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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    お弁当屋のバイトの子と俳優さんは、一緒にご飯を食べる。

    いつもより少し短めです。
    期間がちょこちょこ開いててすみません。まだ暫く低ペースだと思います_:( _ ́ω`):_

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!×23(司side)

    「台所、お借りします!」
    「ふふ、好きに使っておくれ」
    「…………では…」

    よし、と意気込んで、用意してもらった包丁を手にする。神代さんの部屋のキッチンは、とても綺麗だ。あまり使っていないと言っていたが、本当にそうらしい。まな板の上に買ってきたキャベツを置いて、芯を軽く切る。冷蔵庫の中にはほとんど食材が無かったし、買い揃えられた調味料はほとんど減っていない。毎週水曜日はバイト先の店に毎週来てくれていたが、その他の日はどうしていたのだろうか。
    ぺりぺりとキャベツを剥きながら、ぼんやりとそんな事を思う。適当に数枚剥いたキャベツの芯を包丁で少し切り落とした。それから、小鍋に水を張って火にかける。
    次はボウルを取り出して挽肉を入れた。パン粉や牛乳、塩コショウなんかの調味料を入れて、ぐにぐにとよく洗った手で混ぜる。冷たくてぐにゃぐにゃする肉ダネは少し感触が面白い。よく混ぜたら、今度はそれを俵型に固めていく。それをお皿に並べているうちに、小鍋のお湯が湧いた。さっき切ったキャベツを入れて、菜箸でつつきながら良く茹でる。

    「天馬くんは、手際が良いね」
    「………そう、ですか…?」
    「ふふ、君が作っているところは見ていて楽しいよ」
    「……………………」

    じわりと頬が熱くなって、視線が下へ向く。キッチンの隅にから邪魔しないように見ている神代さんは、片手に英語の教科書を持っていた。ぱらぱらと中を見ながら、話しかけてくれる神代さんの声になんとか返事を返しながら、手を洗った。

    (………………一人に、なりたい…)

    きゅ、と口を引き結んで、その言葉を飲み込む。
    そんな失礼な事を言えるはずがない。だが、心臓がもう限界だ。なるべく気にしないように料理に集中しようとするが、神代さんの声が聞こえる度に意識が戻されてしまう。手汗で上手くウインナーの袋が開けられなくて、つい力が入ってしまった。ばり、と縦に裂けるほど力強く開いた袋から、ばらばらとウインナーが落ちていく。幸い、まな板の上に散らばるだけでとどまったが、これはまずい。

    (……本当は、一人で買い出しに行って気持ちを落ち着けるつもりだったのだが………)

    はぁ、と小さく息を吐いて、肩を落とす。
    勉強を教えてくれると言ってもらえたのとても嬉しい。嬉しいが、気持ちが限界だった。神代さんの教え方はとても上手で分かりやすい。貸してもらった参考書も分かりやすいし、とても捗ったのは確かだ。だからこそ、お礼がしたかったのも本音である。
    だが、長時間神代さんの傍にいるのは心臓に悪かった。ドキドキし過ぎて苦しいし、時折肩が触れると必要以上に反応してしまって恥ずかしかった。意識しているのがバレてはいないかと、何度不安になったことか。まぁ、神代さんはオレの好意に気付いて無さそうで助かったが。

    (…思いきって食事に誘ったのは、やり過ぎただろうか……)

    神代さんはオレの料理をとても喜んでくれる。お世辞だとは思うが、それでも嬉しかった。少しでもお礼になるならと夕飯作りを提案したが、それは建前だ。オレが、神代さんの傍にもう少し居たかった。だから、神代さんが受け入れてくれたのはとても嬉しくて、舞い上がってしまったのだろう。先程からそわそわしてしまうし、心臓も煩くて敵わん。落ち着くためにも、一人になりたかったから。
    だというのに、神代さんが全然離れてくれないっ…!

