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    下町小劇場・芳流

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    POIPOI 41

    大昔の俺屍小説。

    #俺の屍を越えてゆけ
    goBeyondMyCorpse.

    「鬼鏡」 疫神2
     京を取り巻く鬼の巣窟は数あれど、自ら「地獄」の名を冠するものは、一つしかなかった。『地獄巡り』と呼ばれるこの洞窟は、そう呼ぶに相応しく、川の向こうの景色とはうって変わって、地面も壁も凍てつく氷に覆われていた。
     草鞋を履こうとも、突き刺さるような寒さが足を貫く。立ち止まっていたら、そのまま凍えてしまいそうだった。
     明梨は吐く息で、掌を暖めた。指先は、すでに真っ赤に染まっていた。なまじの温もりは、かえって手を傷めてしまう。しかし、明梨はそこに走る痛みをものともせず、愛槍『千手の鉾』を担ぎ、走った。
     確かに、こんな『氷雪針地獄』では、少しでも動いていた方が温かい。しかし、彼女が歩みを急ぐのはそのためだけではなかった。
     『氷雪針地獄』は、どこもかしこも薄汚れた灰色に覆われた、永遠の冬の世界だ。氷が地面の暗い色を写し、陰の気を留めている。だが、明梨の視界には、そこだけ鮮やかな赤い髪が揺れていた。
     明梨は、一点の紅から目を離さず、先を急いだ。もう少しで追いつこうかというそのときに、低い天井の『氷雪針地獄』に重い銃声が響いた。明梨は白い息を弾ませながら、大きく冷気を吸い込んだ。
    「兄貴!待てよ兄貴!!」
     その声が届いていないはずはない。しかし、赤い瞳は彼女を顧みることはなかった。春日は大筒を構えたまま、一人鬼の群れの中に佇んでいた。
     鬼は、天狗だった。それと春日の間には、槍や剣では埋められない微妙な距離が出来ていた。
    先程春日に飛び掛った山伏姿の『ミソギ』は、すでに彼の足元で動かなくなっていた。高下駄の天狗『天魔大将』も、一瞬で躯と化したその様に顔を引きつらせていた。
     天魔大将は、八手の扇子で風を呼んだ。鬼は自ら呼んだ風に乗り、そのまま彼に背を向けた。
    「逃がすか。」
     春日は眉一つ動かさず、引き金を引いた。一瞬、赤い羽根が宙を舞った。天魔大将は背中から打ち抜かれ、どっと地に体躯を投げ出した。
     大将を仕留められ、『アタラマ』は闇雲に飛び跳ねた。正気は失われているのだろう。飛び掛ってきたそれを、明梨は千手の鉾で打ち払った。
     おののき、逃げ惑う雑鬼どもさえ、春日は容赦なく大筒で狙っていた。
     しかし、その弾は春日の意思に背き、あらぬ方向にはじけて飛んだ。明梨は、大筒を構えたままの春日の肩を掴み、強引に振り向かせていた。
    「待てって言ってんだろ!聞こえないのか!」
     至近距離で怒鳴られたにもかかわらず、春日は不快げに眉を潜めただけだった。明梨の手を払い、また、一人先に歩みを進める。
     明梨も仕方なく、その後を追った。
    「兄貴!」
    「邪魔だ。」
    「討伐先では四人で動くのが当たり前だろ。ばらばらになってどうすんだ。危ないじゃないか。」
     集団で動く鬼には、集団で対抗する。それがこれまでの鉄則だ。討伐は、人手不足でもない限り、いつも四人で行くことが決まっており、危険を伴う単独行動は禁じられていた。
     今回も、隊長明梨を筆頭に、春日、時雨、吹雪の四人で討伐に訪れているのだ。しかし、自分の調子で先に進む春日に追いついていけるのは、明梨一人きりだった。時雨、吹雪の姿はまだ遠く、背後にかすんで見えた。
     だが、春日は振り向きもしない。
    「群れたければ勝手にしろ。雑魚に気を使っている暇はない。俺は先に行く。」
    「ふざけるな!隊長は俺だ。兄貴といったって、俺の言うことを聞け!」
     明梨は激昂した。同じ一族を雑魚呼ばわりされ、気分の言い訳がない。この人を人とも思わない春日の物言いが、明梨は嫌いだった。
     しかし、その隙にも春日は足を止めることもなく、大筒の銃声を響かせた。
