこだよ。」
     返ってきた。
    「え?」
    「この雑誌を買った時に会ったんだけどさ、博士、ちょうど薬の実験台を探してるんだって。それで聞いた中に、今の兄さんにピッタリの薬があったなぁって思い出して。」
    「え?!聞いてない!」
    「うん、だから今言ったよね。」
    「ええー」
    「何だったかな?理想の属性になれる薬?今電話して聞いたら猫系もバッチリだってさ。良かったねーカラ松兄さん運がいいねー。あ、お礼はいいよデカパンからの謝礼を10割もらえれば。」
    「え?!いや、でも、え?!」
    「なに?」
    「あ、いや、ほら…薬に頼るのはどうだろう?やはり男なら自分の力で手に入れてこそ…」
    「はあ?」
    「え」
    「…じゃあ兄さんに質問。」
    「え、なんだ急に?」
    「いいから答えて。質問その1。あなたの好きな人が1人で出かける所を見たら、あなたはどうしますか?」
    「声かけてついてく。」
    「…好きな人が落ち込んでたら?」
    「何としても理由を聞き出して、オレの小粋なユーモアを交えた的確なアドバイスで元気になってもらう!」
    「………………告白するなら?」
    「もちろん!真っ赤な薔薇の花束と共に世界の中心で声が枯れるまで愛を叫ぶさぁ!アーイ!ラァーブ!!ユ」
    「はいアウトースリーアウトーチェエエエンジ!コールド!完全試合!駄目!全っぜん駄目!やる気あんのかコルァ?!」
    「ええっ?!何でだ?!」
    「何で?!こっちが聞きたい何で?!兄さん猫系になりたいんだよね?!それでこの雑誌読んだんだよね?!何を学んだの何も学んで無いね?!このスッカラ脳みそ!
    …って言うのが!やる前から分かりきってたから!だからデカパンの薬に頼ろうって言ってんだよ分かったか!」
    「ううううう…」
    「はいじゃあ行くよ!せっかく端折った段階を結局踏ませやがって無駄な時間かけちゃったんだから、サクサク動く!準備して!」
    「ひどい。色々ひどい…」
    「なに?嫌ならやめる?」
    「…お願いします。」
     と、そこで。

     ピンポーン

    「あれ?お客さん?もーこの忙しい時に。ハイハイハーイ」
     傷心のオレを置いて玄関に向かったトド松が、帰ってくる時にはすっかり上機嫌で
    「いやぁまさかそっちから来てもらえるなんて、さすが博士!有能!仕事が早い!」
     「何言ってるんだ?」とオレが聞くよりも前に、トド松の後ろから返事がした。
    「ホエホエー。電話をもらってから飛んで来たダス。せっかくの貴重な実験だ…被験者を逃すわけにはいかないダスからな」
    「ヤダなぁ逃げるだなんて。こっちこそ、大事な金ヅルを逃す訳無いじゃない。」
    「え?デカパン?」
    「じゃあ博士、早速お願いしまーす!」
    「え?早くない?説明とか、心の準備…」
    「はいじゃあ腕を出すダス。大丈夫ちょっとチクっとするだけダスよー」
    「いや注射が怖いんじゃなくて薬の説め、ちょ、今オレが喋ってる聞いt…」
    「はいチクー」
    「…て?!い痛ぁああああああああぁぁぁぁぁ……っ」

     ガクリ。

    「…注射打った途端うつむいて静かになったけど、どうかな?カラ松兄さん?おーい」
    「…ゥウウウ」
    「え、何、うなり声?微妙に震えてるし怖。お、怒ってる?」

     ウウウウウ……ゥワン!!