    「…えっと、パスタとか、あったりしますか?」
    「確かあると思うよ。……ここにしまっていたはずだけど……、あ、あった、これだね」
    「ありがとうございます」

    細長いパスタ麺を受け取って、中から二本ほど取り出す。三等分程にパキッ、と割って、準備は完了だ。茹でたキャベツをまな板に広げて、肉ダネを乗せる。くるくるとそれをキャベツで巻いて、巻き終わりはパスタを差して止めた。それをいくつも作って、大きめの鍋に並べていく。

    「……パスタを作るわけでは無いのかい?」
    「はい。爪楊枝でもいいんですけど、パスタを使う方が抜かなくて済むって、本で読んだので」
    「面白い使い方だね」

    まじまじと隣から手元を見てくる神代さんに、平常心を装って返す。正直、声が裏返りそうだ。叫んで逃げ出したい程の恥ずかしさを押し込んで、鍋にお水を注ぐ。コンソメとウインナーなんかも入れて、火をつけた。煮る間に、お米をといで炊飯器にセットする。
    使ったものを軽く片付けてから、今度はボウルに玉子を割り入れた。かちゃかちゃと混ぜて、フライパンにバターを入れて溶かす。とろとろの玉子を流し入れて、菜箸で軽く掻き混ぜて、端から巻いていった。くるくると綺麗に巻けたことにホッとして、それをお皿に移す。

    「すごいね、とても綺麗だ」
    「…ありがとうございます」
    「天馬くんは本当に料理上手だね」
    「……そんな事は、ない、ですよ…」

    神代さんはなんでも褒めてくれるので、なんだか照れくさい。テーブルに持っていくね、とオムレツの乗ったお皿を持っていく後ろ姿を見送って、はぁ、と大きく息を吐いた。少しだけ、気が抜けてしまう。
    好きな人の傍、というのは、皆こんな感じなのだろうか。それならば、オレはいつになっても慣れる気がしない。叶わないとは分かっているが、神代さんの言動は勘違いしてしまいそうになるものばかりだ。あんなにも嬉しそうな顔をされては、もっと喜ばせたいと思ってしまう。

    「………神代さんは、演技がとても上手な人気俳優だからな…」

    オレ一人をその気にさせるのは簡単だろう。そう思うと、浮かれているる自分が少し情けない気もするが…。ことこと、と煮込む音に交じって、ドキドキと煩い心音が響く。大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。しゃがんでいる姿を見られたら、きっと心配かけてしまうからな。すく、と立ち上がって、鍋に視線をもどした。
    いい感じに煮えてきたそこへ、コーンをぱらぱらと入れていく。スプーンでスープを掬って飲んでみてから、胡椒を少し入れてみる。味を整え、蓋をしてもう少し煮込む。そうしていれば、神代さんがキッチンに戻ってきた。

    「飲み物は、さっき買ったお茶でいいかい?」
    「はい」
    「もう出来るのかな?」
    「そうですね。そろそろ大丈夫だと思います。ご飯が炊ければ、食べれますよ」
    「なら、待っている間にさっきの続きをしないかい?」
    「是非、お願いしますっ!」

    カチ、と火を止めて、神代さんについて行く。リビングのテーブルはそのままになっていて、続きから問題を解いていった。隣に座る神代さんは、変わらず丁寧に教えてくれて、分かりやすかった。英語の発音も綺麗で、つい聴き入ってしまいそうになる。ルーズリーフに文字が増えていき、消しゴムのゴミが増えていく。静かな部屋にペンの擦れる音と、神代さんの声だけが落とされる。そうして次の問題に取り掛かろうとした時、ピーッ、と軽快な音が響いた。

    「…ぁ…」
    「おや、炊けた様だね」
    「教えて頂き、ありがとうございました…!急いで片付けますっ…!」
    「そうだね。今日はここまでにしようか」

    ゆっくりでいいよ、と笑う神代さんから顔を逸らして、手早くテーブルの上を片付ける。神代さんと居ると、時間があっという間に過ぎる。ドキドキするのも忘れるくらい集中出来て良かった。手で軽く消しゴムのゴミを集めてゴミ箱に捨てる。鞄に全てしまって、身の回りを軽く確認してから立ち上がった。キッチンにもどって手を洗ってから、鍋に火をつける。冷めてしまったオムレツは電子レンジで軽く温めた。神代さんが用意してくれたお茶碗にご飯をよそって、手渡す。後はスープ用のお皿に鍋の中のロールキャベツをよそう。ウインナーとコーンのコンソメスープ風ロールキャベツだ。それをダイニングテーブルへ運ぶと、神代さんが割り箸を手渡してくれた。

