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    ギギ@coinupippi

    ココイヌの壁打ち、練習用垢
    小説のつもり

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    ギギ@coinupippi

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    水商売をするイヌピーの3話目。
    ココイヌ。早く終わらせたいけどもう少し続く。
    全部書き終わったら、タイトルつけてまとめる予定。

    #ココイヌ
    cocoInu

    その夜、乾はいつものようにボーイの仕事を熟し閉店作業を終えた。
    仕事には慣れてきてはいるが、最初の頃より疲労が溜まる気がするのは酔った客に絡まれまくるからだろう。
    鬱陶しいな、と思わないでも無いがまあ酔っ払いだし、この先付き合っていく訳では無いのだからと適当にあしらった。
    その経験が生きているのか、昼間のバイク屋での図々しい客でも適当に捌けるようになった。
    とはいえ、昼間の客より夜の酔った女たちの方が扱いが面倒ではある。
    酒と閉鎖的な薄暗い空間で感覚が大胆になるのか。欲望を隠しもせず、自分の指名してる男に直接的な言葉を投げ掛ける。露骨にホテルに誘ったりしているのを見てるとちょっと引く。
    それらを客の機嫌を損ねる事も無く上手く宥めている男達は凄いなと思う。
    やる前までは酒飲んで女と話して金になるもんなのかと不思議に思っていたが、人気があるキャストというのは頭が良い。
    九井もそうだが、話術があり口が良く回るタイプは相手の反応も想定してるし、相手を立てるように見せ掛けて自分のペースに持っていく。
    自分にはとてもじゃないが真似出来る芸当ではない。
    店内の清掃も終えて、後は店でダラダラとしている他のボーイ達に挨拶をして一足先に外に出た。
    明日もバイク屋の仕事があるから出来るだけ早く帰って眠りたい。
    ドラケンには知人に紹介されて短期だけ、夜のバイトをすると伝えてある。
    仕事内容もボーイの仕事だと言った。変に隠す方が怪しくなるから正直に言う事にした。九井の事は言わないで。
    睡眠時間はあるだけ寝るタイプの乾は、夜の仕事を始めてから少し寝不足気味だった。
    ふわあと大きな欠伸をしながら、コートのポケットに手を突っ込んだ。
    そういえば、このコートも昔九井から誕生日だからと贈られたものだったなと思い出す。
    九井は本当にマメな男だ。自分は彼の誕生日に何をしてやったのか。せいぜいその辺のファミレスで食事を奢った程度かもしれない。
    今度は何かちゃんとした物を返せれば良いが、それまで会えるのだろうか。
    またあの時のように九井が突然自分の前から居なくなるのでは無いか。ずっと心の片隅にそういう不安がある。それを考えると悲しくなる。
    あまり信じて深入りし過ぎると傷つくのは自分なのだ。どこかで諦めておいた方が良いのかもしれない。
    終電にはどうにか間に合いそうだ、と駅の見える通りへの角を曲がろうとした。
    その瞬間、後ろから腕を引かれる気配がして振り向く。

    「…誰?」

    自分の腕を引いたのは、頭一つ半分くらい背の低い女だった。
    ロングの明るい髪色にメイクは濃い。寒い日だというのに短い丈のスカートからはほっそりとした生足が伸びている。
    全く見覚えが無い気がしたが、店ではこういう女の客をよく見掛けるから見分けがつかないだけかもしれない。
    女は不自然に長い睫毛を揺らしながら乾へハート型の紙を渡してくる。
    思わず受け取ってみたが、電話番号と名前が書かれていた。
    何、と聞き返す乾に店で見た時からタイプで気になってた。
    ボーイだから指名できないし話す機会も無かったから、終わるのを待っていた。
    連絡が欲しい、と言うと女は立ち去っていった。
    こんな物渡されてもどうすりゃ良いのか。連絡をする気なんて更々無い。扱いに困ってポケットに突っ込んで、電車に乗り遅れると走った。

    そんな事があってから数日。
    時間が出来たらしい、九井と約束していた食事に行く日になる。
    バイク屋の営業を終えて、店じまいをしてシャッターを下ろして施錠を確認する。
    店の前でそのままドラケンとまた火曜日に、と別れた。
    明日は休みだし夜のバイトも無い。心置きなく酒も飲めるなと思う。
    目の前に滑るように高級外車のスポーツカーが止まった。
    左側の窓が開くとそこから九井が顔を見せる。