    「え?!犬?!どこ?!」
    「…っ酷いじゃないかトド松!デカパン!いきなり注射打つなんて!怖かったからな!めっちゃ怖かった!!」
    「ホエ?!」
    「うぉ急にうるさい?!え?ちょ、どういう事?」
    「ホエェ…。おそらく、カラ松くんが本来持っている犬属性が強すぎるダス。構いたい。構われたい。主張したい。そういう猫と真逆の性質が強すぎて、猫化薬がすぐに中和されたようダスな。多分さっきの犬の鳴き声はカラ松くんの中で犬属性が競り勝った瞬間、つまり元に戻った合図ダス。」
    「ええ…うっざいな。もっと強い薬ないの」
    「大丈夫。単純に投与量を上げればいいダスよ。こいつはいくら打っても副作用ゼロの優れものダス!」
    「なるほど!じゃあ倍々で打ってくか!」
    「ええ?!ちょ…」
    「ホイ2倍ダス」
     ブス
    「ーっ!」
    「どう?!効いた?!」
     ……ゥウーっワン!
    「チッまだか。デカパン!」
    「ホエ、4倍」
    「いやだから、ちょ」
     ブスー
     …ゥワン!
    「まだ戻るの!もいっちょ!」
    「8倍!」
    「はち?!」
     ブッスー!
     ワンワンワン!
    「まだ戻っちゃうの?!どんだけ我が強いの!てか復活もだんだん速くなってない?!」
    「もしかしたら段階的に入れたせいで耐性ができてるのかもしれないダスな。」
    「なんだって?!己の優秀すぎる適応能力がこんな所で仇になるなんて…」
    「はぁあ?!カラ松兄さんの癖にそんな学習ばっか早くてどうすんの!もー面倒くさい!一気に3倍でいこう!」
    「ええ?!いやいくら安全って言っても限度があるだろいきなりそんな」
    「ホエホエ任せるダス!いい加減注射する方も疲れたダスしね!じゃあ24倍で行くダスよー!」
    「にじゅうよん?!いや注射でっか?!」
    「腕じゃ無理ダスからお尻ダスねぇ」
    「えっ?!はっ?!」
    「よしきたソイヤァ!」
     ズルン
    「トド松ぁあつ?!人のズボン脱がすとかお前そんなキャラじゃ…その上羽交締め?!待ってねぇ待ってぇえええ?!」
    「いっけぇえええええ!」
    「ホエエエエエエエエ!」
    「うわぁああああああ!」



     * * *



    「…どう?デカパン?これ行ったんじゃない?」
    「…そうダスな。元に戻る様子もないし、定着したようダス。」
    「っしゃオラぁ!あー疲れたぁ!もぉー疲れた!これデカパンのお礼だけじゃ割に合わない!後で請求するからね?聞いてる?!カラ松兄さん?!」

    「…好きにしろ。」

    「?!」
    「じゃあワスももう用無しダスな。帰らせてもらうダス~」
    「あっえ?ちょっ待っ…」
    「バハハーイ」
    「いやどんだけ懐かしい挨拶だよ!ってしまったツッコんでるうちに行っちゃった。…え。どうしよう…これ。」
     チラ、と様子を伺う先には。
     半眼で口角の下がった顔。いつもは急角度に吊り上がった太めの眉もフラットに。だるそうな背の丸まった座り方で、何をするでもなく自分の爪を見ている、青いパーカーの男。
    「いや違和感すごい。ていうか、これ完全に、間違えて青いパーカー着ちゃった一松兄さんだよね。」
    「…一松」
     トド松の独り言を拾ったカラ松が、のっそり立ち上がる。
    「え?ちょ、ちょっと、どこ行くの?!」
    「…散歩。」
    「…あ…そ。い、いってらっしゃい…」
    「ん。」
     ほとんど口を開けずに返し足音もなく出て行く後ろ姿を見送って、1人残されたトド松がポツリとこぼす。
    「…いやまんま四男じゃん。」






