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    ギギ@coinupippi

    ココイヌの壁打ち、練習用垢
    小説のつもり

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    POIPOI 49

    ギギ@coinupippi

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    続き。

    #ココイヌ
    cocoInu

    確かにそこには愛がある。5無造作に棚に突っ込まれた見合い写真を見つけた時はイヌピー面倒だからって適当に放置したんだな、と思ったぐらいで本当に怒りも何も無かった。
    一緒に暮らし始めて数年経つが俺とイヌピーはそれなりに上手く行ってたし不満も無いし細やかでも楽しくやってたと思う。
    でも考えてみれば俺はともかく、イヌピーは世間一般からしたら適齢期の独身男なわけで、身を固めるのが普通なんだろう。
    見合い写真を何となく開いて見ると優しそうな極普通の女が写っていた。
    こういう相手と所帯を持って子供も居て父親になったイヌピーを想像してみるとそんなに違和感は無いような気がした。
    本来であればイヌピーはそういう「普通」を出来る男で、そこが決定的に俺とは違っているのだ。
    若い頃はそりゃあ無茶苦茶だったし年少にまで行くほど札付きだった男だけど、今は普通の仕事をして一般人にちゃんと溶け込めている。
    一方俺はガキの頃から悪事に手を染め続け、そこを居場所としもう人生の半分以上を生きてきた。
    俺が一般的な世界と関わるのはイヌピーが側に居る時だけで、俺の「普通」とイヌピーとそれとは全然違っているのだ。
    幼い頃から10代の半ばまでを共に過ごした時は同じ世界に生きて同じ感覚を共有していたのにもう二人の居る世界の境界線はこんなにも大きなものになっていた。
    そんな事、再会したあの日からとっくに解りきっていた事なのに俺はイヌピーと過ごす日々が幸せでつい目を逸らし続けてしまった。
    イヌピーは多少不器用な所もあるが誠実で真っ直ぐで、旦那にするなら良い奴だって幼馴染の立場なら幾らでも言えるような人間になっていた。
    俺は言わずとも良い旦那にも良い彼氏にもなれない。
    寧ろ縁を持つだけ良い事の無い碌でも無い人間になっていた。
    馬鹿だな、そんな事解ってただろ。我ながら平和ボケした思考に嘲笑したくなってしまう。
    この部屋に居る時はイヌピーとだけの時間を過ごせるけど、俺の普段やっている事は何だ。
    忘れたわけじゃなければ、そこに罪悪感だってない。
    俺は笑って人を陥れるし他人が無残に殺される場面も平気な顔をして立って居られる人間だ。
    そんな世界とイヌピーを関わらせる気は無いし巻き込むつもりも無い。
    そんな事をするくらいなら舌を噛んで死んだ方がいい。
    せっかくまともな道で生きてるイヌピーを俺のせいで戻れなくしてしまうなんてそれこそ赤音さんに合わせる顔が無い。
    赤音さんの大切な弟に手を出しているだけでも罪深いのに、これ以上この関係の先なんて望める筈も無いのだ。
    それはつまり、何時までもこのままでなんて居られる筈が無いという当たり前の結論に辿り着く。

