「雨彦、今日は楽しんでいただけましたか?」
そう尋ねるクリス自身がニコニコとご機嫌な様子なのを見て、雨彦はふっと微笑んだ。
「ああ、楽しかったよ」
「それは良かったです!」
「古論が準備を頑張ってくれたんだろう?ありがとうな」
雨彦の誕生日を祝うため、クリスがそれはもう奔走していたらしい、というのは先ほど想楽から聞いた話だ。
事務所でのパーティーに、二人からのプレゼント。誕生日恒例ともいえるそれらが、この年になっても嬉しいと感じるようになるとは、アイドルになる前の自分は思っていなかった。
パーティーは盛り上がり、もういい時間だ。プロデューサーは想楽を送りに出てしまい、居合わせた仲間たちも片づけが一段落すると順に帰路についていった。
最終的に事務所に残ったのは、本日の主役である雨彦と、鼻歌でも歌い出しそうなくらいご機嫌なクリス。軽い足取りのクリスはテキパキと残りの片づけを終えて、雨彦の隣に腰掛けた。
クリスは人が喜んでいる姿を見て、我が事のように喜ぶ。そんなクリスを見ていると、雨彦までさらに嬉しくなってしまうのだから、単純なものだ。
そしてそれと同時に、そんなクリスに対してほんの少しだけ悪戯心が芽生えてしまったのも、仕方のないことだと思う。
「古論」
「なんでしょう?」
「トリックオアトリート」
そう言うと、クリスはぱちぱちと目を瞬かせた。
「え……あ、ハロウィンですね」
「ああ。だからトリックオアトリート」
改めて言い直し手を差し出すと、クリスは慌ててごそごそとポケットの中を探し始める。
直近はハロウィンにちなんだ仕事もこなしてきたが、意識が完全に雨彦の誕生日に向いていたクリスは、今日がそのハロウィン当日であることなんてすっかり忘れていたらしい。お菓子がありそうなポケットやバッグを探していたクリスは、少しして困ったような顔で雨彦を見た。
「お菓子は持っていませんでした」
「じゃあ悪戯だな」
雨彦がにやりと笑って告げると、クリスは覚悟を決めたような顔をする。
「わかりました、どうぞ!」
ほんの些細な、お遊びのやりとりにも真剣に応えてくるクリスに、微笑ましい気持ちがした。
ぎゅっと目をつぶって悪戯を待ち受けるクリスに、雨彦は触れるだけのキスをする。ぴくりと肩を揺らしたクリスは、雨彦が離れるとゆっくりと目を開いた。
「雨彦」
「なんだい?」
「これでは悪戯ではなくご褒美になってしまいます」
少し頬を染めたクリスがそう言うのを見て、雨彦まで少し気恥ずかしくなってしまう。
「俺にとっては悪戯だったからいいのさ」
「そういうものでしょうか」
雨彦の言葉に、クリスは考え込むような素振りを見せた。少しの間の後、何か思いついたような顔で雨彦を見る。
「雨彦、トリックオアトリート」
「……はは、してやられたな」
にこりと笑って手を差し出したクリスが何をしようとしているかなんて、一目瞭然だ。どちらを選ぶか、悩む必要もない。
降参するように両手を上げた雨彦は、悪戯を待ち受けるべくそっと目を閉じた。