    「もう出れるか?」

    「ああ、今ちょうど店閉めたとこ」

    乗ってくれと言われ、反対側に回ると助手席のシートに身を置いた。
    やはり高級車だけあって座席の乗り心地は良い。
    これなら長時間のドライブでも耐えられるそうだ。
    車内は革のシートとそこに九井の品の良い香水の匂いがふんわりと混ざり合って香っている。
    冬場というのもあり、然程汗はかいていないがオイルやガソリンの染み付いた匂いがしてやしないかと自分で少し気になった。

    「店は俺が決めたけど良い?」

    「高い店ならココの奢りな」

    「勿論、そのつもりだから好きなだけ食べて飲んでくれ」

    「冗談だ、自分の分くらい払うから俺でも払えそうな店にしてくれ」

    「仮にも仕事の上司なんだから従業員に飯奢るのは普通だろ。素直に奢られてくれ」

    「そういう事するから、俺がココのお手付きとか言われんだぞ」

    「…何だよそれ、誰が言ってんの」

    「噂になってるらしいぜ。俺はオーナーのお手付きだから特別待遇なんだって」

    ハンドルを握りながら前を向いたままで九井はええ…と唸った。
    乾はちゃんと幼馴染だって言っておいたから、気にしなくていいと訂正しておく。

    「いや、別に訂正しなくても良いけどさ」

    「良いのかよ」

    そんな妙な噂立てられて九井に迷惑を掛けると思ったから否定しておいたのに。
    そもそも男である自分がお手付きというのも意味が解らない。

    「実際、手出してるしな」

    笑っていいのか、どうなのかギリギリの所を責めてくるなと思いながら鼻で笑うに留めておく。
    その件に関しては九井と乾の間にあった事は、かなりデリケートな問題だろうに。
    確かに二人の間に過去に何かあったかと言われれば、それはあるにはあった。
    だがたった一度きりの事だ。九井が無かった事にしたいというならそれでも良かったのに。
    そうすればこちらも忘れた事にして普通に友人として振る舞ってやる。
    それでこのまま九井との付き合いが続くのであれば、それだって構わなかった。

    「俺はオーナーのお気に入りだからって威張り散らしても良いぜ」

    「馬鹿、んな事したらもっと面倒な事になんだろ」

    隣で九井が笑うのにつられるように乾も笑った。
    こうやって軽口を叩き合ってると、まるで本当にただの仲の良い幼馴染みたいだ。
    二人の間には何の蟠りも無く、偶に馬鹿やって笑って、そういう普通の関係みたいだった。


    食事場所に九井が選んだは個室の居酒屋だった。
    手が届かない程高価という訳では無かったが、乾からしてみれば特別な事でもなければ来ないくらいの値段ではあった。
    ビールを飲み、適当に頼んだつまみ達を食べながら他愛も無い会話をする。
    こうしてると少しは普通に友人のように見えるだろうか。
    高そうなスーツに着こなし腕には高級な時計をした男と、量産された安価なニットを着てオイルが染み込んで傷だらけの手の自分。
    良くて社長と従業員だろうな、と思う。実際今の関係はそうなのだが。

    「仕事の方は大分慣れた?」

    「まあ大体。あれ以来喧嘩売ってくる奴も居ないし」

    その代わり少し距離を置かれているようには思う。
    この間までは偉そうに命令口調だったキャストですら、敬語で話してくるのは面白い。

    「そりゃあ、もうイヌピーに喧嘩売ろうと思うような命知らずは中々居ないんじゃないか」

    「俺だって喧嘩売られたくねぇ」

    普通にしてくれればいい。その辺のバイトと同じ扱いで十分だ。
    だが以前絡まれて返り討ちにして以来、皆がよそよそしくなった。
    未だに気軽に話し掛けて来るのはあのスカウトのチャラい男ぐらいだ。

    「仕事内容自体はそんな大変じゃないんだけど、酔っ払いに絡まれるのうぜぇわ」

    今まであんなに酔った女達を間近にする事が無かったから、酒癖って凄いものだなと思う。
    ドラケンや周りの奴らは酒飲んで馬鹿騒ぎする位はするけど、それでもみんな理性はあるし帰る時はしっかりもしている。