    「割り箸ですまないね」
    「大丈夫です」
    「今度、天馬くんの食器を一通り揃えておかないとね」
    「…そ、それは…、誤解、されそうなので、遠慮します……」

    にこにことそんな冗談を言う神代さんに、思わずもごもごと口篭りながら断った。神代さんの婚約者さんに、申し訳ないからな。浮気を疑われては、オレは弁明が出来んしな。オレの一方的な片想いです、なんて言っても、余計拗れる気がする。いや、そんな事は絶対言えないが…。
    首を傾げた神代さんは、聞こえていなかったのかにこにこしたまま手を合わせていた。

    「これは、スープかい?」
    「えっと、ロールキャベツをコンソメスープで煮たものです。スープとしても楽しめますよ」
    「そうなんだね、それじゃぁ、いただきます」

    食前の挨拶をした神代さんがスープ皿に手を添えた。それを見て、慌てて口を開く。

    「あの、キャベツは苦手でしたら外して大丈夫ですよ…!キャベツ以外の野菜は使ってないので、それ以外は大丈夫だと思うんですが…」
    「ありがとう。…でも、大丈夫だよ」

    お箸でロールキャベツを軽く半分にしてから、神代さんがそれを口に運ぶ。綺麗な所作に、目が逸らせなかった。濡れた唇を赤い舌がゆっくり舐める様に、ドキッとしてしまう。伏せられていた月色の瞳がオレへ向けられて、優しく細められた瞬間、息を飲んだ。

    「…うん。柔らかくて、口の中で溶けるようだ」
    「ぁ、…そ、そうですか…! キャベツの芯はなるべく切ったので、葉の部分だけなら、柔らかくて食べやすい、かと……!」
    「あまり苦味も感じなくて、食べやすいよ」
    「よ、良かったですっ…!お、オレも、いただきますっ!!」

    ぱちん、と手を合わせて割り箸をパキ、と半分に割る。誤魔化すようにロールキャベツをお箸で一口大に切って口に放った。じわぁ、と肉汁がコンソメスープと一緒に口の中に広がる。いつもより長めに煮たキャベツはとろとろと柔らかくなっていて、すぐに消えてしまう。肉ダネは柔らかいハンバーグの様だ。今回は玉ねぎや人参を使用してないが、今度はすりおろして混ぜてみてもいいかもしれない。ごくん、と咀嚼したものを飲み込んでご飯を掬う。炊きたてのご飯はふっくらしていて少し甘い。口内に広がるほんのりと甘い味は、気持ちが落ち着く気がした。スープ皿を持って、口をつける。く、と軽く傾けると、じんわりと温かいスープが流れ込んでくる。胡椒のピリッとした味が丁度いい。コーンを噛むと甘みが広がって楽しい。それを飲み込むと、身体の内からじんわりと温かくなっていくようだ。

    「……ん、…」

    さっきまでの緊張感や恥ずかしさが和らいでいく。ほぅ、と息を吐くと、向かいに座る神代さんが口元に手を当てた。優しく目を細める神代さんに気付いて首を傾げると、ふわりと微笑まれる。

    「…やっぱり、君の食べている時の表情は可愛いね」
    「…………ぇ…」
    「オムレツも美味しいね。とろとろしていて食べやすいよ」
    「…………は、ぃ、……?」

    ケチャップをかけたオムレツをスプーンで掬いとって、神代さんはぱくぱくと食べ進めていく。呆気とそんな神代さんの姿を見つめたまま、オレは首を傾げた。思考が上手く回らなくて、何を言われたのか理解できない。
    気付いたら、食べ終わった食器を神代さんが片付けてくれていて、オレは放心したままずっと椅子に座っていた。
    片付け終わった神代さんに声をかけられるまで、オレはずっとフリーズしていた、らしい。