    イヌピーが帰るより先に帰宅出来たからアイツの喜ぶ顔が見たくて料理を作り出迎える準備をしたり浮かれていた気持ちは見合い写真を前に行き場が無くなってしまった。
    それでも顔には出さずにいつも通り過ごそうと努めたけど、俺の態度は不自然過ぎてイヌピーに指摘されるほど駄目だった。
    取り繕えなくなって見合いの話をネタに呑気に先の事なんて考えて無さそうなイヌピーに半ば八つ当たりめいた言葉をぶつけてしまった。
    見合いなんてきっかけに過ぎず本当にどうでも良かった。
    イヌピーがそんなつもりも無い事だって解ってたし、俺を好いてくれているのもちゃんと解ってる。
    だけどこの関係に先なんて無い事を俺もイヌピーも自覚しておかないといけない。
    そうじゃないと離れなきゃならない時に傷が深くなってしまう。
    だけどイヌピーがショックを受けた顔をしたのを見て可哀想になって俺はその話を続ける事が出来なかったから適当に誤魔化してしまった。
    もう好きだという気持ちだけで乗り越えられるような問題でもなく、俺とイヌピーの住む世界の明確な違いがそこに横たわっているのにまた先延ばしに見ない振りをしてしまう。
    その夜、俺とイヌピーは結局気まずいまま背中を向け合って眠る事になった。
    喧嘩をしたわけじゃないのに相手の顔をまともに見れなくて、好きなのに一緒にいる事が苦しいものだと思うと眠れなかった。
    イヌピーもそれは同じだったみたいで普段は寝付きも良いのに何度も寝返りを打つ気配がした。
    やがて遠慮がちに背中に温もりを感じてイヌピーの手が俺の腹に回ってきたから、俺はそれをそっと握り締めた。
    この体温にあとどれくらい触れられるのだろうかと思うと柄にも無く泣きたい気持ちになった。
    伸ばせば伸ばすほどに別れが辛くなるものだから、近いうちに俺はこの手を離さなければいけないのだろう。



    ココと見合い写真の件を発端に気まずくなって数日が経つ。
    あれから次の日は普通に会話をしてくるココに俺もどうにか合わせるように普通を装った。
    ココがそうしようと振る舞ってくれるのなら俺だって困らせたくないからそうする。
    そうやってまた危ういバランスで俺達は日常を取り戻していった。
    それでもやはり気は晴れなかった。
    ココとの話し合いで不安要素が表面化してしまった事によって、この数年間の幸せな生活が紛い物のようになってしまうのが悲しかった。
    俺とココが身を置く世界があまりにも違い過ぎて本来なら一緒に居られる道理も無いのにそれを無理矢理捻じ曲げてその隙間をこじ開けて俺達は寄り添っていた。
    ココが今更俺と同じ世界に来る事も無理だと解っているし、俺もココの居る世界に飛び込める勇気も無かった。
    それでも何とか一緒に居る方法を考えたくて俺はとりあえず出来る事からやろうと、見合い写真を渡してきたおばちゃんにそれを返して断った。
    それから俺にはずっと付き合ってる人が居るから今後こういう話はやめて欲しいという事も伝えた。
    ドラケンにもちゃんと話して無かった事、それからこれからも相手の事を明かす気は無い事を謝った。
    おばちゃんも悪気は無かった悪い事をした、と謝ってくれて俺がはっきり言わなかった事がそもそもの原因だと頭を下げた。
    ドラケンはやっぱり俺なんかよりずっと出来た男だから、笑ってイヌピーが幸せならそれで良いと言ってくれた。
    本当に良い奴だから俺も心の底からドラケンにはドラケンの望む形で幸せになってほしいと思った。
    そうやって些細な事でも行動に移していくと何となくだけど気持ちも整理がついてくる気がした。
    ココはあの時ああ言ったけど俺はこの生活をやすやすと手放すつもりも無かったし、二人で居られるようにどうにかその方法を探したくてみっともなく足掻く事になったって構わないと思った。
    そもそも好き合ってるのに離れなきゃなら無いなんてのが納得いかなかった。
    俺は確かにあまり考えもなしにココに一緒に暮らそうと言われて頷いたし、嬉しかったから直ぐに行動もした。
    この数年間が幸せで温かくてずっとこのままで居れたら、と思っていた。
    それは本当だけど、でもその為に何か行動をしたのかと問われると何もしていなかったのかもしれない。
    何もかもココに任せてここまで来てしまった。
    それなら、俺は今度こそちゃんとココとの問題に向き合って行かなきゃいけない。
    そう決めてから俺はココと休みが合う日にその事を切り出す事にした。
    本当は疲れてるだろうココを休ませてやりたかったけど、後回しにしても良い話では無かったしここ最近の俺達は表面上では笑ってててもどこかぎこち無さが拭えなかった。