    「イヌピー、イケメンだし身長もあるからフロア立ってるとちょっと悪目立ちすんだよな」

    「そうか?そう言われてもな…」

    九井からそう指摘されても、そんな事は自分の知った事では無い。
    仮にそうだったとしてもそれは乾のせいでも無いからどうしようも無い。

    「男の酔っ払いならぶん殴ればいいけど、女は客だしそうも行かねぇじゃん」

    つい愚痴を洩らせばイヌピー大人になったな、としみじみ言われて馬鹿にしてんのかと思って睨みつける。大人も何もお互いにもう成人しているのだから、実際大人ではないか。
    そりゃあガキの頃は九井に相当世話になった自覚はある。甘えていたと思う。
    だが流石に乾とてあの頃のままと言う訳では無い。

    「馬鹿にしてんじゃなくて。昔のイヌピー他人に興味なさ過ぎて、女も男も一緒で邪魔なら殺すみたいな奴だったじゃん」

    「…そこまで酷くねぇよ」

    思わず反論するも、大寿の妹に平気でナイフ向けてた奴が言う事じゃねぇ、と笑われてしまう。
    思い出して心当たりがあり過ぎて自分でもうわ、最悪だ…と頭を抱えたくなる。

    「よく変われたよな」

    「ドラケンとか、周りの奴らが良い奴ばっかだから。俺もそういう風になんなきゃなって思ってさ…」

    言いながら、照れ臭い気がしてビールのグラスを傾けて目を反らす。
    気付くと九井の前の料理の皿が空いているのに、相変わらず音も無く綺麗に食べるな、と思う。
    食事量の割に体型は昔とそんなに変わらない。以前より少し肩や腕は筋肉がついたように見えるが、高級なスーツを着こなす位にはスタイルは良い。
    自分だって、一時期は食べる物が無くて痩せては居たが最近はまた筋肉もついてきた。
    その内九井よりゴツくなってやる、と密かに思った。

    「…やっぱ俺とイヌピーじゃ全然違うんだよな」

    ふと九井が呟いた。
    体型の事を考えていたせいで一瞬筋肉の事か?と勘違いしかけて会話の流れを思い出す。
    九井が言いたいのは多分、内面的な事なのだろう。
    それは当たり前の事だ。二人は違う人間なのだから。
    一緒に居た頃は時々同一視し過ぎて同じ事を感じて、同じ事を思っているのだと錯角しそうになる時もあったが。

    「つーかさ、こういうの無視でいいよな?」

    何となく話題を変えたくて、思い出したようにコートのポケットからくしゃくしゃになった紙切れを出す。
    この間見知らぬ女から押し付けられた名前と連絡先が書いてある紙だ。

    「何だ、これ」

    「この間、店から帰るときに知らない女に待ち伏せされてて渡されてさ。流石に怖えーなと思ったんだけど」

    こちらは笑い話のようなつもりで言ったが、九井の方は真顔になっている。それ何時の話?と神妙な声で聞いてくる。

    「つい3日前くらい?とそんな大袈裟な事じゃないだろ」

    「これは俺が預かる。あとイヌピー、もう仕事辞めていいよ」

    乾の手から紙を受け取りながら、ついでのような口調でそんな事を言ってくる。
    突然告げられた所謂解雇通知のようなものに、突然何だと思う。

    「は?絶対300万いってねーじゃん」

    「十分助かったから、それにあれは俺からの謝罪の気持ちでもあるし気にしないで受け取ってよ」

    何でも無い事みたいに軽くそれを言う九井に対して、乾の方は眉間に皺を深くした。
    ダンッと音を立ててテーブルへ中身の半分以上残ってないビールグラスが置かれる。
    あからさまに不快だというのを表情に浮かべる乾に、九井はえ、と戸惑った。

    「…それって何に対しての謝罪だ?」

    普段から口を大きく開けて話す方では無いが、それでもこんなに地を這うような声は中々聞かない。
    何かが乾の怒りに触れたらしい、それだけは解った。

    「俺を置いて行った事へのか?は?ふざけんなよ。」

    吐き捨てるように言ってから、九井へ首を傾けて睨みつけるような視線を寄越す。
    怒っているのは確かなのだろうが、それが何でなのか九井には解らなかった。
    解らないから、きっとこうして乾をキレさせている。

    「お前、じゃあ俺の事一晩300マンで買ったとでも言いてえの?」

    ふん、と鼻で笑いながら言われたその言葉にハッとなる。
    慌ててそんなつもりじゃ…と訂正しようとするが乾の額に浮かんだ青筋は相当な怒りを表していた。
    こうなってしまった時の乾は中々怒りが収まらないのは、昔からの付き合いで解っている。失言だった、本当にそんなつもりでは無かったのだ。