     天井と床に、『火神招来』の怒号がこだまする。それとともに、何かが倒れる音がする。二つの音は、繰り返し繰り返し、春日の前に響いていた。
     もう、彼に向かってくる鬼はいなかった。遠巻きに春日を眺めているだけだった。しかし、それでも、彼は許すことなく大筒の餌食としていた。
     明梨の目に、それはひどく無意味に映った。何故、こんなにまでむやみに命を奪おうとするのか。彼の戦いは、己の身を守るためのものではなかった。
    「こんなことして・・・楽しいのかよ。」
     しかし、春日の面には笑みすら上っていないことを、明梨はよく知っていた。いや、そもそも彼に笑うということがあるのか。
     明梨は、すぐさま思いなおすしかなかった。
     気がつくと、春日はすり鉢状に口を開けた、大穴の前に立っていた。何の冗談か、ご丁寧に読む人もいない立て札まで立てられているそこは、通称『銀の穴』。かつて、先代の当主たちも訪れたことのあるところだった。その手記には、なんと記されていただろうか。
     明梨は顔色を変えた。
    「兄貴!待てッ!!そこはホントに駄目だ!」
     だが、明梨の願いも空しく、地響きが起こった。大地が揺れ、明梨は千手の鉾で辛うじて己を支えた。ようやく揺れの収まったそのときには、春日の上に巨大な影が落ちていた。一本一本が身の丈ほどもある無数の足が、不気味にうごめく。節々に分かれた長い腹が、大きく呼吸して上下している。そして、そこだけ不釣合いに歪んだ顎には、鋭利な鎌がむき出しになっていた。
    「大百足(むかで)・・・!」
     明梨は背筋を凍らせた。大百足は、春日を一呑みに出来そうな口をゆっくりと開けた。その姿にふさわしく、これまでも数ある討伐隊を腹に収めてきたのだろう。これまで戦ってきた鬼どもに比べ、百足の肢体は巨大すぎた。
     それでも春日は顔色も変えず、同じように引き金を引いた。聞きなれた銃声が、再びこだまする。しかし、大百足は銃声を腹にめり込ませたまま、かまわず春日に食いついてきた。
    「チッ、鈍い奴が。」
     春日は腹立たしげに毒づいた。軽い身のこなしで背後に飛び、大百足の顎を交わした。
     身を引きながらも、春日はなおも大百足に照準を合わせた。『火神招来』が火を噴く。しかし、腹に銃弾の斑模様を作りつつも、大百足はその歩みを止めることはなかった。春日の眉が、忌々しげに釣りあがった。
    「『梵ピン』!」
     春日の背後で甲高い声が響いた。声とともに熱い光が彼の身を包む。春日は身の内に、常にない力が宿るのを感じた。
     一陣の、涼風が吹いた。春日の脇を、風が駆け抜けた。
     風は大きく舞い上がり、大百足の頭上に、銀色に輝く光がきらめいた。
    「ここだあっ!!」
     『梵ピン』の力を受けた千手の鉾が、大百足の頭を貫いた。突如、脳天に強烈な痛みを感じた大百足は、悲鳴ともつかない音で喉を鳴らし、百本の足で地を叩いた。
     大百足の頭を踏みしめていた明梨は、そのまま大地に投げ出された。
     百本の足と、百尺の腹が大きくのたうつ。痛みで何も見えない大百足は、何度も体を地に打ち付けた。弾き飛ばされた明梨が顔を上げたとき、彼女の目前に巨大な腹が迫っていた。
    「マズイ・・・!」
     押し潰される。
     明梨は咄嗟に、半身のまま槍を突き出した。
     鈍く、肉の破れる音がした。手元に緑の血がべっとりと流れ込んできた。
     一瞬、大百足の動きが止まった。ぴんと、糸の張った静寂に包まれた。
     静寂は、銃声にかき消された。爆音とともに、百足の鎌首が吹き飛んだ。
     『梵ピン』の術で強化された大筒の弾が、大百足の頭を微塵にしていた。
     明梨は倒れそうになる大百足の腹を押しのけ、その肢体の下から這い出した。寸でのところで、轟音を立て、大百足の肉体が地に伏した。ほこりが舞い上がり、やがて、何も動かなくなった。
    「勝った・・・のか?」
     明梨は口の中で呟いた。その面持ちは、半ば呆然としていた。そのまま彼女は面を上げた。
    「なあ・・・兄貴・・・。」
     大百足の向こうに見える兄の姿を目に、明梨は声を詰まらせた。彼女の唇が、かすかに何かを言いたげに動き、喉がこくりと上下した。
     けれど、それきり、明梨の唇は何の音も紡がなかった。