    その日も夜遅くに帰ってきたココは眠たそうな目をしていつもは絶対に食べるって言って食べてくれてた俺の料理も口にしないでシャワーを浴びてベッドに潜り込んでしまった。
    心配になったけど、ココの寝顔を見て安心している自分もいてせめて朝食はちゃんとしたものを作ってやろうと思った。
    次の朝ココが起きて来たのは昼も近かった。
    たくさん眠れたのか心無しかスッキリした顔をしていたから良かった。
    朝食にご飯と味噌汁と最近覚えた煮物を出すとココは朝から豪勢だと笑って美味しいと食べてくれた。
    このまま何事も無い休日を過ごしてのんびりさせてやりたい気持ちはあったけど、今日は話をしようと決めているから俺は食後のコーヒーを出しながら向かいに座って緊張しながらも口を開いた。

    「あの、この間の事だけどさ…」

    「この間って?」

    「見合いの事、ちゃんと断ってきたから」

    そう切り出すとココは何でも無い風にもう気にしてないし、と笑った。
    俺はこのままあやふやにしてはいけないと思い見合いはちゃんと断ってきたし、ずっと付き合ってる人が居るからもうそういう話は持ってこないでくれと話した事も言った。

    「そっか。それは勿体無い事したかもな」

    イヌピーならちゃんと嫁貰って幸せな家庭作れると思うけど、と何でも無いように言われてどうしてココはそんな事を言うのだろうと考える。
    多分ココは自分と居るより俺には普通に幸せになってほしいとかそういう事を願っているのかもしれない。
    その方が俺の為になるって、きっとそう思っているのだろう。

    「俺はココと居る方がいいよ。けど、ココは俺が結婚したりした方が気が楽か?」

    幾らココがそう思っていてもそれは俺の気持ちを無視した勝手な話だと思う。
    俺の為にってココは言うんだろうけどそれが本当に俺の為になるかどうかなんてココに決められたくなかったし、俺は俺の意思でお前の隣に居るのにって伝わらないのがもどかしくなる。

    「…俺みたいな何もかも約束してやれない男と居るよりイヌピーにはいいのかもしれないな。」

    言いたい事や本音を呑み込んだ時の、昔からする俺の嫌いな笑い方をしながらそう言った。
    俺はココみたいに頭も良くないから上手い言葉が見つからず相手に伝わらない事が今までにたくさんあった。
    それを面倒くさい、理解して貰えなくても良いと投げやりに過ごしてきた結果どうなったのか。
    本音を言う機会が無いまま、ココも言いたい事を呑み込み続けて俺達は極限まで溜め込んで爆発してしまったのだ。
    あんなに身を削り合って叫び合うような喧嘩は二度としたくないくらい辛かったけど、大人になってどちらかが耐えてやり過ごすような関係になってしまう方がよっぽど嫌だった。

    「そういうのは、狡いだろ。ココだってそんなのわかってて俺と付き合ってんじゃねぇのかよ」

    自分だけが悪いと物分りの良い振りして身を引こうとしているのだと解るから、俺はつい苛立ったような声音になってしまう。

    「俺らもうそんなに若く無いし、この先俺に何かあったらイヌピーが一人になっちゃうじゃん。俺は結局イヌピーに何も遺してやれない」

    どう考えてもイヌピーが事故とかで死ぬより俺が死ぬ確率の方が高いんだぜ、そういう事考えたのも一度や二度じゃねぇし。
    そんな事をぽつりぽつりと静かな口調で言われて言葉が出て来なかった。
    自分ばかりこの生活が幸せでずっと続けばいいと呑気に思ってたのだろうか。
    ココが、考えたくもないけど…自分より先に死ぬかもしれない危険な環境に身を置いてるのだってわかってるつもりだ。
    覚悟だってまだ出来てるとは言えないけどそういう事なのは理解してる。
    それでも良いから、出来るだけココと一緒に居たいって思ってたのは自分だけなのか、と遣る瀬無い気持ちが胸の中でぐるぐると動き回る。