    「ココに随分高く買って貰えて良かったよ。初めて好きな奴とヤッて、朝になったら居なくなられてたとか本当一生忘れられねぇ良い思い出だしな!」

    財布からありったけの金を取り出すとテーブルに叩きつけるようにしてと立ち上がった。
    そのまま、九井の背後にある個室の出入り口の方へ向かって手を伸ばす。
    九井が止める手を振り払ってそのまま勢いで店の出口にまで足を進めると、自動ドアが開いた。
    乾は後ろを振り返る事も無く、エレベーターを待つ事ももどかしげに階段を駆け下りた。
    ビルの外へ出るとひんやりとした空気が頬を撫でる。
    酔って騒ぐ若者の集団や、2、3人で連立って歩くサラリーマン達を避けて足を進めた。
    自分との思い出を金で汚されたような気持ちだった。
    凄く幸せな夜から、朝になったら地獄みたいに絶望させらて。それでも相手がココだったから自分に取って悲しいけど、悪い事じゃ無かったと思いたかった。
    そう思えるようになるまで、何度も自分の何が悪かったのか、あの時眠ってしまわなければ、もっとココの話を聞けていれば。そんな事を何度も自問自答して、後悔して苦しんだ。
    だけどそれも九井との再会で、そんな事もあったけど忘れてまた昔のように友達に戻れるのかと期待していたのに。
    結局九井に取って自分との関係など、金で測れるような気もちだったのだ。九井に取っては金で済ませてしまえるようなそんな…

    「イヌピー、待てって」

    後ろから声がしたが、振り向かなかった。
    怒りもあったが、それより悲しいような何とも言えない気持ちでぐちゃぐちゃだった。
    グイッと強い力で腕を引かれて振り向かされる。
    今は九井の顔を見たくなくて、離せと手を振り払おうとしたが思いの外強い力で握られていた。

    「俺の言い方が悪かった、そんなつもりじゃ無かったんだ。話を聞いてくれ」

    「…っ、もういい。放っておけよ」

    宥めるように言ってくる九井の態度に尚更惨めな気持ちになって、抵抗するように腕を払おうとした。
    だが九井の方はその手を離す気は無いようで、謝っている口調の割に力が強い。

    「頼むから、話しさせてよ。」

    「聞きたくない」

    「こんな風にイヌピーを怒らせたまま別れたくない」

    九井の冷たい手が乾の両頬を包み込むように挟んで、目線を合わせてくる。
    困り果てたような、焦ったような顔をしながらも九井が真剣な顔でそう言ってきた。
    気が付くと周囲の通り過ぎる人間がチラチラと自分達を見ているのに気付く。
    このまま道端で男二人が揉み合ってても悪目立ちするだけだ。
    それに、乾だって九井と喧嘩別れがしたいわけじゃなかった。
    その後は大人しくなった乾の手を引いて九井がタクシーを捕まえた。
    先に乗るように促され、乗ってから隣に座った九井を見てふと思い出す。

    「乗ってきた車は?」

    「あれは、元々誰かに取りに来させるつもりだったから大丈夫」

    言われてみてそういえば、九井も一緒にビールを飲んでいた事を思い出す。
    代行か部下にでも取りに来させるのだろうか。
    左ハンドルだったあの車。ちょっとだけ乾も運転してみたいなと思ったのは今は黙っておく。
    車内はカーラジオが流れている以外、二人は無言だった。
    言われるがままに着いてきてしまった。あまりに九井が真剣な顔をするものだから。
    時間が経つと、あんな事で癇癪を起こしてしまい何だか気まずい。

    「…ごめん」

    ぽつりと九井が謝ってくる。それに何と返せば良いのか解らなかったから黙っていた。
    はあ、と深い溜息と共に九井の体がズルリと座席の上を滑り凭れた。
    いつも姿勢良く座っている九井にしては随分脱力した様子だ。

    「本当に、イヌピーの事馬鹿にしてるとかじゃ無いんだよ…ただどうしたら良いのか俺もわかんねぇから…」

    弱々しい声が零れる。シートの上に投げ出していた手にそっと九井の指先が触れて、握られた。
    冷たい指先から九井の緊張が伝わって来た気がして、乾も強張っていた肩から力を抜いた。