    ―――

    「今日は、ありがとうございました…!」
    「こちらこそ、美味しい食事をありがとう」

    暗くなった道を、神代さんと並んで歩く。一人で帰れます、と言ったが、やんわりと却下されてしまった。『もう少し一緒にいたいから、送らせてくれないかい?』と言われてしまっては、頷くしかできなかった。前にオレが追われた事もあって、心配してくれているのは分かる。分かるが、こう遠回しに『危ないから』と言われては断れない。これ以上心配をかけるわけにもいかず、渋々送ってもらうことになった。
    いや、オレだって一緒にいる時間が延びるのは嬉しいが…。

    「そう言えば、天馬くんは実家から専門校に通うのかい?」
    「いえ。高校を卒業したら、家は出るつもりです」
    「そうなのかい?君の実家からでも十分通いやすいと思うけど」
    「元々、一人暮らしをするつもりでバイトも頑張っていたので、家は出ようかと思っています」

    不思議そうにする神代さんに、そう返した。えむに誘われたのがきっかけではあったが、その為にずっとお金を貯めていた。両親はあまり気にしないとは思うが、オレも、一人で生活できるようになった方がいいからな。幸い、一人暮らしをしてもそれなりに生活できる自信もある。だが、専門校に行くからには、今まで通りバイトが出来るかも分からないので、少し悩んでもいる。

    「そうなんだね。一人暮らしに憧れているのかい?」
    「いえ、少しでも自立したいと思って…」
    「立派な心がけだね。………自立、ね。それなら、もし、君さえ良ければ、僕と一緒に住むのはどうかな?」
    「…………へ…?」

    驚いてバ、と顔を向けると、神代さんはにこにこと笑っていた。またいつもの冗談だろうか。実に心臓に悪い冗談だ。変な汗が掌に滲んだ気がして、そっとズボンで拭う。歩く足音が、何故か大きく聞こえた。

    「天馬くんは料理も上手だし、掃除もできるからね。僕としては有難いかな」
    「……そ、そんな事…」
    「僕は仕事が不規則だから家に居ないことも多いし、それなりに一人の時間は作れると思うよ?」

    次々と出てくる神代さんの言葉に、視線が泳ぐ。
    確かに、神代さんの部屋は最初すごかった。それはもう、沢山の物が広がっていて足の踏み場がないほどに。けれど、それは神代さんが色々なものに取り組んでいるからだ。ちらっと見た図面には、びっしりと書き込みがしてあったし、どれも素晴らしかった。もし時間があるなら、どんな物なのか聞いてみたかったほどだ。置いてあった機械たちも、見ていてとてもわくわくした。
    それに、一人暮らしならば散らかっているのは問題ではないだろう。客人が来ると困る事もあるが、それ以外は自分が困らなければ自由だろう。
    神代さんが忙しいのも知っている。家にほとんど居ないなら、確かにオレも一人の時間を取れるかもしれん。だが、流石にこれ以上神代さんに甘える訳には…。

    (それに、神代さんの婚約者さんが、嫌な気持ちになるだろう…)

    同性とはいえ他人が婚約者と一緒にルームシェアするなんて、そんなおかしな話はない。それならば、婚約者であるその人が一緒に住むべきだ。

    「更に、休みの日や仕事が終わったあとならいつでも君の勉強を見てあげられるし、役者としての指導もアドバイスだって出来る」
    「…ぅ……」
    「僕も映画や舞台の鑑賞は好きだからね。お互いのオススメを見せ合って感想を話し合うのも楽しそうだね」
    「ぅ、………むぅ……」

    追い討ちをかけるかのように提案された言葉が、胸に刺さる。あの俳優神代類の指導が受けられる。それは確かに魅力的な話だ。前に指導を受けた時もとても良い経験になった。神代さんの隣に並ぶ役者になるためには、是非とも受けたいものだ。
    それに、勉強を教えるのもとても上手だった。分からないことがあれば教えてもらえる、なんてかなり有難い話である。だが、忙しい神代さんの手を煩わせてしまうのも気は引けるし…。
    神代さんとオススメの映画やお芝居を観るというのも惹かれてしまう。観たい。神代さんが普段どんな視点で観ているのか、どんなものを好むのかとか、すごく知りたいっ…!
    眉を寄せて顔を顰める。どう聞いても、オレにメリットが多い。いや、神代さんと一緒に居られるのなら、これ以上ない話なのだが…。