    「なあ、この話はもうやめよう。せっかくの休日が台無しになんだろ。仲直りしようぜ、な?」

    勝手に話を締め括り宥められるような口調で言うと俺の手を握って笑う。
    まるで自分だけ聞き分けの無い子供みたいにされて悔しくて堪らなかった。
    俺だけが一人で盛り上がって一緒に居たいと駄々を捏ねていたみたいだ。

    「…頭冷やしたいから、外走ってくる。」

    このままココの顔を見ていたらそれこそ大人気なくガキみたいにしょうもない事を怒鳴ってしまいそうで、手を振りほどくとバイクの鍵を持って部屋を後にした。
    ドアの向こうから聞こえもしないのにココの飽きれたような溜息がした気がして、アパートの階段を逃げるようにして駆け下りた。



    (やっちまった…)

    外からイヌピーのバイクの音が聞こえて顔を覆って溜息を吐いた。
    あんな顔させるつもりじゃなかったし、もっと上手く話が出来るつもりだったのに全然駄目だった。
    イヌピーを前にするとどうしても言いたい事が喉に支えて言えなくなる。
    けどいつかはちゃんと話はつけなきゃならない事だった。
    それが今日こうなったってだけだ。
    イヌピーの事は好きだし、世界で一番大切に思ってる。それは嘘じゃない。
    愛してるって、ハッキリ言えるくらいもう俺に取ってイヌピーは大きな存在だ。
    それでも…俺が最後に命を張ることになるのほ梵天という組織に対してだろう。
    それは今更どうやっても覆らない事だし、この世界に身を置いた以上当然の事だった。
    イヌピーとはやっぱりこんな風になるべきじゃなかったんだろう、結局傷つけてしまうのだから。
    それでもいいとイヌピーは言うだろうけど俺に取って、九井一に取って乾青宗は宝物みたいにキラキラ輝いていて色褪せない綺麗な存在なのだ。
    もうこれ以上悲しい思いも辛い思いもさせたくなかった。
    況してや汚い世界に引きずりこんだりもしたくない。
    そういう事を考えたらあの日、この部屋の鍵なんて渡さなければ良かった。
    イヌピーに期待させるだけ、幸せな時間を長く過ごせば過ごす程にきっと辛くなるだけなのに。
    だってアイツは苦しくて悲しい思いは過去にたくさんしてきたのだから。もうこの先の残りの人生は穏やかに笑って生きて欲しい。

    「はあ…どうすっかな…」

    イヌピーが出て行ったドアを見つめてもこの先の答えなんて出ない。
    傷つけただろうし、怒らせたと思う。
    ちゃんとイヌピーだって色々な事を考えて悩んでいるんだろうって解ってるのに宥めるように子供みたいな扱いをしてしまった。
    そんなつもりは無かったけど、プライドを傷つけて惨めな気持ちにさせた。
    若い頃ならイヌピーは言葉に出来ない気持ちを拳にして発散させていただろうけど、とっくに大人になった彼はそういう衝動を押し殺して耐えたのだろう。
    頭を冷やすと出て行った行動一つ取ってももう子供ではないんだと思わせる。
    俺だって、出来るだけ長く側に居たい。そんなの当然だ。
    だけどそんなエゴよりもアイツが本当に幸せになって生きてくれる方が良いとも思うのだ。
    二人で日常を忘れて穏やかに過ごす時間があまりにも幸せだったから先延ばしにしてしまった。
    何度も何度もこんなの続けられるわけがない、仮初の幸せだって解ってた筈なのに…
    解ってたのに、彼の存在が、温もりが、堪らなく愛おしくて縋ってしまったのは結局自分の方だった。
    一度は手放したのに、変わらずに自分を好きでいてくれるあの瞳を手に入れたくなってしまった。
    俺と居ると幸せだって笑ってくれる顔が閉じ込めてしまいたくなるくらい好きで仕方なかった。
    それなのに今だって俺は何も出来ずにこうやって情けなくうだうだと悩み続けるだけだ。
    守ってやるって覚悟も何も無い癖に手を伸ばしたのがそもそもの間違いだった。
    そんな事を軽々しく口に出来ないくらいには俺の居る場所は不安定で危ない所なのに。
    どうやってイヌピーと話せばいいのか、何を言うべきなのか普段は余計な事にばかりに回る頭もこの時ばかりは何も思い浮かばなかった。