    * * *



     えっと…どういう事。

     路地裏で猫といたら、いつの間にか青いパーカーの男が斜め後ろに立っていた。

     怖い。

     コイツがこんなに気配を殺して近づいてくる事も珍しいし、こんなに静かにしている事も珍しい。ただ黙って腕を組み壁にもたれて、こちらを凝視してくる、その視線だけがやたらに強く背中に刺さり、ただただ怖い。何か怒らせるような事をしただろうかと思い返しても、心当たりはない。
     いや、違った。1つだけ、あった。
     あまりに毎日四六時中ついてくるもんだから先日、いい加減しつこいと追い払ったのだ。でもその時のコイツは怒るというより、叱られた犬のような…ああいう様子を見ると何だかこっちが悪いような気がしてくるんだけど…でもだって!しょうがないじゃん!
     ただでさえ。飲み会のノリだとしても都合の良すぎる展開からまさかの付き合う事になって、翌日になってもその設定は生きていて、あれ?この夢いつ覚めるのかな?って戦々恐々しているのに。あんな、さも、おれといるのが嬉しくて堪らないと言った顔で毎日毎日ついてこられては、過剰債務にも程がある。まさに夢みたいな幸福感、と、それを自覚した直後に襲いくる『今目が覚めたら死ねる』という危機感。歓喜と恐怖の情緒ジェットコースターどころかバンジージャンプみたいなもので、心臓がもたない。かと言って以前のように殴り飛ばして逃げる事もできない。もしその衝撃でこの夢が覚めてしまったら、もしくはコイツの目が覚めてしまったら…自分で幕を引いてしまったという衝撃に、これまた心臓が耐えられる気がしない。
     そんな幸せ怖い日々がズルズル続き、溜まりに溜まったストレスが爆発して結局おれは叫んでしまったのだ。いい加減にしろと。
     数日ぶりのおれの暴言の直撃を受けたアイツは数秒ぼうっとした後、慌ててサングラスをかけて『フッ…なるほどな。シャイなキティにはこのパーフェクトガイと連日のランデヴーは刺激が強過ぎたか。時には平穏な日常も必要…そういう事だな。オーケィ了解だ。ここは一旦オレが退こう。だがマイシェリー、覚えていてくれ、たとえ遠く離れていても、オレの心はいつでもお前の隣にいる。寂しくなったらいつでも呼んでおくれよ!そう…離れた時間が!お互いの愛をより強くするのさ!』
     とか何とか、最後までウインク付きの過剰サービスで今度こそおれは爆発するんじゃないかと、咄嗟に両腕を顔の前でクロスして防御してる間にアイツは踵を返し。かざした腕の隙間から見えた、珍しく肩を落とした小さな後ろ姿には、ペタンと折れた犬耳と、だらりと真下に垂れ下がった犬しっぽが、はっきりと見えた。

     確かに悪かったとは思う。でも、やっぱり怒ってはいなかった。と、思う。それにもし怒るなら、そうコイツなら、その場ですぐ喚いて来るはずなのだ。こうしてただ黙って睨んでくるというのは…いや、ホントどういう事?
     分からなすぎて思考がどうどう巡りする。いつもの分からなさならすぐツッコめるけどコレは怖すぎて逆に触れられない。どう切り出したらいいか分からない。向こうも動かない。怖い。
     そうして振り向く事すらできずに、結局気づかないフリをして、ただ上の空で猫を揉む。
     そう、猫。
     今おれは友達と触れ合い癒され時に相談をして、ぐっちゃぐちゃに振り回された情緒の回復を計っていたのだ。それなのに、突然現れた元凶。静かな癖に異様な迫力を持つコイツの視線に、気づいたのは当然おれだけではなくて。周りに集まっていた猫は一匹また一匹と去り、ついに今撫でているこの一匹のみになってしまった。
     その残った1匹も、上の空で揉んでいたせいで加減を間違えた途端、シャッという怒りの声と共にこちらの手を引っ掻いて走り去ってしまった。
    「あっ」
     思わず声が漏れ、無意識に引き止めようと上げた手が虚しく宙を掴む。その、ごく軽い引っかき傷のついたその右手を。いつ近づいたのか横からスイ、と掬われて。
    「…大丈夫か?」
    「っぅひ?!」
     聞いた事ない低い声で問われ、思わず悲鳴のような裏声が出た。
    「あ、や、え?あ、ああ、これ?いや、大したキズじゃないし、アイツも別に本気じゃないし、舐めときゃ治るよ。それより…」
     お前の方こそ大丈夫?何か怒ってるの?
     聞こうとした言葉は、出なかった。何故って相手が。おれの手の傷を睨む兄が。これまた珍しく聞き取りにくいボソボソ声で「…アイツをかばうのか」みたいな事を呟いたような気がする、その男が。
     何の前触れもなく、その傷をベロリと舐めたから。
    「?!」
     全部吹っ飛んだ。
    「…オレなら、こんな事しない。」
    「っへ?!あ?!」
     何?オレならって何?そりゃお前猫じゃないし?え?おまえ猫と張り合ってんの?
     とかのツッコミすら、その場では出なかった、かなり後で気づいた。その時その場のおれはとにかく、想定外すぎる事態に頭はまっしろ体は硬直、全身全霊でパニックフリーズ処理落ちしていた。どゆこと?マジでどうゆう事?!
     現実にはただ馬鹿みたいに口を開けて固まるおれ。そんなおれを一瞥しただけでプイと顔を背けて立ち上がった兄は、掴んだままのおれの手をぐいと引っ張り、やはり不機嫌そうな低い声で、ただひと言。
    「帰るぞ。」
     おれはもう。
    「は…ハイ。」
     とだけ答えて、手を引かれるまま付いて行くしかできなかった。