    「部屋も余っているから、天馬くんの自室だって用意できるよ」
    「………で、すが…」
    「家賃は僕が今まで通り払うし、君には軽い掃除と食事を受け持ってもらえると、とても有難いのだけど…」
    「……っ、………ぅ、ぐぅ………」

    眉を下げてオレを伺うように見てくる神代さんから顔を逸らす。この顔はダメだ。頷いてしまいたくなる。というか、何故こんなに誘われているんだ?!冗談ではないのか?!お世辞とか、社交辞令とか、そういうのではないのか?!
    ばばば、と顔を腕で隠して、深く息を吐く。落ち着け、天馬司。これはあれだ、オレに都合のいい夢か何かだ。そう思い至って、頬を指でつねってみた。痛かった。

    「それ以外は好きに過ごしてくれていいし、友人を呼ぶのだって止めないよ。その時は事前に連絡をくれれば退室だってするから」
    「…………いゃ、…それは、さすがに…」
    「僕としては、君とひとつ屋根の下で暮らせるなんて嬉しいからね」
    「ほっ…、ほほ、保留っ!! 保留にさせてくださいっ…!!」

    ぼふっ、と一気に顔が熱くなって、慌ててそう言った。今すぐに『はい』なんて言えるわけが無い。それに、少し落ち着かねば、このまま流されてしまいそうだった。オレが少し大きな声でそう言ったからか、神代さんは苦笑を浮かべた。

    「…保留、ね。なら、良ければ考えてみておくれ」
    「……は、はぃ………」
    「困らせてしまってすまないね」

    立ち止まった神代さんに気付いて足を止めると、いつの間にかオレの家の前だった。さっきまでの表情とはうって変わって、にこりと神代さんが笑う。本当に、さっきまでのは、夢だったのではないかと思わされてしまう。どこまでが、神代さんの本音なのだろうか。
    ふらふらとする足取りのまま家の鍵を開ける。顔だけ振り返ると、神代さんはひらひらと手を振ってくれていた。それに小さく会釈で返す。

    「お、おやすみなさい…神代さん」
    「おやすみ、天馬くん」

    優しい笑顔でそう言われ、早る胸をおさえてドアを閉めた。バタン、と閉まったドアの鍵をかけて、ずるずるとドアを背にしゃがみ込む。

    「………神代さんに会う度に、毎回、頭がいっぱいいっぱいだ…」

    暫くその場で動けなくなってしまい、タイミング悪く帰ってきた両親に驚かれたのはまた別の話である。

    ―――
    (類side)

    「保留、かぁ…」

    部屋の戸を閉めて、鍵をしっかりかける。さっきまで天馬くんがいたせいか、いつもより部屋の中が広く見えた。もしかしたら、彼が片付けてくれたからかな。ぼすん、とソファーに腰を下ろして、軽く天井を見上げる。浮かぶのは、困った様に顔を背ける天馬くんばかりだ。

    「………あのまま、もっと上手く言いくるめてしまえば良かったかな…」

    保留なんて認めずに、彼に都合のいいことを並べて押し切ってしまえばよかったかもしれない。彼は押しに弱そうだからね。あんなにも顔を赤く染めて、嬉しそうな顔をしたり困ったような顔をしたりと表情を変える天馬くんはとても可愛らしかった。いっそ壁際に追い詰めて耳元で囁くように頼み込めば、すぐに頷いてくれたかもしれないね。

    「…まぁ、反応は悪くなかったから、時間の問題かな」

    落ち着いて考える時間も必要だろうからね。真面目な彼の事だから、色々懸念事項があるのかもしれない。それなら、一度落ち着いてから考え直してもらおう。その上で、もう一度口説くとしようじゃないか。
    天馬くんが一人暮らしなんてしたら、彼を狙う変な輩が押しかけて危なそうだしね。目の届く所に居てくれないと、安心出来そうにない。
    それに、この中途半端な関係も、一緒に暮らしながらアプローチをかけて、彼の気持ちを引き出してあげればいい。