    バイクを衝動のままに走らせるなんてガキの頃以来だな、と思う。
    喧嘩した後に持て余した熱を発散させる為に、時折消化して切れなかった感情の逃げ場を求めるようにあの頃はココを乗せて走ったな。
    そんな事を考えながら風を切って走るうちに頭の中が冷静を取り戻してきた。
    そのまま目的も無く適当に海の近くで車体を停める。
    ヘルメットを脱いでぼんやりと眺めていると、砂浜では幸せそうな恋人同士が身を寄せ合って笑ってる。
    幼い姉弟を連れた家族連れが波打ち際で楽しそうにはしゃいでいる。
    みんな誰もが普通の平凡に身を置いている。
    何も贅沢な生活なんて望んでない。
    平凡な日常をココと過ごしたかっただけなのにそれも許されない。
    自分が惚れた男はそういう人だった。
    そんな事承知で覚悟を決めたつもりだったのに、ココと暮らす生活があまりに幸せ過ぎてこれがずっと続くんじゃないかって期待してまった。
    あの時、ココと再会しなければ良かったのかとも思う。
    けどココと居たこの数年はとても幸せだった。人生で初めて生きてて良かったと、思えたほどに。
    ココに間違えて助けられてずっと自分のこの命は生きてる時間は間違いなんだって、そう思ってきたのをそうじゃない間違いなんかじゃなかったって、生きてても良いんだって肯定されたような気がしてた。
    俺はただ、ココと二人で「普通」でいれる事がとても嬉しかった。
    そんなに自分のこの願いは、望みは人として過ぎたものだったのだろうか。
    ココだって、同じ気持ちで居てくれたんじゃないのか。
    だってずっとあんなに優しく、大切してくれてたじゃないか。
    それなのにココは自分と離れる事も何度も考えてたと言った。それも全部俺の為みたいに。
    それなら最初から中途半端に何度も愛してるだなんて言うな。
    あんなに風に宝物に触れるみたいに優しく抱くな。
    始めから切り捨てるつもりなのと不可抗力で別れなきゃいけないのとは全然違うだろ。

    (ココの馬鹿野郎…)

    色々頭の中はぐちゃぐちゃで整理もつかなかったけど、そういう事を一つ一つ考えていたら何だかだんだん腹が立ってきた。
    潮風に晒されたせいだろうか。さっきから視界が揺らいで頬が濡れている気がする。
    グッと吹っ切るみたいに目元を拭ってココがそうやって話す事から逃げるつもりなら俺から話つけてやる。
    手にしていたヘルメットを被るとバイクに跨り再び来た道を戻った。



    やっぱりイヌピーはいつでも俺の想像を軽々と超えてくる。
    こんなに思い通りにいかない相手なんてコイツだけだろうなと思った。

    あの後、出て行ったきり帰って来ないイヌピーを待っている間にだんだん顔を合わせるのが気まずい気がしてきて卑怯だけど俺は家を出ようとしていた。
    俺もイヌピーも一旦冷静になる時間があった方が良いんじゃないかとも思ったのだ。
    俺は感情的に言葉を口にするのは好きじゃないし、言いたい事を脳内で整理してそれを言う心構えもしておきたいタイプだから。
    それに多分、次にこの話をする時は別れ話をしなければいけないだろうから…。
    そんな事を考えながら仕事用のスマホやパソコンを鞄に入れてコートを羽織り玄関をでようとしていたタイミングで、まさかのイヌピーが帰宅したのだ。