     出撃隊の任務は、当主への報告で幕を閉じる。
     『地獄巡り』から戻ったばかりの明梨と吹雪は、戦装束を解くのもそこそこに、当主桂花の部屋に通されていた。
     彼女たちの前には、歴代の当主たちが築きあげた、地獄の地図が大きく広げられていた。鬼を描いた草子もある。桂花は、二人の声に耳を傾けながら、新たな冊子に筆を落としていた。
     明梨は地図を眺めもせず、ここ一月の記憶を桂花の前に示した。
    「黄泉坂、賽の河原はもう何てことないです。いつもどおりに、三途の川の婆さん、はっ倒してきました。そん時に、時雨が張り切ってて、新しい技、編み出したんですよ!」
    「それはすごいわね。後で褒めてあげないとね。」
    「氷雪針地獄は寒くって・・・。もう行きたくないです。でも、大百足、倒してきましたよ。朱の首輪もこの通り、大百足からもぎ取ってきました。」
    「大百足、あれも神であったのだな。解放されたようだ。」
     明梨の報告に、吹雪も後押しした。
    「そう。これで行方不明の神々は全て天に戻ったのね。二人とも、ご苦労様。」
     桂花は微笑み、討伐隊の労をねぎらった。桂花のような女性に微笑まれると、同性でも照れくさい。明梨は恥ずかしそうに少し目をそらして笑みを浮かべた。
     しかし、穏やかな時間もここまでだった。桂花は笑みを消すと、何よりの懸案を切り出した。最大の問題は、いまや自分たちの内に存在していた。
    「春日は、どうだったの?」
     上げられた名に、一瞬、会話が止まった。吹雪と明梨は顔を見合わせ、まずは吹雪が口火を切った。
    「そのことだが、桂花殿。せっかく賜った隊長の称号であったが、明梨に譲らせてもらった。無断ですまなかったな。」
    「ごめん、桂花様。」
     同時に、明梨も頭を下げた。当主が出陣しない場合、討伐隊隊長は当主より任命される。今回の討伐隊長は、最年長である吹雪のはずだった。その命を勝手に破るなど、本来はあってはならないのだ。
     吹雪は続けた。
    「だが、桂花殿、やはり春日を抑えられるのは明梨だけだ。私では、あ奴に追いつくことも出来ん。」
    「そう・・・それは私の方も間違っていたわね。二人とも、ごめんなさいね。」
    「桂花殿のせいではない。私の力不足だ。」
     桂花は、明梨に問いを向けなおした。
    「明梨、春日はどうだった?」
     桂花の問いに、明梨は肩をすくめた。いかにも不満げに、明梨は唇を尖らせた。
    「相変わらずですよ。一人でさっさと行っちゃうし。危ないったらありゃしない。協調性のかけらもないんだから。」
     もともと春日に協調性を求める方が間違っているのだ、ということは誰しも解っている。いまさら目新しいことではない。
     しかし春日の話をするたびに、いつも怒りを露にしていた明梨の顔が、このとき、ほんの少し和らいだ。桂花は目を見張った。
    「でも、桂花様・・・。」
     明梨は言葉を区切った。やっぱり少し照れくさそうに、畳に視線を落としながら、彼女はぽつりぽつり呟いた。
    「もしかしたら何とかなるかもって・・・本当になんとなくだけど・・・何があったって訳じゃないけど・・・俺、兄貴と討伐、やっていけるんじゃないかって・・・思ったんです。」
     確信があるわけではない。根拠があるでもない。ただ、これまでずっと重荷でしかなかった彼の存在が、ほんの少し、軽くなったような気がした。春日とて同じ一族なのだ。
     照れながらも呟く明梨の言葉を耳に、桂花の頬も、自然、ほころんだ。その感覚が誤りでないようにと、当主は心内で祈っていた
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