    「さて、…そうなると、そろそろあの件も進めないといけないね」

    取り出したスマホのメッセージアプリを開いて、マネージャーの名前を探す。着信ボタンをタップすると、数コールの後、『もしもし』という声が聞こえてきた。

    「夜遅くにすまないね、近々、話し合う時間を作ってほしい相手がいるのだけど」
    『………それって、あそこの管理責任者のこと?』
    「おや、話が早いね。そろそろ、あの計画を始めようかと思ってね」

    机の上にまとめられた紙の束を手に取って、広げていく。図面が多いその中に数枚混じった企画書を見つけ、机上に広げた。見慣れた園内図と、僕と寧々で計画を立てた案が書き込まれたそれを指でなぞる。
    一拍置いた後、寧々は小さく息を吐いた。どこか迷うような声音が、機械越しに聞こえてくる。

    『…あれ、本気でやるの?』
    「勿論。僕は特にこだわっていたわけではないからね」
    『………まぁ、類がそう言うなら、わたしは構わないけど…』
    「それに、今から始めれば素敵な仲間が出来そうだからね」

    想像するだけで、絶対に楽しいと分かる。
    彼に会って、ずっと考えていた計画が初めて色を変えた。寧々と考えていた時は、それこそ夢物語でしかなかったのだけれどね。きっと、天馬くん達なら、楽しくしてくれる。僕の求めていたものになる。

    『なら、明日電話で調整してもらってみる』
    「ありがとう、寧々」
    『…でも、なんで急に言い出したの?』
    「ふふ、実はさっきまで天馬くんと会っていたのだけどね」
    『………また、“天馬くん”、ね』

    はぁ、と電話越しでも隠す気のない溜息を吐いて、寧々が呟く。分かっていて聞いたのだろうにね。こうなったら、全部聞いてもらおうじゃないか。本屋で会ったことも、彼に勉強を教えたことも、一緒に食事をしたことも、それから、帰り道でのやり取りも。
    一つひとつ話せば、寧々は途中で呆れた様にまた大きな溜息を吐いた。見えなくても、彼女が手で額を抑えているのが分かる気がする。

    『…あんた、また勝手なことを……』
    「名案だろう?天馬くんが僕の家に住めば、天馬くんにいつでも会えるし、周りに気を遣うこともないからね」
    『だからって、あんたの立場でその行動は軽率過ぎるでしょ』
    「安心しておくれ。周りに誰もいないかは確認したからね」
    『そういう問題じゃないから』

    はぁ、と三度目の大きな溜息を吐かれてしまった。確かに、漸く周りが落ち着いてきたとはいえ、まだどこで誰が後をつけているかは分からないからね。寧々の心配もよく分かる。けれど、僕は天馬くんとの事を公表されても構わないからね。彼に迷惑がかかるかもしれないのはいただけないけれど、それで彼に手を出す人が減るならそれは有難い。

    (……天馬くんは隙が多いから、彼も気付かないうちに他人に横取りされてしまいそうで危ないしね…)

    そうなる前に囲ってしまいたいと思うのは仕方ないだろう。彼も今のところ嫌がる素振りはないからね。彼が高校を卒業さえしてくれれば、遠慮なく僕も手を出せるし。ぼんやりとそんな風に考えていれば、通話口で『類?』と名前を呼ばれた。返事を返すと、彼女は呆れたような声でもう一度僕の名前を呼ぶ。

    『……もう切るからね。明日も早いんだから、寝坊しないでよ』
    「分かっているよ。それじゃぁ、よろしくね、寧々」
    『はいはい。じゃ、おやすみなさい』

    ぷつん、と通話が切れたのを確認してスマホの画面を消す。これで、大丈夫だろう。寧々は本当に仕事を良くしてくれるからね。彼女には頭が上がらないよ。スマホを机に置いて、ソファーに寝転がる。

    「………彼は、一体どんな反応をするかな…」

    そんな事を考えれば、口角は自然と緩んでいった。
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