    「仕事行くのか?今日休みだろ」

    ヘルメットを片手に手櫛で髪を整えたイヌピーに暗に逃げる気かという意味合いを含んだ声を掛けられて俺は上手い言い訳が思いつかなかった。

    「いや…イヌピー帰って来ないし俺も頭を冷やそうかなと思って…」

    言ってて自分でもしどろもどろでかっこ悪い言い訳をしているな、と思った。
    それはイヌピーにも伝わったようでこんな目で見られた事は無いというくらい冷めた視線を落とされてしまった。

    「時間置いたしもうお互い冷静になれただろ。とりあえずコーヒー入れ直すから座ってろよ」

    いつになく何というか迫力があるイヌピーに気圧されるように俺はすごすごと元いたキッチンの椅子に腰を下ろした。
    ヘルメットを定位置に置いて長い髪を一纏めにすると手を洗ったイヌピーがケトルのスイッチを押した。
    気まずい空気に胃のあたりがチクチクする気がして居心地も悪くて仕方ない。
    無言のままマグカップにインスタントの粉を入れているイヌピーの横顔は無表情で少し怖い。
    美形が真顔になると迫力あるだろ?正にそれだ。

    「はい、ブラックで良いよな」

    「…ああ、ありがとう」

    インスタントコーヒーの注がれたマグカップを渡されて受け取って礼を言いながら大して味も解らないそれを啜った。
    イヌピーは俺の向かい側に座らないでシンクに腰を寄り掛からせてじっと手の中のコーヒーを見つめている。
    何だかドラマとかでよくある別れ話が拗れたカップルみたいだな、とおかしな事を思った。
    まあ、これからする話次第ではそうなり得るわけだけど…。

    「ココは、俺と別れた方が良いと思う?」

    ぽつりとイヌピーがそう言ってくる。
    良いなんて思ってないし、そうしなくて良いなら俺だって別れたくなんか無い。
    だけどこのままずるずるとこの関係を続ける事がイヌピーに取って良いとも思えない。
    時間は有限であり、イヌピーの人生から大切なものを失わせるような事はしたくないのだ。

    「…良いとは思ってない。けど、いつかはそうするしか無いんだろうなとは思う。」

    そのいつかが今日になるのかもしれない。
    遅かれ早かれまた離れなければいけないんだとしたら傷は浅い方が良いのだろうか。
    イヌピーはふぅーと深い息を吐いた。
    その呼吸の仕方には覚えがある。嫌な予感に背筋が汗を伝う感覚がした。
    黒龍時代のこれからカチコミに行く、という時にイヌピーは鉄パイプ片手にこうやって深く息を吐いていた。
    それからはスイッチが切り替わったみたいに敵対してるチームの中に先陣を切って飛び出してそれはもう大暴れしていた。
    今の小綺麗なお兄さんの見た目からは想像つかないだろうが。

    「おい、ココ」

    マグカップをシンクに置くと再会してからは凡そ聞いたことの無い低い声が俺を呼ぶ。
    思わず背筋が伸びて姿勢を正してしまった。
    これ別れ話どころか俺の人生最後の日になっちゃう感じなのか?等と内心で焦りながらもなけなしのプライドで俺は何とか表情はシリアスを保った。

    「お前、本気で俺と別れられると思うか?」

    「…え?」

    本気で別れるつもりなのか、とかじゃなく別れられると思うかって聞いた、よな?
    どういう意味なのだろう、脅しみたいな言い方に思わず首を傾げてしまったのが気に触ったのかイヌピーが鋭い眼光で睨みつけてくる。
    正直に言うとちょっと怖い。イヌピーに本気でキレられた事は無くは無いがここまで殺気のようなものを感じるのは初めてだった。
    どう答えたものか考えあぐねてとりあえずコーヒーを飲もうとマグカップを持ち上げたタイミングでバンッとテーブルの上を叩かれて飛び上がりそうになった。
    三途が横で銃撃ってもこんなに心臓が飛び上がった事は無いのに。

    「…今更こんなに好きにさせといて別れられるなんて思うなよ。俺は執念深い男なんだ」

    そのまま胸倉を掴みあげられた。見た目の繊細さに反してバイク屋のイヌピーは逞しい腕をしているから当然デスクワークの俺との力の差は歴然としている。
    好きな男にする態度かよ、これ…。