     そのまま。
     家に着くまで一切の無言。
     いや、家に着いても無言。コイツが玄関を開けて「アイムっホーム!」とか言わないのはよっぽどの事態だ。沈黙が1秒ごとに積み重なり、違和感を1つ数えるごとに、気まずさがのしかかる、足が重い。逃げ出したい。それでも右手がガッチリ掴まれてて逃げられない。
     結局そのまま子供部屋まで連行され、いよいよ何か言われるかと構えたこちらの覚悟に反して、掴まれていた手はあっさり離された。
    「へ?」
     と棒立ちするおれなど見るそぶりもなく、相手はドカリとソファに腰掛け。
     そのまま。
     時間だけが過ぎる。
     怒るでもなく、喚いて質問責めでもなく。未だ部屋の中央で所在なく棒立ちのおれに「どうした座らないのか?」のひと言も無く。
     どうしよう、どう見ても、何もしていない。ただ腕を組み、真正面の本棚を凝視する様は、何かとても深い思考に沈んでいるようでもあり、何も考えていない様でもある。こんなに動かないコイツも見た事ない。大丈夫?目開けたまま寝てない?
     ていうか。これ。
     どうしたらいいの。
     おれはどうしたらいいの。何なのこの空気、あれ、ここ自分の家だよね?この空気はまるで、そう、面接試験会場の様な…やめろ蘇っちゃダメな記憶を掘り起こすな。
     あ、お腹痛くなってきた。
     特に話す気配もなく、用もないならいいのかと、そおっと襖に向かい手をかけた瞬間
    「どこに行くんだ。」
     ええー?
    「え…いや、と、トイレ。に…」
    「…そうか。」
     いやどういう事なの?用があるの無いの?!今呼び止めたのは何なの?!
    「う、うん、じゃあ、その…い、いってきます」
    「ああ」
     この会話の間、やはりこちらを見もしない。改めて襖を開けても今度は止められず、とりあえず部屋を出て襖をしめて階段を降り、パタンと個室に閉じこもり。

     いやどういう事だよぉおおおおおおお!

     頭を抱えて心の中で盛大に叫ぶ。
     ヤバい、何も分からない。ああなった理由も分からなければアイツが今何を考えているのかも分からない。何ひとつ掴めない、怖い。もしかしておれはこれまで松野カラ松という人物を何も分かっていなかったのではないか、今まではアイツが自ら大げさなまでに主張してくれていたから分かっていた気になっていただけで。おれ自身が察したことなど何ひとつ無かったのでは?お前は何を見て来たんだ?…とか何とか。混乱したまま訳の分からない悩みの渦に沈み込み、本格的にお腹が痛い。
     どれほどそうしていたか。しかしこのままトイレを占領していたらいずれ兄弟にキレられる。頭は相変わらず混乱したままだが胃腸の中身だけはすっきりして、さあどうしようかとドアを開けると
    「ぅおあ?!」
     目の前に、立っていた。言うまでもなく青い服の。
     びっ…くりした!びっくりした!やっぱり物音どころか気配も無かった!え?!いつからいたの?!
    「え?!何?!…あ、お前もトイレ?ご、ごめんお待たせどうぞ…」
     びっくりしたし相変わらずの無表情が怖いし黙ってるしこっちはますます焦るしで、変な口調でトイレを譲る。何かおればっかり喋ってるな?!相手が喋らないと人間こんなに喋っちゃうんだな!今ならチョロ松の「せめて何か言って?!」が良く分かる。ものすごく分かる。そう思いながら逃げるように階段に向かえば、相手は何故かトイレに入らずこちらについて来る。
     えええええ?トイレ待ってたんじゃないの?じゃあ何しに来てたの?おれに用があるなら何か言えよぉお!何で何も言わずについて来るのぉ怖いよぉ!
     恐怖のあまりに速足になり階段はほぼ駆け上がり、襖を開けて体を滑り込ませスパン!と閉じる。がその直後に

     スパーン!

