「大丈夫や。兄ちゃんたちが必ずうちに坊主を返したる」
「みずかみんぐ……っ」
トリガー解除した水上に息を呑んだ王子に、彼は構うな、と目だけで制する。
「人の体温は落ち着くからのう」
それでも尚ぐずるこどもの指先を、水上の掌が柔らかく握る。その指先はこどもの高めの体温を伴っているはずなのに、ひんやりとしていて痛ましかった。
「……♪」
軽く咳払いした水上の唇から流れたのは、低く落ち着いた、少しだけ時折つっかえているのがむしろ微笑ましい歌声だった。初めて耳にする水上の歌声に目をぱちぱちとさせた王子も、おそらくは彼らよりも年かさの人間も親しんできたであろう絵本を原作としたアニメの主題歌だ。テンポはあやすようなゆったりとしたアダージョ。王子も水上の歌声に重ねるように柔らかい声で、元気と勇気を携えた子供たちのヒーローの歌を口ずさむ。
やがて水上の腕の中のこどもはすやすやと寝息を立ててしまっていた。
ええ子や、と言いたげに水上はその頭をそっと撫でると、こどもを抱えて立ち上がる。ちょっとだけよろけそうになったのはご愛敬だ。王子は意図を察して、売り場から毛布と大きめのバスタオルを数枚拝借すると水上の先回りをする。家具コーナーの一角に置かれたベッドのひとつを見繕って、バスタオルをシーツ代わりに敷いて、バスタオルを二枚くるくると丸めて枕もどきを作り上げ、水上がこどもを運んでくるのを待つ。水上はそのセッティングを目にすると、「おおきに」と唇だけで形作って、こどもの眠りを乱さないようにそっと寝かせる。王子はその小さな体をバスタオルで覆ってから毛布を二枚重ねてかけてやってから、少し考えてディスプレイされていた、恐竜のぬいぐるみをその子供の傍らに置いてあげた。辻ちゃんなら喜びそうだな、と思いながら。
「何かの拍子に目が覚めた時に柔らかいものがあったほうが安心するでしょ」と水上にひそやかな声で囁く。
寝入る子供の顔を覗き込む王子の顔は穏やかで優しく、愛らしいという形容に相応しいながらもその皮膚一枚下には何が潜んでいるのか分かったでもない普段の笑みとは明らかに違うものに見えた。水上が、こいつこんな顔も出来るねんな、とうっかり思ってしまう程度には。
「どうかした?」
「別に」
万が一にもはぐれたトリオン兵が入り込もうとする可能性を考え、ふたりは足早に急ごしらえのバリケートでふさいだ出入り口へと足を向けた。
「意外に子供の扱いが上手いんだね」
「あー、将棋道場に来る、こまい連中のお守もたまにしとったからかもな」
「そっか」
「せや」
「いいお父さんになれそうだね」
「どうかのう」