    「天竺の果てだろうが地獄だろうかお前を追いかけて捕まえてやる。お前が手を出した事を後悔するくらい愛して愛し抜いてやるからな!!」

    イヌピーの勢いに圧倒されて目を白黒させて、思わず降参のポーズで両手をあげてしまう。
    ビビったというよりは驚いたという方が近い。
    それにイヌピーの情熱的過ぎる言葉にも物凄く驚いてしまった。
    そこまで俺の事を好いてくれていたなんて思って無かったから。
    いや、好きで居てくれてんのは解ってたけど、どっちかっていうと俺の方がイヌピーの事好きな気持ち大きいんだろうなって思ってた。
    イヌピーはあんまり自分の気持ち口にしねぇし、俺が好きだって言ってもおう、とか男前な返事してたくらいだし。
    …俺、めちゃくちゃイヌピーに愛されてんじゃん。
    こんな時にそれを知ってしまい、不謹慎かもしれないが嬉しくなってしまう。
    顔を上げてそちらを見れば睨みつけていたイヌピーの睫毛が伏せられた。かと思うと俺の胸倉を掴む手からも力が抜けていく。

    「俺の事、そんな簡単に諦めたりすんじゃねぇよ馬鹿野郎」

    ヘタリと膝から崩れるように床に座り込んでしまうイヌピーの弱々しく呟く声は小さかったけどしっかり俺の耳に届いた。
    諦め…確かに俺はそうだった。
    端からこの関係がどうにもならない未来の無いものだってそう決めてた。
    それを覆そうだとか、もっと一緒に居られる努力をしようだとか一つも考え無かった。
    組織に属してたらそんなもの望める訳が無いと聞き分けのない大人ぶって、本当はこれ以上深入りする事を恐れてただけだ。
    上手く傷つける自信が無かった。
    イヌピーと離れてしまったら今度こそもう2度と会うことなんて無いとそう決めつけ無理にでも納得するしか思いつかなかった。
    仕方ないと諦めて背を向けて見ないようにすればそれでまた忘れて居られるなんて甘い事を考えていた。
    それなのに、イヌピーはずっと俺との未来をどうにかしようって考えてくれていたのだろうか。
    思っている事を口にするのが苦手なイヌピーがここまで感情を剥き出しにして打つかって来てくれたというのに、色々悩んでウダウダしてしまった自分が恥ずかしくなる。
    イヌピーの方がずっと男らしくて格好良かった。
    俺の知る乾青宗は有言実行の男だ。多分本当にどこまでも追いかけてくる。
    それこそどんな危険な場所だって顧みずに。
    イヌピーがぶつけてくれた言葉も気持ちも正直凄く嬉しかった。
    こんなに良い男、きっと俺の人生でこの先二度と出会えないと思う。
    多分、やっぱり俺の方がコイツに惚れちゃってんだろうなってこんな所で実感した。
    だからこそ失った時に傷つくのが怖くて尤もらしい理由で逃げようとしてしまった。
    本当に馬鹿野郎だな、俺は。
    こんな最高の男、手放せるわけがないのに日和ってダセェ。
    オマケに怒っててもちょっと怖いけど、それでも可愛いんだからな。

    「ごめん…ごめんなイヌピー。離れるなんて無理なのは俺の方な癖に格好つけてた。こんなにお前の事好きで仕方ねぇのに、馬鹿だったわ。」

    俺も膝を折ってイヌピーと同じ目線になった。
    見上げた瞳は今にも泣き出しそうに眉が八の字に寄ってて捨てられた子犬みたいで、こんな顔をされたら放っておけなくなってしまう。

    「…ココは俺より頭がいい癖に時々俺より馬鹿だな」

    「うん、本当そうだな。だからまた俺が馬鹿やりそうになったら殴ってでも引き留めてくれよ」

    髪を撫でて薄い頬に触れると、イヌピーの方から距離を埋めるみたいにコツンと額を合わせてきた。
    それからゆっくりと瞬きをしてから口元に笑みを浮かべて困ったような顔をする。