     襖全開。もちろん開けたのは。
    「なにもぉ?!何なんなのさっきから!何かあるなら言えよぉ!」
     流石に限界で怒鳴り散らしても。
    「…別に、用は無い。」
     だけしか返ってこなくて。そろそろ泣きそう。ヨロヨロと部屋の隅に座り込み、膝を抱えて腕の中に顔を伏せて閉じこもる。どうしよう、これは多分部屋から出ても追いかけてくる奴。怖い。誰か。誰でもいい帰ってきてくれ。っていうか、どうしてこういう時に限って誰もいないんだよ!
     と、助けを求める気持ちが八つ当たりに変わった頃。ふいに体の左側に温度を感じた。
     びくりと跳ねてからこわごわ見れば、すぐ近くに青い肩。体をぴったりとくっつけて同じように膝を抱えて座っている。相変わらず無表情だし無言だしこっちを見てもいないし、座り方も違和感凄いし。
     だけど。
     何もしない何も言わないという事は、こちらに害もない訳で。普段なら騒がしいほど動くコイツが全く動かないもんだから、ついじぃっと見てしまった。それでも、動かない。そのことに何だか安心し、そうしてよくよく観察すれば、眉をやや吊り上げた無表情や、背中を丸めて座る姿が、何だかふてくされた子供のように見えてくる。その内くっついた所からじんわりと熱が伝わって、こちらに広がってくるのが分かって。その熱が広がった所から、じわじわ緊張が解けてきて。
     何が変わった訳でもないけど何だか落ち着いたおれは、ようやく聞くことができた。

    「あの、さ。お前、やっぱり何か怒ってる、んじゃない?あの…例えばさ、この前『いい加減にしろ』って追い返した事、とか…」
    「別に。」
     即答。やはりらしくない短い答えが怖くて、何か言って欲しくて、食い下がる。
    「いや、でも…」
    「怒ってない。だってお前、後悔してただろ。」
    「えっ」
    「怒鳴った直後、お前『しまった』って顔してた。だから本心じゃないのは分かったし、別にそんな事で怒らない。」
     相変わらずの感情の読めない低い声。でも本音だ、本当に怒ってはいないんだと伝わる。何でかって、呟きながらおれの右手をまた取ったコイツは、最早キズとも言えないほど薄くなった赤い線を、繰り返し撫でさすって、きてて、それは。
     おれは。
    「あ、う…そ、そう、デスカ」
     としか言えなかった。



     脳内は大騒ぎだった。



     何それぇー?!

     何それ?!怒ってないの?!いや確かにあの時怒ったとは思わなかったけど!叱られた犬みたいって思ってたけど!それだけじゃなかったの?むしろ見られてた?見透かされてた?!んでそれを淡々と言っちゃうのは何なの?!いつもみたいにクソ顔で言ってくれたらこっちも逆切れできたのに!しかも淡々と言いながらその手!その手つきどうした?!あたかもおれの傷をいたわるみたいな優しさと繊細さにあふれたその触り方何ィ?!声出してないのに「…痛くないか?」って声が聞こえそうな!

     何これぇー!?

     未だかつて経験した事のない展開にどう反応するのが正解なのか完全に見失い、もう頭から湯気とか出そう。未だ大事そうに包まれた右手がガクガク震え始める。いや震えてるのは全身か?そろそろ発火するんじゃないか?

     と思ったその時、窓の外から声が飛び込んできた。
    「いっちまっつにーさーーん!あっそびーましょー!」
    「え?」
     おれが呟くと同時、右手を撫でていた手がピタリと止まった。変わらぬ無表情のようで心なしか険しくなった気がする、その顔で、窓を睨みつける。…だから、何か喋って。
    「あ、ああ、十四松、そうだった。そんな時間か。」
     いつもなら口に出さない独り言をわざわざ声に出して立ち上がりかけたところで、服の裾をくいと掴まれ。
    「…どこ行くんだ。」
     デジャヴ。さっきと同じ質問。
    「え?え、いや、だから、十四松と遊びに…河原?約束、してたし…」
    「…」
    「な、なに…?」
    「…別に。」
     とだけこぼして、手が離れた。
    「え、なに、気になるんだけど…」
     聞いても、もうこちらを見ない。
    「別に、何でもない。約束してたんだろ?十四松が待ってるぞ。」
     言って立ち上がり、結局おれより先に、部屋から出て行ってしまった。
    「えええ…」
     分からない、動けない。やっぱり怒ってない?何なのホントどうしたの、今ごろお前が反抗期なの?などと考えてみるものの。
    「いーっちまーつにいさぁーーん!」
     窓の下から再度の呼びかけに我に返る。まあ…行くなと言われた訳でもないし、そもそもアイツ自身がいなくなっていしまったしと、とりあえず
    「はぁーあーい!今行く!」
     返事をして玄関へ向かった。



