心休まる時 夫、高杉晋作が素晴らしい活躍だったと話すマスター様の声を聞いてそれはめでたいことだと思いあることを思いつく。私の計画にカルデア厨房班の皆様は手伝ってくれ、私は腕によりをかけて彼のためにと作るのだった。
「ん?」
夕餉の時間。僕の好きな香りがしたことで食堂へと向かうと僕を待っていたと言わんばかりの雅が僕を見て小さく駆け寄ってくる。
「雅、」
「この度はお務め、ご苦労様でした」
「ありがとう」
生前もこんな会話をよくしたものだと懐かしんでいると雅は僕を席につかせそして僕の好きな鯛料理を置いていく
「おいおい、これは豪勢な…」
「晋作様を労う意味もありますので…ご褒美です」
そう言って雅は綺麗な笑みを浮かべる。僕のご相伴に預かれるみんなは嬉しそうで雅も僕の隣に席をつく。同じように鯛料理の献立を目の前に置いて。
「…いただきます」
「はい、どうぞ」
雅の料理はいつだって大好きだったが隣で同じように食事を取る雅。そして献立は僕の好きなものばかり。こんなの嬉しくないわけがなかった。
「ふふ…」
「ん?」
「いえ、あなたが亡くなった後…鯛料理を決まってあなたの誕生日や命日に出していたんですけどその度梅は顔を顰めていて…逆に私は頬を緩めていて…私の中にあなたが残っていることが嬉しかったりしたんですけど、それを今思い出しました」
そう言って雅は笑う。その話を聞いて、今の空気を空間を光景を見てはた、と思い至る。「……ああ、そうか、」
僕は雅とであろうとなかろうとずっと自身のすべきこと、天命について考えそのことばかりを思案し行動してきた。だからだろうか、心休まる時間がなかったと言えばなかったし、このように平穏を享受している時間がなかった。箸を置き、僕は目頭を抑える。
「し、晋様?」
驚いたように顔を覗き込む雅に大丈夫だよ、と言っても隠せるはずもなく止めどなくはらはらと僕の瞳から涙がこぼれ落ちていく。
「し、晋様っ…!?」
「ごめん、ごめんよ雅……」
涙の雨は止まらない。
「な、何を謝っているのですか!あなたは!」
「ずっと、天命のことばかり考えていたものだから…こうやって心休める時がなかったなと…君のことは心から愛しているが、君を縛り付けておいて今ようやく僕は君だけの僕になった気がして…」
そう言ってごめん、ごめんよと繰り返す。そんな僕の手を雅はきつく握りしめた。
「謝ってほしくはありません。あなたの役目は十分に理解していましたし」
「雅…」
「だからあなたはいつものようにあっけらかんとして、笑っていてくださいな」
そんな健気すぎる言葉に僕はまた泣いてしまった。
***
「うぅ〜…」
結局、涙はどれほど経っても止まってはくれず皆にたくさん揶揄われそして心配されてしまった。泣きすぎて頭が痛くなり目元が赤くなってしまった僕は雅に膝枕され、団扇で仰がれながら目の上に温めた手拭いを当てている。
「あんなに泣いたのですから仕方がありません」
「だってなあ…」
「ふふ」
「…君が嬉しいならいいが…というか!」
と僕は手拭いを退け雅子の顔を見ながら言葉を口にする。
「僕は猛省したんだ。雅子も僕の、高杉の家の雅じゃなくて君自身の願いを口にしていいんだ、僕が叶える!」
そういえば驚いたような顔をして雅は空いた方の手で僕の髪を梳く。
「…ずっと、一緒にいてください。おそばにおいてください」
「勿論さ」
「それから…、」
と言って頬を赤く染める
「雅?」
「…あ、逢引きが…したいです…当世ではデートと言うんでしょうけど…」
まさか雅から言われるとは思っていなかった僕は目を丸くさせた。
「…あなたといろんな場所に行きたいです。知っている場所も知らない場所も…たくさんお出かけして、恋人でも夫婦でも構いません…どちらでも良いのであなたと一緒にいたいのです」
そう言って雅ははにかむ。可愛くて、愛おしくて、いじらしくて、僕は雅の首の後ろに腕を伸ばすとそのまま引き寄せ口付けた。
「っ……、」
「いいな!行こう…レイシフトしかないのがなんとも味気なくはあるが」
「ふふ、それでも構いませんよ」
「欲がないなあ」
「あなたといられるだけで幸福なのですよ」
「またそんな可愛いこと言う…」
可愛いこと?と首を傾げる雅の唇を何度も何度も奪う。お互いの髪が混ざり合う感じがなんとも好きだった。
「もう!体調不良なんですから摂生してくださいって」
「ええ〜…」
雅のことになるとたちまち元気になるものだが病を患ってなお酒も戦もやめず雅をかなり悲しませたことのある身としては強く出ることができない。
「ちゃんと元気になったらまた、口吸いしましょう?」
「雅…、」
僕の中では初心で恥ずかしがってばかりいた雅からそんな風に誘われたことが嬉しくて僕は軽く雅の手を握る。
「逃げてくれるなよ?」
「…追いかけてはくださらないの?」
「まさか!追いかけるさ、地の果てだって」「まあ」
ふふと綺麗に笑う雅。そんな笑顔に虜になりつつも膝枕と仰がれる団扇の風に浸っていた。
-了-