ブロークン・ポラリス木枯らし吹きすさぶ冬の頃。
司令はこの季節が嫌いだった。
寒さは手足の付け根に痛みを呼ぶし、更に服の隙間から入り込んで体を冷やす。
そして何より、忌々しいあの事故。
自分達が割れた日も、こんな雪の無い、ただただ冷たい冬だった。
「早く帰ろう」と攻手を急かして歩いていると、
「わぷっ」
顔に勢いよく何かがぶつかった。
それはひらりと司令の膝に落ちる。
「どうした? 司令」
「別に。突然風でチラシ……が……」
チラシの内容を見た瞬間、司令の瞳が揺れた。
それは、プラネタリウムの開催を知らせるものだった。
プラネタリウム。星を鑑賞する施設。
そう、星。自分達が割れた日、無慈悲に頭上を照らしていたもの。
そのせいで、か細くそれでも途切れない白い息と、自分達から流れる赤い血から上がる湯気が生々しく、鮮明に見えてしまった。
──今の司令にとっては、一番に忌むべきもの。
「……司令……?」
「すみませ~~ん!」
遠くから、チラシを抱えた女性が走り寄ってきた。
「風でチラシ飛んじゃって……。あの、こんなきっかけで言うのもなんですけど、どうですか? プラネタリウ……ひっ」
にこやかに話しかけた女性は、司令の殺気の籠った視線に怯んでそのまま去ってしまった。
それでもなお、司令の怒りは消えない。体は震え、唇も固く噛み締めている。
もしも手があったなら、チラシを粉々に破り捨てていたはずだ。
……それさえ出来ない体が、あまりにも憎々しい。
「……膝にあるチラシ、捨ててくれないか」
「ああ、分かった」
何も聞かず、攻手は言われた座標に手を伸ばし、チラシを取る。
内容が見えないようにくしゃくしゃに丸めると、道端に投げ捨てた。
「行こう、攻手。65・35・21……」
座標の暗号を唱える司令の声を聞きながら、攻手は司令の異変を考えていた。
車椅子越しに感じた震え。嚙み殺すような息と、司令に話しかけてすぐに逃げてしまった声と足音。
原因はおそらく、プラネタリウムだろう。
……あの事故から、司令は『星』にまつわる物を忌むようになった。
詳しい原因は攻手には分からないし、聞かれたくないだろうと思い司令に尋ねた事もない。
ただ、おそらくだが。自分が光を、司令が手足を失ったその時。
深夜二時の冬の空は、綺麗に澄み渡っていた。
思えば、あれが自分が最後に見た星空だった。
だからきっと、事故に遭ったその瞬間。彼の目には、その星空がとても残酷に映っていたのだろう。
その気持ちは、分からなくもない。
共に事故に遭ったのだから。互いの気持ちを理解できるのは、自分達二人だけだ。
それでも、攻手は星を嫌いにはならなかった。
……いや、違う。目が見えず、光を失った今の自分にとっての星は、司令ただ一人なのだから。嫌いになれるはずもない。
だが、攻手はその事を決して司令には伝えない。
きっと死ぬまで胸に秘め続けるだろう。
道しるべの一つ星は、既に壊れてしまったのだから。