     河原で十四松とキャッチボールを始めてすぐに、聞いてみた。
    「なあ、今日クソ松おかしくない?」
    「えー?カラ松兄さん?今日はまだ遊んでないよ!」
    「そう…」
     兄弟誰にでもあの態度なら、単に機嫌が悪いで済むのだが。おれに対してだけだったら、間違いなくおれに怒っているって事だよね。どうしよう、またお腹痛くなりそう。思いながらボールを投げたら手元が狂って。
    「あ!ごめん十四ま…つ…?」
     おれだけでなく、オーライオーライ!と言いながらボールを追って振り向いた十四松も、ピタリと止まる。
     おれと十四松の視線の先、ボールの落下地点に伸びる手。
     さっき家でおれの裾を掴んだのと同じ、青いパーカーの手が、ボールを掴んだ。
    「…え?」
    「カラ松にーさん!にーさんも遊びに来てくれたんすか?!」
     十四松が嬉しそうに呼びかけ、思わずその通りだブラザーとか何とかうるさい声と顔で答えるいつものコイツを想像したが。
    「…別に。たまたま通りかかって。」
     やっぱり、にぎったボールに目線を落としたままつぶやくだけ。
     ほら!おかしいでしょ?!と同意を求めて視線をやった先、十四松もこちらをチラリと見てから
    「じゃあ、遊べない?」
     首を傾げて尋ねる、その質問にも「別に」と返し、どっちやねんと思っていたらボールをこちらに投げ返してきた。慌てて受け取り、じゃあ改めてと十四松に投げれば

     パシ

     十四松の手より前に伸びる手。無表情に似合わない反射速度で、十四松より先にボールを掴む。いや、え?
    「…何してんの。今十四松に投げたんだけど。」
    「…別に。ボールが来たから。」
     いや、今、明らかにお前が取りに行ってたよ。思うけどやっぱり怖くてつっこめない。再び投げ返されたボールを、今度は大きく後ろに下がった十四松に向かって高く放り投げる。猛ダッシュで向かい、大ジャンプでボールに飛びつく。
     いやいやいや。ボール取って振り返った顔、無表情の中にどこか得意げな雰囲気がにじみ出てるけども。
     やっぱりおかしいよね、どうしよう?と伺った先は、パッと思いついた笑顔で
    「にーさん!さては勝負っすね!よぉーし負けないぞー!」
     何だか闘志を燃やし始めた。さっきまで素手だったはずの左手にはめたミットをパァン!と叩き「バッチコーイ!」と叫んでくる。
     仕方なく全力で遠くへ投げる。ボールに向かって同時に走り出す青と黄色。滑り込んで取ったのは、黄色。
    「よっしゃー!」
    「…」
     いやお前、だから、こういう時は「流石だなブラザー!」とかさ。そんな黙って鼻筋寄せて睨むんじゃなくてさ。もういちいちツッコむのも疲れて来たけども。
     十四松が返してきたボールをまた投げれば、またまた同時に駆け出す2人。
    何だろう、この気持ち。初めてだけど、知っている。そう、これは…アレだ。
     多頭飼いの飼い主。
     そうして何往復か、一人と2匹みたいなキャッチボール?を続けて、気づいた。
     十四松は相変わらず犬っぽいんだけど、カラ松は、ちょっと違う。ボールへの飛びつき方とか、手の出し方が、犬にしては違和感がある。むしろ…
     猫?
     そうだ、猫がボールにじゃれる動きに似ている。試しにボールを投げずに転がしてみると。やはり。
     すぐ駆け出した十四松に対して、カラ松はじっと狙いを定め、タイミングを計ってから飛び出した。その姿勢、何よりその目。一見無表情でもよく見ると見開いた目は心なしか瞳孔すら開いて見える。その姿に確信した。間違いない。

     猫だ。

     理由も経緯も何も分からないけれど、どうやらコイツは猫になっているようだ。それを踏まえて思い返してみれば、なるほど、あれは確かに怒っていなかったのかもしれない。猫は基本的に寡黙だし必要最低限の声しか出さない。むしろ、基本気ままな猫が長時間見つめてきたり、用もないのに傍にいるのは好意的な証だ。餌がもらえる訳でもないのについて来るなんて、そりゃもうよっぽど好かれてる…時…くらいで…

     ?!

     え?

