紅は異ならずデルムリン島はモンスターばかりが住んでいるから他所からはモンスター島ともよばれている、と俺に教えてくれたのはロモスへ行く舟旅中のポップだった。
あの5日間と魔の森を彷徨ったときにポップと話した沢山のことが、ニンゲンの世界で生きていく為にとっても役に立つとはその時は全然分からなくてただお喋りしてただけだと思ってた。
ポップは「ニンゲンの常識」を知らない俺の質問やズレた答えを馬鹿にすることもなく真面目に、だけど剽軽に教えてくれたっけ。
大好きだったアバン先生を亡くしたばかりで寝る度に悪夢に魘されたり飛び起きたりしてたのに俺は兄弟子だからな、って無理に笑顔を造りながら。
思えば俺にとっては友達もじいちゃんもモンスターばかりの「モンスター島」のなかで俺だけがニンゲンでも気にならなかったし、何ならニンゲンっていうモンスターの一種だと思ってた。
だけどゴメちゃんを狙ってニセ勇者一行やロモスの王様たちやレオナたちにあって「確かにモンスターとニンゲンとは違いがあるな」って感じてた。
まず言葉が通じるってとっても楽だなと思った。
デルムリン島で言葉が話せるのは俺とじいちゃんだけで、友達とは鳴き声から何を伝えたいのか俺が感じとらなきゃならなかった。
一番仲がいいゴメちゃんだって美味しい樹の実があるよ、と教えてくれる時は「大岩のそばの樹の、下から3番目の枝になってるよ」と伝えるには俺をそこまで案内しなくちゃいけない。
そこはちょっと面倒だけどしょうがないと納得してた。
だけど言葉が通じるのは楽ばかりじゃない。ニンゲンは嘘をつく。
言葉と行いが違うことが良くあるって、島を出る前ですらニセ勇者やレオナを傷つけようとした奴らから学んだけど、友達のモンスター達は嘘なんてつかないから、なんで言った事と違うことをしたり騙したりするのか分からなかった。
「そりゃあ人間には欲があるからさ」
舟の中でポップが精いっぱい大人の顔をして言った。
一々相手の言葉が嘘か本当か考えなくちゃならないなんて、ニンゲンって面倒くさいんだってうんざりした。
「まあ心配すんな、もし人間と友達のモンスターがお前に全然違うことを伝えたらどっちが正しいかわかるだろう?」
人間同士だってそうさ、その内慣れるよ。俺に言わせりゃ鳴き声で何を伝えたいか分かるお前の方がスゲェ奴だって思うぜ、ってポップは笑いながら頭を撫でてくれた。
そして、俺がモンスターの一種じゃなく「ポップと同じ人間」だと解ったのも舟の上だった。
時化を乗りきった後、交代で眠っているとポップが痛てぇ、と悲鳴をあげたからびっくりして目覚めると紅色が目に飛び込んできた。
海が荒れた時に絡んだまま放っておいたロープを解こうと、手袋を脱いだ素手に船縁のささくれが刺さったらしい。
ポップが左の人差し指に刺さった棘を抜いてその付け根をギュッと押さえて止血すると紅色がぷっくりと珠をつくった。
「何見てんだよ」
涙目になったポップが機嫌悪そうに睨んできた。
「俺とおんなじだ!」
「はぁ?」
ポップがなに言ってんだという表情になった。
「ポップも血が赤いんだね」
「あったりめぇじゃん…あ、そうか」
モンスターは青い血だもんな、と納得して顰めていた眉が元に戻る。
結構深く刺さったらしく見る間に血がこぼれ落ちそうになる。
なぜか勿体ないって気持ちになって気づいたらポップの指に吸い付いていた。
「なっ…」
俺は耳まで赤くなったポップの顔を見ながら、口の中に拡がる塩っぱい味が無くなるまで傷口を舐めては吸って、もしかしたら入ったかもしれない悪い気を吸いとろうとした。
「もういいぜ、消毒してくれたんだな」
ありがとさん、とポップはやっと指から離れた俺の頭を撫でてくれた。
「色も味も一緒だね」
くふふと笑うとポップはまた顔を赤くした。
赤い血と青い血。 人間と人外のバケモノ。
その違いに苦しむ日がくるなんて想像もつかなかったあの日、確かに俺は幸せだった。