    「だったら金なんか持ち出さねぇで、ちゃんと話せよ。俺はココがちゃんと話してくれんなら聞くから。」

    まあ金はもうねぇけど。と付け足した。
    金に困っていたのは本当だし、有難くバイク屋の方へ補填させて貰った。余った金なんて無い。

    「うん、ごめん。後で俺の話、聞いてほしい」

    ん、と短く頷いてから流れる景色に目を映した。
    何で九井が居なくなったのか、ずっと知りたかった。再会しても、それを聞くのが怖い気がして聞き出せ無かった。
    だけどやっぱり、それを聞かないときっと自分は前に進めないのだと思う。
    握られたままの手をそのままにしているのは、そうされるのが嫌じゃなかったから。
    自分はきっとまだ、九井への気持ちが捨て切れないでいる。
    触れられても嫌じゃなくて、それが少しだけ悔しかった。



    九井は自分がもう引き返せないくらい、その世界に足を突っ込んでいる事を自覚していた。
    幼馴染の乾は、一緒に悪い事も馬鹿な事もやって来た。だけどそれでも、彼は純粋な部分を失わなかった。
    自分さえ側に居なければ、バイクが好きな普通の奴でこの先ちゃんとカタギになれる。
    そう思ったら、このままこちらの世界に引きずり込むわけにはいかない。そう思った。
    だから離れなきゃいけなかった。乾を真っ当な道に戻してやらなければ。
    自分と彼とはもう一緒には生きていけない。
    それを解っていたのに、隣で安心したように笑う顔が可愛いくて踏ん切りが着かなかった。
    自分だけに見せる乾の様々な表情をずっと見ていたかった。
    それでも離れなきゃいけない、選択をしなきゃならない時間は迫っていた。
    それなら、最後に乾との絶対忘れられない思い出が欲しかった。

    「だからイヌピーの初めてを貰いたかった」

    九井は最初に乾を連れてきた、あの殺風景なマンションの部屋でそう言った。
    ソファの隣に深く腰掛け、自分がどうしてあの日乾を置き去りに居なくなったのか。
    本当はもう二度と会うつもりも無かった。一生恨まれる覚悟だってしていた。
    いざ再会してしまうと、このザマだけどと自嘲気味に笑う。

    「ロマンチストだな、お前」

    九井の告白に思わず笑ってしまう。
    自分に原因があった訳では無かったらしい事に安堵したのもあるのかもしれない。

    「…俺なりに真剣だったんだから笑うなよ」

    「俺だって、軽い気持ちでしたんじゃねぇよ」

    恨みがましい目で見られて拗ねたように九井が笑うな、と責めてくる。
    それに乾は苦笑して返せば、うん、と九井が頷いた。

    「わかってる。イヌピーはそういう事、簡単に出来る奴じゃ無いからな」

    その通りだ。乾に取って、キスもセックスだってそれまて考えてもみない事だった。
    世の恋人や深い関係の者たちがそういう事をするのは勿論知っていたが、それが自分の身に起こるなんて考え無かった。
    でも相手が九井なら、良いと思った。
    大切そうに触れられて抱き締められて、好きだなと思った。
    思い出すと、切なくなるけどあの瞬間には確かに幸せだった。

    「それが、まさかあんな風に再会するとは思わなかったけど」

    「俺たちを再会させてくれたの、あのスカウトじゃん」

    「本当だ、ボーナス出してやらなきゃな」

    「アイツ、チャラいけど案外良い奴だしな。」

    「イヌピーが他の男に懐くのは嫌なんだけど」

    なんだよそれ、と笑えば九井も緩んだ顔で笑い出した。
    その顔を見て、内心ホッとしていた。
    九井はもしかしたら乾と再会した事を後悔してるのでは、と思っていたから。

    「ココが仕事くれた時、また会えんのかなって期待してた。今日、飯に誘ってくれたのも本当嬉しかったんだ」

    「俺も、関わっちゃいけないと思ってたけど。でも顔見るとまた会いたいなとか思っちゃうんだよな。簡単に決心とか揺らいじゃって駄目だわ…」

    あーと唸り声を上げながら顔を両手で覆っている。
    その様が少し面白いな、と思ってしまう。

    「ココが俺ともう会わないって、決心揺らいでくれて良かった」

    だってそのお陰で再会してからも何度も会えているんだから。
    もう二度と会わないつもりだったという九井と、こうやって会えているのは素直に嬉しい。
    そう思って笑うと、何故か九井の顔が近付いて来る。
    熱っぽい瞳にじっ、と見つめられてそれから唇を寄せられ…このままだとキスをされるのだろう。
    咄嗟に近付いてきたその唇が触れる前に手で塞いだら、物凄く不満そうな顔をされた。

