悪魔は雨にも濡れるのか ♪〜〜
自動ドアが開くと、呑気な入店音が鳴って店内に迎え入れられた。
(ふざけているのか)
メフィストフェレスはあからさまに不機嫌な顔をした。
新聞記事のための取材を終え、RADに帰ろうと歩いていた時、突然の雨に降られた。予想外のことで傘は持っていなかった。しばらく雨に打たれてしまったが、やっとのことでコンビニエンスストアを見つけて大急ぎで飛び込んだところだった。
額に垂れる雨粒の飛沫を手の甲で拭い、張り付く前髪を後ろに掻き上げる。ドアマットで軽く足踏みをして靴底の泥水を落とした後、入口のすぐそばに並べられたビニール傘を一本手に取った。
メフィストフェレスがビニール傘を手にするのは初めてのことだった。さらに言えば、コンビニに来ること自体ほとんどなかった。傘を持って、そのまますぐにレジに行こうとしたが、せっかくなので話のタネに少し店内を見て回ろうと思い直した。
雑誌コーナーを横目で見ながら、右回りにぐるりと店内を一周しようと歩みを進める。カップラーメンやレトルト食品は特に商品の数が多い。よくよく見るとコンビニ限定のコラボ商品も多く、贔屓にしている有名店の名前も目にとまった。
(ほぅ……あの店が)
普段から情報網を張り巡らせているつもりでも、やはり自ら足を運ばないと得られないものもある。今度、店に行った時にシェフから話を聞いてみよう……などと思いながら、メフィストフェレスはゆっくりと顔に笑みを広げた。
店内をひと通り見て回り、メフィストフェレスはレジへと向かった。あいにく、レジは他の客の会計中で少し時間がかかりそうだった。待たされるのは気に食わないが、仕方がないので後ろに並びつつ、すぐ横に陳列されたスイーツコーナーを眺めることにした。
プリンやヨーグルトと共に、いわゆるコンビニスイーツがたくさん並んでいた。安っぽい甘味にはそれほど興味は無かったが、そこに見覚えのあるスイーツを見つけて目をとめた。
(これはあの留学生が食べていたな)
高級チョコレートのブランドと共同開発したデザートで、幾重にも層になったチョコムースやスポンジの上に生クリームをあしらったカップケーキだった。新聞部の片隅に居座った留学生が、いかにも美味しそうにスプーンを口に運んでいたのを覚えている。
留学生は行儀が悪い。地べたに座ったまま物を食べ、食べかすをこぼしたり、スナック菓子の油分がついたままの手で本棚を触ろうとする。メフィストフェレスにとってはどれも信じられないことばかりで、子供のしつけをするように何度も口すっぱく注意をするのだが、いまいち改善が見られないのが悩みの種だ。いっそ部室での飲食を全面禁止にしようかとも考えた。
しかし、今メフィストフェレスは無性にこのカップケーキが食べたくなってきた。
(ひとつ、買ってみようか……)
カップケーキを手に取った。
「お待ちのお客様どうぞー」
ちょうどそのタイミングでレジから声がかかったので、メフィストフェレスはカップケーキを手に取ったままあたふたとした。そして、勢いで同じものをもうひとつ手に取ると、合計ふたつのカップケーキを持ってレジに向かった。
(レジ係に、私がひとりで食べたがっているとは思われたくないからな)
傘を一本とカップケーキをふたつ。
店を出てもまだ雨は降り続いていた。
ジャンプ式のビニール傘のボタンを押すと、パッと勢いよく傘が開いた。
「メフィストはビニール傘なんて使わなそうだね」
いつかの雨の日に並んで歩いていた留学生がそう言っていたのを思い出す。
「その傘もいいやつなんでしょ」
いいやつ、と言われればいいやつには間違いないので否定はしない。
「メフィストはやっぱり貴族様なんだなー。でも、ビニ傘もいいよ、軽いしサイズも大きいし」
自分より随分と小柄な人間が、自分のものより大きなサイズの傘を有り難がっているアンバランスさが可笑しくて、メフィストフェレスは思わず鼻で笑った。
雨の中、水溜りを避けながらひょこひょこと歩く留学生のビニール傘はどこかでぶつけたのか、骨が一本曲がっていて歪な形になっていた。
(今日、会ったらカップケーキと一緒にこの傘もくれてやろう)
留学生は部室に来ているだろうか。部屋の鍵は開いているし、今日の予定も会話の中でそれとなく伝わっているはずだ。ひとりきりで待ちくたびれていなければまだそこにいるような気がした。
貴族なんだな、と評されたメフィストフェレスがビニール傘とコンビニ袋を手に持って現れたら留学生はどんな顔をするだろうか。笑うだろうか。
止みそうで止まない雨の中、メフィストフェレスはRADへと足を速めた。