     好きなの?!
     アイツおれが好きなの?!いやそう言ってたけど!
     言ってたけどアレは飲み会のノリでしょ「愛してるぜブラザー!」でしょ?!そ、そうだそうに違いない、だからつまり、おれに付いてきたんじゃなくて、きっと兄弟誰にでもついていくんだ、落ち着け、早まるな。
     跳ねあがった鼓動を必死で抑えて深呼吸。息を吐ききって落ち着いた、おれの額にペタリと暖かく柔らかい、手のひらの感触。え?
    「…大丈夫か?」
     ?!
     いつの間にか近づいていたカラ松がおれの顔を覗き込んでいた。よく見れば十四松もいる。ああ、そうか、キャッチボールしてたんだ。急に固まったおれを心配してきたんだ、そうだ。
    「にーさん疲れましたか?」
     ほら、十四松も心配そうに聞いてくる。
    「いや、ゴメン、大丈夫だから。続けようか」
     しかし答えて投げようと振りかぶった右手はパシっと取られて。
    「帰る。」
    「へ?」
     ぐい、と、引っ張られて体勢が崩れる。
    「いや、ちょ、お前…」
    「あー!大変だぁもうこんな時間!」
     おれの抗議の声は虚しくかき消され、続けて十四松が言う事には
    「じゃあにーさんたち、ぼくはこれからランニングのスケジュールがあるので!」
     なんだそりゃ。ツッコむ間もなくマイペースな弟はランニングとも思えないロケットスタートで走り去った。
    「ええ…」
     呆然とする間も与えられず、再びぐいと手を引かれ。
    「帰る。」
     繰り返す兄の顔を、思わず凝視する。
     帰るの。
     十四松には、付いていかないの?兄弟みんなに付いていくんだと思った、それなら動きの激しい十四松の方に絶対ついていくもんだと。それでなくても、もう遊びに飽きて、帰りたくなったんだとしても、それなら一人で帰ればいいのに。この手。当然と言うように固く掴んで離さないこの手は、何。おれも、一緒に帰るの?
     もしかして、もしかしなくても、兄弟じゃなくて、おれに、付いてきてるの…?

     再び浮上した期待に、また鼓動が速くなる。ごくりと唾を飲みこむ。
    「な、なんで?おれも一緒に帰るの…?」
     試しに、聞いてみると。驚いたようにこちらを見てから顔をしかめ
    「…疲れてるんだろ。帰ろう。」
     いや、おれ大丈夫って言ったし。お前の顔はとても疲れた相手を気遣ってる顔には見えないし。どちらかというと「なんでそんな事わざわざ聞くんだ分かるだろ!鈍い奴だな!」みたいな、苛立ちすら感じる。
     ええー?
     あれ?マジで?お前、本当に、本気でおれのこと…?
     いよいよ心臓がうるさく、息すら苦しく。手を引かれても動けないおれを訝しげに見たカラ松は再度、
    「…帰るぞ。」
     その言葉で、表情で、思い出した。あの路地裏でも同じ口調で呟いた、同じ顔で。『オレなら、こんな事しない』と言ったあれは、じゃあ…まさか、ヤキモチ?だったの?
     え?!
     自分の思いつきに驚いて、でも一度そう思ってしまったら、もうそうとしか思えなくなって。
     というか、今もだ。不機嫌そうに速足で家へと向かい、それでも頑なに離さない手。
    そしてさっきも。偶然みたいな事言ってたが、嘘だ。一緒に遊ぶためについてきてたんだ。そして時々十四松を睨んでいた、対抗するようにボールを取って、得意げな顔を見せていた、あれはつまり、あれも、つまり…?

     顔が熱い、心臓が痛い。手を引っ張られて小走りしてるから、じゃあ、説明しきれないほどに。だって、
     だってさ。
     そんなん…そんなん…

     めちゃめちゃ可愛い!

     どうしよう?!カラ松が!可愛い!!
     カラ松が可愛いの猫が可愛いのどっちも可愛いの?
     それが融合したらこんな破壊力になるのぉお?!

     本日2度目の、2人での帰宅。1回目と同じくひと言も言葉を交わさない、沈黙の帰宅だったのだが。おれの心中は全く逆の感情で、ガクガクと震えていたのだった。



     家について、また子供部屋に入って。今度はおれが先にソファに座って、カラ松に向かって。それでも最初の一声は勇気がいった。自分の真横をポン、と叩き。
    「あ、の…ここ、座る?」
     ピン!と。
     耳と尻尾が立った音が聞こえた気がした。いや、音どころかコイツに尻尾も猫耳も無いんだけど。見えた気がした。
     それでもすぐには動かない。何でもない風に、目をそらしつつゆっくりした動作でこちらに歩み寄り、そっぽを向いたまま乱暴に座って、こちらの肩に肩がぶつかる。
     いつもなら「痛ぇなこのガサツ松!」くらいは思うところだが。猫である。猫だと思うだけで、可愛い。だってさ、これってさ、くっついて座りたかったんだよね、でもいかにも大好きー!ってすり寄ってくるのはできなかったんだよねぇそれで向こう向いたまま乱暴に座るからぶつかっちゃったんだよねぇえあああああああかぁんわいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!