    「お前手早すぎ。俺と会わない間にどんだけ乱れた生活してたんだよ」

    今の話の流れでよくそうしようと思ったものだ。
    全く油断も隙も無い奴だと睨んだら、やはり不満そうな視線が返って来る。

    「心に居たのはイヌピーだけだから!」

    「そんなん後から幾らでも言えんだろ。お前のお陰で俺は簡単に人を信用しない事にしたんだ」

    近過ぎる肩を押し返して、距離を置いた。
    九井はそこを突かれるとバツが悪そうな顔をしながら、イヌピー…と情けない声で肩に額を預けて来る。
    昔は甘やかされてばかりだったから、こんな風に逆に甘えられると弱い。

    「この界隈のNo.1キャバ嬢とか良い女は、全部九井さんのお下がりって言われてるらしいな」

    「は?!んな訳ねぇだろ…全部じゃねぇよ…」

    ブツブツ言い訳にもならない言い訳を述べている九井の事を、少しでも甘やかしてやりたいと思ったのを後悔した。
    白けた目を向ければしどろもどろでええと、と口篭る。

    「仕事の、一貫。本当に一度もマジになった事なんて無いから…」

    「ふーん、大変そうな仕事だな」

    「い、イヌピー…」

    情けない声で縋るように服の裾を引っ張ってくる。
    昔はもっとクールで格好付けてて、それが様になるような男だったのに。
    でもこういう九井の事をちょっと可愛いなんて思ってしまう自分も大概だ。

    「じゃあ、男とは?」

    「イヌピー以外興味ねぇよ」

    それには即座にそう返してくるから、本当なんだろう。そもそも九井は、女が恋愛対象の筈。
    それを乾はよく知っている。何せ九井の初恋の相手は自分の姉だったのだから。

    「俺が側に居なかった時の事まで責められねぇよ。冗談だ」

    笑って言ってやると、あからさまにホッとした顔をされる。
    九井程の良い男に女が居ないという方がおかしいのだろう。
    本音を言えば面白くは無いが、口出す権利もある訳じゃない。

    「そういうイヌピーはどうなんだよ、彼女とか居たりしたのか?」

    「…俺みたいな奴と付き合う女は居ねぇよ」

    生まれてこの方、九井と違ってモテた経験など無い。
    モテるどころか怖がられたり敬遠されてばかりだ。
    今もバイク屋で客の連れてきた子供に顔を見せただけで泣かれたりする。

    「イヌピー外見だけなら付き合おうって女はたくさん居るんだろうけど。性格がぶっ飛んでるんから普通の女じゃ無理だよなぁ」

    やっぱ俺じゃないと、とか何か言っていた後半は聞いて居なかった。
    それよりも女にモテない事を納得されて、事実でもそれはそれでムカつくなと思う。

    「そういえば…ドラケンは?アイツとは何も無いわけ?最初の1年は一緒に暮らしてたって言ったよな?マジに何も無かった?」

    「お前ドラケンを何だと思ってんだよ、アイツはめちゃくちゃ良い奴なんだからな。いくらココでも怒るぞ」

    「イヌピー弟っぽいつーか、放っておけないオーラ強いから。ああいう面倒見良さそうな奴と絶対相性良いじゃん…」

    九井を諌めれば拗ねたようにそう言う。
    そんな九井は再会してから一番ガキっぽい顔をしてて面白くなってくる。

    「それに、俺の方がドラケンより年上なんだ。俺の方がお兄ちゃんだ」

    ふん、と自信満々で腕を組みながら言ってやるとそういう所だぞイヌピー、と呆れられた。
    何でそんな反応をされるのかと、今度はこちらが不満になる。

    「所で店やめろ、つーのは?」

    「あー、それはマジで辞めていいよ。つうか、もう働かせらんねぇ。」

    話なら俺がつけとくから気にするな、と言ってくる九井。
    何か自分は九井に迷惑掛けてただろうか、と不安になってしまう。
    やはり絡んで来た奴らを返り討ちにしてしまった事か。でもアイツらは辞めてないから、案外根性あるなと思う。

