できることなら、これからも。 (マサ音)今日はマサとラジオの仕事をしてきた。
終わってから一緒に帰る流れになって、話しているうちに明日はお互い午後からと一日オフだからということでマサの家でお泊まりをすることになった。
夕飯の買い物をして、一旦お互いの家へ戻って準備をしてからマサの部屋を訪れる。一緒に夕飯を作って、テレビをつけてみんなが出演している番組を観ながら談笑していたらマサ特製の生姜焼きはぺろりと無くなっていた。
それからマサがお風呂に入っている間に洗い物を済ませて、一通りの片付けを終えてからソファーに置いてあったクッションを抱えてそのままゆっくりと沈み込む。
家に帰った時に持ってきた台本にマーカーやらチェックを入れながら黙々と読んでいると仄かな匂いが鼻を掠め、出所を探せば腕の中のクッションだと気づく。ほんのりと甘くて、それでいて落ち着きのある香り。あたたかくて、優しくて……。
「(そっか、マサがぎゅってしてくれる時に感じる匂いだ)」
匂いの正体を突き止めると途端にマサに対しての恋しさがむくむくと膨らんでいき、堪らず台本を傍らに追いやってクッションを強く抱きしめた。自身の体温であたたまっていくクッションに目を閉じて顔を擦り寄せれば、なんとなくマサに身を寄せているような気分になる。
ゆっくりと呼吸をして、肺の中いっぱいにマサの香りを貯めていく。より一層、募っていく恋しさに「早くお風呂から出てこないかな〜」なんて思っていると、不意にドアが開く音がして、お風呂から上がってきたマサが近づいて来るのを感じた。
「どうした、眠くなってきたのか?」
「んーん、なんかクッションに顔埋めたくなった」
「ふふ、そうか」
ちらりと姿を確認しつつそう返せば、マサは少しおかしそうに小さく笑みを溢しながら隣に腰を下ろす。クッションに頬を寄せたまま彼へと顔を向けると、そっと片手が伸びてきて、俺の空いている頬を優しく撫でながらマサの綺麗な顔が近付いてくるのを感じて反射的に目を閉じた。
「ん……」
唇に当たる柔らかな感触と幾度も啄むように与えられるあたたかな温もり、そして顔を近付ける度にふわりと鼻先をくすぐる甘い香りに蕩けそうになる理性を引き留めて、ゆっくりと顔を離して瞼を開ける。目の前にあるマサの顔は湯上がりもあってか、ほんのりと淡く頬が染まっていて、どこか色っぽい。
学生の頃は気にも留めていなかったのに、マサと恋人同士になったというだけで彼の何もかもに、マサの全部に惹かれてる自分がいる。
「はぁ、ん……マサって、ほんのり甘い匂いがする」
「む、そうか?」
「んー……シャンプー? 柔軟剤? かな。マサに近づくと、なんかふわって」
くんくんと犬の真似をするように鼻を寄せると小さく笑う声と共にわしゃりと頭部に手を置かれる。そのまま髪を梳くように撫でられれば心地良さに自然と目が細まった。
「俺、好きだな。なんか落ちつく」
手のひらのぬくもりと、撫でてくれる度に仄かに香る甘い匂いにうっとりとしていると、不意にあたたかな温もりが身体を包んで、抱きしめられているのだと気付く。いつものマサならどこであれ過度な接触は控えめなのに、こうして抱きしめてくれるというのは、やっぱここが自室だからかな。それにならって俺も身を委ねるようにもたれながらその背に腕を回した。
「気に入ったのならば、同じものを使うか?」
「ん……メーカー教えてくれるの?」
「いや、これから共に使えば良いだろう」
一緒に使えばいいと提案する彼に対し、俺の頭の上にはどういうことだとハテナが膨らんでいく。腕の中で不思議そうに視線を送れば、真剣な面持ちの視線とかち合って、ぽつりと一言。
「一緒に暮らそう」
静かな、それでいて芯を持った強い声が耳に届く。その声音だけで彼の真面目さが伝わってくる。
「無論、お前が嫌ではなければの話だが……そうしたら、どんな時も同じ香りになるだろう?」
近くにある彼の髪がさらりと俺の顔に落ちる。それと同時にマサの顔が近付き、あまりの近さにぎゅっと目を閉じると額にこつりと熱がぶつかった。
「ずっと考えていたのだ。お前とこのような仲になってから暫く経つし……約束を交わして外出をしたり、仕事で共になる度に嬉しく思う気持ちは勿論あるのだが、それよりも、もっと、こう」
「ま、待って」
急な展開に頭が追いつかない。
思わずかけた静止の声と共に目を閉じたまま軽く彼の肩を押すと額から熱が遠去かり、代わりにやってきた冷えた空気に寂しさを感じてそっと瞼を開けば、申し訳なさそうに眉を下げたマサの顔が目の前にあった。
「やはり急過ぎたな、すまん」
どこか悲しげに目を伏せて抱きしめてくれていたマサの腕から力が抜けるのを感じて、離れていく距離に思わず手を伸ばして彼の腕を掴む。
「ちがう、ちがくて……俺もね、ずっと考えてたんだ」
すがるような声色に我ながら情けなさを感じつつも、歌詞に想いを乗せる時のように、一つ一つを言葉にしていく。ああ、ちゃんと伝えなくちゃ。
「こうやって仕事で一緒になったり、遊びに行ったりするのはすごく好き。だけど、もっとずっとマサと一緒にいたいって。ねえ、本当に一緒に住んでいいの?」
「勿論だ。俺もそれを望んでいる」
「俺、夜にギター弾いて歌っちゃうような奴だよ」
「防音のところで暮らせば問題ないだろう?」
「眠れない日に起こしちゃうかもしれない」
「そんな日は共に眠れば良い」
「毎日好きって言ってまとわりつくよ」
「それは嬉しい限りだな」
「あと……」
「一十木」
押し問答のような会話に名前を呼ばれ、ピシャリと終止符を打たれる。
不意に彼の腕が上がったと思えば、温かなぬくもりが頬を伝う。そのままゆっくりと指の腹で唇をなぞられれば、頬だけでなく耳にも熱が集中していくのがわかる。
「愛しいお前だからこそ、共に在りたいと願っている。俺と一緒に暮らしてくれないか」
添えられた手のひらが、唇に触れる指先が、かけられる愛の言葉が、何もかもが熱くて視界がぼやけてくる。彼に返す答えなんて一つに決まっている。でも、なぜか上手く言葉にできなくて、掠れた声でただ一言「……うん」
と小さく頷けば、それと同時にキラキラとした何かが宙を舞って。
自分が泣いていることに、その時はじめて気がついた。
「一十木」
ゆっくりとマサの顔が近づいてくる。目尻、頬、と順々に彼の唇が触れ、緩りと涙を舐め取られる度に、ぴくりと小さく首を竦める。それから数秒見つめ合うとどちらからともなく目を閉じ、身を寄せながらゆっくりと唇を重ねて。
「(ねぇ、マサ。ずっとずっと大好きだよ。このままずっと、俺を離さないで)」
その想いを口にすることはなく、代わりにぎゅっと彼を抱きしめ返した。