    「ああ、俺はタイマンなら負けねぇ自信がある」

    「はは、俺じゃタイマンでイヌピーに勝てるわけがねぇ。」

    ココ、と小さく名を呼ばれ触れるだけの柔らかなキスをしてくる。
    初めてでも無いのにそれだけで胸がいっぱいになってしまいそうで、きっと今情けない顔をしてるんだろうなと思うと見られたくなくてイヌピーの小さい頭を肩に抱き寄せた。

    「死ぬまで一緒に居てくれ、ぐらい言えよ」

    「…それは、まだちょっと心の準備が出来るまで待っててくれ」

    俺の背に腕を回しながらイヌピーがまた男前な事を言うから、抱き締める腕に力を込めてそう答えた。
    仕方ねぇな、ココはと呟いて俺の頬にスリッと懐くとこてんと肩に額を擦りつけるみたいな動きをしてくる。

    「早くしないと俺だって、モテ無いわけじゃねぇんだぞ。客に連絡先聞かれたりする事だってあんだからな」

    脅しのつもりかそんな事を言われていや、イヌピーがモテんのは昔から知ってるし。と返せばばっと体を離されて不満そうな顔をされた。
    この答えはお気に召さなかったらしい。

    「モテんのはココだろ?俺は顔に火傷痕もあるし、ずっと遠巻きにされてた」

    「あー…いやそうじゃねぇよ。お前、高嶺の花ってやつだったんだよ。」

    確かにイヌピーは喧嘩ばっかりして傷たらけになってたし近寄り難い雰囲気はあっただろう。
    だけど孤高の美しさ、とでも言うのだろうか。
    遠巻きに見ていた連中の中にはイヌピーを憧れの目で見ていた奴らだって居たのだ。
    そういう余計な感情にイヌピーが鈍くて気付かないで居てくれたから、俺と再会するまで清い体で居てくれたのもあるだろうからそこはまあ良い。

    「ありえねー、それはココの惚れた欲目ってやつだろ。」

    「はは、まぁ俺はイヌピーに惚れてるから確かにイヌピーには弱い。」

    見つめ合って吹き出すように笑い合った。
    さっきまでの気まずい空気もどこかに霧散して、俺達はキッチンの床の上で暫く抱き合ったまま離れなかった。






    .
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    ℹ💘💘😭💯💯🇱🇴🇻🇪💘💗🍭😭👏😭👏😭👏💖💖💖👏👏👏😭👏👏👏👍💯💯💴💴💖💖💖💯💯💯💯💖💖💖☺💖
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    Replies from the creator

    ギギ@coinupippi

    DONEココイヌだけどココは出て来ない。
    またモブが出張ってる。
    パフェに釣られてイヌピーがJKからココの恋愛相談を受ける話。
    逞しく生きる女の子が好き。
    特大パフェはちょっとだけしょっぱい。乾青宗はその日の夕方、ファミレスで大きなパフェを頬張っていた。地域密着型のローカルチェーンファミレスの限定メニュー。マロンとチョコのモンブランパフェは見た目のゴージャス感と、程良い甘さが若者を中心に人気だった。
     そのパフェの特大サイズは3人前程あり、いつかそれを1人で食べるのが小学生からの夢だった。しかし値段も3倍なので、中々簡単には手が出せない。もし青宗がそれを食べたいと口にすれば、幼馴染はポンと頼んでくれたかもしれない。そうなるのが嫌だったから青宗はそれを幼馴染の前では口にしなかった。
     幼馴染の九井一は、青宗が何気なく口にした些細な事も覚えているしそれを叶えてやろうとする。そうされると何だか青宗は微妙な気持ちになった。嬉しく無いわけでは無いのだが、そんなに与えられても返しきれない。積み重なって関係性が対等じゃなくなってしまう。恐らく九井自身はそんな事まるで気にして無いだろうが、一方的な行為は受け取る側をどんどん傲慢に駄目にしてしまうんじゃ無いかと思うのだ。
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