休みの日「魈」
「はい。いかがされ……」
魈は驚いてしまった。もうとっくに太陽はてっぺんを通り過ぎているというのに、呼ばれた先で鍾離はまだ寝台で横になっていたのだ。
「……どこか、具合が……?」
「いや、大事ない」
緊急事態に招集されたのかと思ったが、違ったようで魈はほっと胸を撫で下ろした。
むくりと起き上がった鍾離はまだ睡衣を着たまま、髪も結うこともなくまさしく寝起きのように見える。
「昨日から仕事が休みでな、一通りやりたいことが終わったので朝寝坊をしてみたんだ」
「さようでございますか……」
朝寝坊をした結果、自分が呼ばれたという事実がイコールで繋がらない。凡人として過ごしていることの報告なのだろうかと、魈は相槌を打った。
「どうだ。共にゆっくり今日を過ごしてみないか?」
「は、え、えぇと……」
夜叉の務めに休みなどはない。勿論神に休みもなかっただろう。こうしてのんびり過ごしている鍾離を目の当たりにすると、なんと平和なことかと魈は嬉しく思ったりするのだが、共に、と言われることには引っ掛かりを覚えた。
「たまにはお前にもゆったりとした休日を過ごしてもらいたい。しかし、そうだな。俺はお前の上司ではないから休めという訳にもいかない。どうしたものか」
聞かれているのか、一人言なのか、鍾離はううむ。と考え込んでしまった。
「……夜までで良ければ、お付き合いいたします」
「はは。うむ。では今から休みにしよう。楽な衣服に着替えてくれ」
「はい」
初めからそのつもりだったのであろう。鍾離が指をさしたその先には、魈用にと用意されている睡衣が畳まれてあった。手早く着替えると、ここに入れと言わんばかりに、鍾離が敷布をトントンと叩いている。
「失礼、します……」
少年の身体つきをしている体躯ではあるが、魈は二千年以上生きている仙人である。鍾離と共寝をすることに抵抗がない訳ではないのだが、鍾離の楽しそうな顔を見てしまうと駄目なのだ。
「さて、もう一眠りといこう」
「ま、まだお眠りになるのですか……?」
「? ああ、休みだからな。お前も目を閉じて、しばし眠ると良い」
鍾離に背を向けてそろりと布団に入ったのだが、後ろからぎゅうと抱き締められて身を硬くした。鍾離の吐息が髪の毛に当たり、目を閉じれば嫌でも鍾離の体温を感じる。
「身体の力を抜いて、ゆっくり息をするんだ。何も考える必要はない。なんと言っても、休みだからな」
休みとは、何もしないことなのだろうか。だとしたら難しい。何もせず一日を過ごすことなど皆無だ。
あたたかい。おちつかない。なにも考えずにいるのがむずかしい。
目を閉じてはいるが、眠りにつくとは程遠い。鍾離は眠ってしまったのだろうか。やけに寝心地の良い柔らかな布団すら、自分には不釣り合いだ。
そう思っていたのに、何もせずに目を閉じて、おそらく数刻程そうしていたのだろう。いつの間にか眠りに落ちていた。
「……っ!」
意識を落とすつもりは全くなかったというのに、気付けば自分は眠っていたらしい。がばりと身を起こすと、背後にいたはずの鍾離は居なくなっており、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
「む。起きたか」
「……申し訳ありません……」
「? 何がだ?」
鍾離は椅子に座って書物を読んでいた。叩き起してくれても構わなかったのだが、魈が静かに眠れるように、部屋の灯りもテーブルの上の小さなライトのみがついていた。気を遣われてしまったのだ。
「これでは、鍾離様のお休みの日を邪魔したようなものかと……」
「俺は、お前が気持ち良さそうに眠る寝顔を見ながらゆっくりと過ごすことができて最高の休みの日となったが、お前がゆっくりできなかったのであれば次回は何か考えないといけないな」
「え、な……」
寝顔をじっと見られていたことに全く気付いていなかった。その場面を想像しただけで、嫌な汗が背中を伝っていく。
「お前も俺の寝顔でも眺めるか? いや、お前は俺の寝顔など見ても仕方ないな」
「し、鍾離様……どうか、ご容赦ください……」
鍾離の寝顔を見ることの方が貴重だ。それこそ許されるのならば、何時間でも眺めてしまうだろう。ああ、そういうことが休みの日の過ごし方なのかと理解した所で、魈はそれを遂行できそうにはなかった。