     ・・・



     うん。



     そうだね。

     最高じゃん。

     何これ。カラ松で猫。最強の生き物ここに誕生。
     神さま。
     何これ。
     おれは何をしてこんな幸運を手に入れたの?もしくは明日死ぬの?いいよもう明日死んでもいい。これが夢でもいい。むしろそれならば余計に、この時間をめいっぱい堪能しつくしてやるよぉ!
     そうして覚悟を決めて、震える手を伸ばして、その頭に、そうっと触れてみた。相変わらずこちらは見ない、ただ軽く目を細める。そしてわずかに、本当にごくわずかに、こっちに頭を傾けて、撫でる手に合わせてきた。
    ぅあああああ可愛いいいいいいい。

     数時間前の恐怖が嘘のように。
     それからおれは、この最強の生き物を全力で愛で続けたのだった。


    (後編に続く)
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    akiajisigh

    PROGRESSこちら、鋭意製作中に付き途中まで。
    ひょんなことから知った『温め鳥』というワードに滾って勢いで書き始めた、
    鷹次男と雀四男の話

    *今後の展開で死ネタが入ります。
    *作者が強火のハピエン厨なのでご都合無理やりトンデモ展開でハピエンに持ち込みます
    いずれにしろまだ冒頭…完成時期も未定。
    それでも良ければご覧くださいm(_ _)m

    17:00追記。やっと温め鳥スタイルに漕ぎ着けた。
    温め鳥と諦め雀もう駄目だ。

    自分では来た事もない高い空の上。耳元には凍えるほど冷たい風がびゅうびゅうと吹きつける。所々の羽が逆立って気持ち悪いが、それを嘴で直す事もできない。何故ならおれは今、自分の脚より太い枝のような物で体中をがんじがらめにされている。背中に三本と腹側に一本、絡みついたそれに抑えつけられ、右の翼が変な形で伸びている。もう一本に挟まれた尾羽が抜けそうで尻もピリピリ痛む。さらに首を右側から一本、左から一本ガッチリ挟まれて身動きを完全に封じられ、最後の一本は茶色い頭にかかっている、その『枝』の先についた鋭利な爪が目の端にキラリと光り、思わず生唾を飲み込んだ。飲み込んだだけ、他は全く動けない。抵抗などできるはずもない。早々に諦めて斜めに傾いだ首のまま、見た事もないほど小さな景色が右から左に流れていくのを見送りながら、頭の中では自分のこれまでを見送り始めた。
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    akiajisigh

    DONE※ 1/21『いろキミ2』展示作品の後編
    イベントまでに書けなかった部分です。前編は前作をご覧ください。
    ようやく仕上がりました!お待たせしました!
    ※ドラマCDネタあります。

    内容はタイトル通り。
    付き合い始めの次男が猫?になりたくて兄弟巻き込んでわちゃわちゃします。
    故に猫化次男のキャラ崩壊注意。無口次男。
    猫になりたい次男の話・後編 * * *



     一松がカラ松の猫化を悟り、猫として愛で始めてから、3日め。
     昼食後の居間には、おそ松とトド松がいた。
     つけっ放しのテレビを眺めていたおそ松がチラリと視線をやった先、トド松はスマホ画面に視線を落として唸っている。
    「どうしたのトド松、さっきからウンウン言って、なんか悩み事?」
    「うーん。いやね、実はカラ松兄さんの事なんだけど…」
    「あー、アイツ最近変だよね。一松もだけど。今も2階に2人きりってのが珍しいし。」
    「うん、まあ、とりあえずカラ松兄さんのアレはデカパンの薬が原因なんだけどね。」
    「知ってんの?!」
    「だってボクが博士に打たせたから。」
    「張本人なの?!え?!それずっと黙ってたの?!」
    「人聞き悪いなぁ。ボクはカラ松兄さんに頼まれたの、協力した結果だよ。」
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