無題 事務所を出て星奏館への帰路を足早に歩いていると、ポケットの中でスマートフォンが震えた。
十一月十四日、零時。
日付が変わると同時に、ホールハンズでいくつかのメッセージが届いたようだ。歩きながら画面をスワイプすると、Edenのメンバーほか、コズプロ所属のアイドルからも幾つかのメッセージが届いている。
凪砂からは、丁寧に日頃の感謝を紡いでくれている。今度また、みんなで鍋を食べようとのお誘いだ。近頃、鍋奉行という役職にご執心らしい。
日和からは端的で、数行のメッセージの中に叱咤8、激励2が込められている。パーティーにてプレゼントを用意しているとのことだ。反応を間違うと機嫌を損ねるので、注意が必要だ。
返信はせず、明日礼を伝えることにする。
先日、二人に予約送信の使い方を教えたのは他ならぬ茨なので、うまく使うことができたということでいいだろう。
部屋に戻ると、ルームメイトがまだ起きていて、ある者はこぼれる笑みを隠すことなく、ある者は祝う気があるのかないのか微妙な声量で、それぞれに茨の生誕の祝辞を述べた。それに恭しく返事を返し、パーティーへの参加表明に礼を述べた。
軽くシャワーを浴びて浴室を出ると、先ほどまで起きていたルームメイトは一様に寝息をたてていた。寝つきがいい、というか、おそらく茨の帰りを待っていたのだろう。
茨には、誕生日をありがたがる理由が理解できない。正確に言えば、わからないこともないが共感はできない。生まれてすぐに要らないと言われたからこそ、毎年身の内に渦巻く黒炎を存在を確認する日だ。
とはいえ、世の中誕生日だの血液型だの身長体重趣味特技、はアイドルにとって名刺のようなものでもある。
慣らされていくのが時々うざったくもなるけれど、それがアイドルを形作るピースであるがゆえに、重要視する人間の感情をトレースすることは不可能ではない。
髪を乾かしてベッドに潜り込み、改めてスマートフォンを確認する。
ジュンからの連絡はなかった。おそらく、既に眠っている。何せ彼は、コズプロの誇る健康優良児だ。
ジュンには明日荷物持ちをさせよう、と考えながら、茨もすみやかに瞼を閉じた。