僕だけの音 「おや、雅子さん。お一人ですか?社長は?」
「晋作様はマスター様と共にレイシフトを…」
「ああ!」
合点が言ったように阿国さんは手を叩くとじっと私を見る。
「雅子さん、今…お暇ですか?」
「え、ええ…」
「でしたらその時間、この阿国さんにくださいな」
そう言って私は手を引かれるままどこかへと連れて行かれてしまうのだった。
***
「マスターくん、これで終わりか?今日のノルマは」
「うん、ありがとう!」
「なにいいってことさ」
そう言いながらいつもは出迎えに現れる雅の姿がないことに首を傾げる。そうしてカルデアの中を歩いていると何やら音が聞こえ音のする方ーー、食堂へと向かう。するとそこでは阿国くんが舞い踊りそして雅が真剣といった様子で琴を弾いていた。
「なっーー…」
言葉を失った。過ごした時間が少ないとはいえ雅のことはなんでも知っているつもりだったのにそんなこと出来たとは!と驚いてしまう。そして雅に夢中になっている間に演目は終わり阿国くん、そして雅は拍手を受けていた。阿国くんに強引に手を引かれ拍手を受ける雅は恥ずかしそうで、慣れていないようでそこがいじらしくまた可愛い。
「いやあ、満員御礼で素晴らしい!これも雅子さんのお力添えあってのこと!私としては正式にオファーしたいくらいです!」
「オファー…ですか?」
「契約ですよ、契約!私が演目を披露する時に琴を弾いてほしいという…琴以外は何か?」
「三味線を少々…舞は昔教えてもらいはしましたが到底人前で見せれるようなものではないので」
「素晴らしい!やはり是非とも私と契約を!」
「阿国くんといえどダメに決まっているだろう」
「し、晋作様…!?」
「ん、ただいま」
「お、おかえりなさいませ…?」
雅を後ろから抱きしめつつ阿国くんから引き剥がす。例え女性といえどダメなものはダメなのだ。
「嫉妬深い男は嫌われますよ〜社長」
「雅に嫌われなかったらいいんだよ僕は!」
威嚇するように阿国くんを睨んでいると雅が突然笑った。花が咲いたような笑顔だった。
「雅…?」
「ふふ、たまには…お暇な時くらいはいいですか?」
「…僕とも奏でてくれるなら」
そう。羨ましかったのだ。僕は知らなかった。僕の知る雅は僕の三味線を聞いて楽しそうに笑っていたから。だからまさかこんな風に奏でることができるなんて知らなかった。羨ましくて、そしてそんな君をまた好きになった。
「あなたに聞かせるようなものではないですよ?」
「そんなことない!…し、僕は君の奏でる音が聞きたいんだ」
「…わかりました。阿国さん、そう言うことでよろしいですか?」
「ノープロブレムです!よろしくお願いします!」
「はい、こちらこそ」
そう言って雅は笑い僕らは阿国くんの元を離れ部屋へと向かった。
「琴は嗜みで…あなたの前で弾いたことはありませんでしたが」
「聞きたかったな」
「さっき聞いたではありませんか」
「生前聞きたかったな、って話」
「今弾きますから許してください」
僕と雅の部屋で雅はいそいそと琴の準備をする。その仕草の一つ一つが美しくてたまらない。
「三味線はあなたが亡くなったあと…あなたのことが忘れられなくて、感じていたくて遺品の一つを借りて弾いていました」
告白のような言葉に思わず胸が高鳴る。
「舞は…、昔…おうのさんに教えてもらいまして。おうのさんはよく褒めてくれましたが私自身上手く出来ていると思ったことはないので披露することはないでしょうね」
「ええ〜ッ」
「恥ずかしいじゃないですか」
そう言って頬を染める雅も可愛いは可愛いのだが、今はそうは言っていられない。
「だったら僕の前でだけなら踊ってくれる?」
「…そんなに、見たいのですか?」
「ああ、勿論」
「…晋様が、晋様が…一緒に三味線を弾いてくれるのなら。」
そんないじらしいお願いに僕は満面の笑みを返す。
「素敵な誘いじゃないか」
雅の新たな一面を知ったことを阿国くんに内心感謝しつつも嫉妬もしつつ僕と雅に定期演奏会が開催されることとなったのだった。
-了-