    「イヌピーはちゃんと仕事してくれてたよ。それは助かったマジで。でもイヌピーが他の奴から、女だろうが男だろうが変な目で見られるの嫌なんだよ。俺が」

    「それじゃあ、ココの我儘じゃん」

    返すとそう、俺の我儘だとそう言う事にしようとしてるのが解る。
    恐らく、乾の身を案じての事だというのは流石に解る。
    正直、女とはいえ知らない奴に帰り道待ち伏せされるのは良い気はしない。
    もし付き纏われたりしてバイク屋まで来られては困る。

    「イヌピーを下心アリで見て良いのは俺だけだから」

    「で、本当の所は?」

    わざと茶化して言うのをその真意は、と聞く。
    九井は今度は真面目な顔になって、正直に言うと、と口を開く。

    「さっきも言ったけど、イヌピーの見た目はボーイにしとくと悪目立ちする。そうすると要らぬトラブルの原因にもなるし、心配だからさ」

    九井曰く、乾の容姿で何でキャストでは無いのかと店長や他のボーイが何度か客から聞かれていたらしい。
    そう言う所もキャストの男達から不満の声があったらしい。
    そう説明されて、九井の迷惑になってしまうようなら本末転倒であるし、まあそれなら仕方ないのか。
    それならば、と渋々納得する。
    だがそうなると九井から貰った金の分働けていないのに。
    それに九井との繋がりもそこで途切れてしまうのでは、と思う。

    「そこで、提案があるんだけど。」

    九井は続けてそう切り出す。
    提案とは、なんだろうか。九井からの提案と言うのなら何でも呑むつもりではある。

    「イヌピー俺の家政婦しない?」

    「は?」

    乾は家事能力なんてほぼないに等しい。バイク屋の開店で金が足りず自炊した方が安く済むという時でも、手料理なんて無理だとカップラーメンに逃げた程だ。部屋も掃除なんてしたくないから物は増やさないようにしている。
    洗濯だって干しっぱなしで着るときにハンガーから取る方式だ。
    それなら多分九井の方が手際が良いだろう。
    家政婦だなんて、そんなもの役に立てる気がしない。

    「わかってる。イヌピーに完璧な家事とか全く求めて無いから。」

    そう若干失礼な前置きをして九井は言う。
    週3日ほどで良いから九井の自宅で帰りを待って、一緒に飯を食べてくれるだけでいい。
    独り身だし帰宅してから静かな部屋は結構淋しいものがある、だから話し相手になってほしい。
    という事らしい。

    「そんな事でいいなら別に仕事じゃなくてもいくらでも…」

    「俺も必ず帰れるわけじゃないし、場合によってはドタキャンする事もあると思う。それが約束だと罪悪感湧くけど、仕事として雇ってると思えば対価は支払ってる分気楽だから」

    その言い分になる程、と納得する。
    九井から提示された条件で本当に良いのなら、と了承すれば九井は成立だ、と笑った。
    よろしく頼む、と乾も笑って返せばまたどさくさ紛れにキスをされそうになるから頬を抓ってやった。





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    Replies from the creator

    ギギ@coinupippi

    DONEココイヌだけどココは出て来ない。
    またモブが出張ってる。
    パフェに釣られてイヌピーがJKからココの恋愛相談を受ける話。
    逞しく生きる女の子が好き。
    特大パフェはちょっとだけしょっぱい。乾青宗はその日の夕方、ファミレスで大きなパフェを頬張っていた。地域密着型のローカルチェーンファミレスの限定メニュー。マロンとチョコのモンブランパフェは見た目のゴージャス感と、程良い甘さが若者を中心に人気だった。
     そのパフェの特大サイズは3人前程あり、いつかそれを1人で食べるのが小学生からの夢だった。しかし値段も3倍なので、中々簡単には手が出せない。もし青宗がそれを食べたいと口にすれば、幼馴染はポンと頼んでくれたかもしれない。そうなるのが嫌だったから青宗はそれを幼馴染の前では口にしなかった。
     幼馴染の九井一は、青宗が何気なく口にした些細な事も覚えているしそれを叶えてやろうとする。そうされると何だか青宗は微妙な気持ちになった。嬉しく無いわけでは無いのだが、そんなに与えられても返しきれない。積み重なって関係性が対等じゃなくなってしまう。恐らく九井自身はそんな事まるで気にして無いだろうが、一方的な行為は受け取る側をどんどん傲慢に駄目にしてしまうんじゃ無いかと思うのだ。
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