ふいうち(星空) 狡噛はハプニングを好むところのある男だった。たとえばレンタカーが動かなくなった時、レンタルしたAIにバグを発見した時なんかにそれは発揮される。それから彼はサバイバル技術にも長けた男で、学生時代には全時代的なキャンプもした。火を起こすところからは流石に始めなかったが、それに近いことはした。杭を打ったり、湖の水を汲んだり。それでも一番俺が予見できなかったのは彼が密かに持ち込んだ酒で酔っ払ってしたキスだった。あれは俺にとって初めてのキスで、彼はそうじゃないかもしれないが俺にとっては衝撃的なことで、へらへらと笑うでもなく、真剣な表情で、今まで親友だった男が恋人に変わる瞬間を見てしまって、俺は混乱したのだった。ふいうちのキス。あれから俺たちの全てが始まったのだ。
「対象を確保。すぐ帰投する」
ロシアンマフィアの下っ端の運び屋を捕まえて、デバイスに向かって、正しくは花城に向かって報告する。すると彼女は了解を返信をして、俺は暴れる彼の首を軽く突いて意識を失わせ、狡噛がその隙に手錠をかけた。今日は簡単な仕事だった。最近流行ってる誘拐事件の運び屋を捕まえればそれでおしまい、あとは公安局に引き継がれる。
「日が明るいうちに終わったな。何か急ぐことでもあったか?」
行動課の車に乗り込んで狡噛が言う。ちなみに、くだんのロシアンマフィアは後部座席で眠っている。
「いや、別に……。早い方がいいだろう、終わらせるには」
狡噛にそう言うと、彼は笑って小首をかしげた。答えを知ってるって顔だ。それに実際知ってるんだろう。言わないだけで。
「当ててやろうか? 今日は俺たちが初めて……」
「それ以上言ったら爪を剥がしてやる」
後部座席の男とどっちが捕虜の扱いか分からない言いようをして、俺たちは海外調整局のビルに進む。実を言うと、今日が初めて狡噛とキスをした日だった。いや、それは正確じゃないな、俺たちが正式に付き合おうって、満点の星空の下で、狡噛が言ってくれたそんな日だった。だから彼も浮かれているし、俺もまぁ浮かれている。
「せっかくの日だから、たっぷりご馳走してやるさ」
狡噛が腕を組む。そのご馳走が何かは知らないが、俺にとってふいうちであることは確かだった。彼はサプライズが上手い。起こると知っていても驚かせるところがある。
「期待してるよ、狡噛」
俺はそう言いながら車を走らせる。過去の星空を思い出しながら、まだ純粋だったキスを思い出しながら。