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    hiim723

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    hiim723

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    乾少年が少年院に入った理由
    中学ピーはとても可哀想だよねって話。ココイヌだけど、ココの出番は少なめ。

    #ココイヌ
    cocoInu

    嘘をついてはいけない乾青宗は本に興味がない。本を読むと眠くなるので漫画以外の文字を読む気にはなれない。勉強も本も嫌いで中学すらまともに行がなかった乾が図書館に足を向けるのは、そこに幼馴染の九井一がいるからだ。

    「イヌピー、帰ろう」
    耳元で九井の声がして、図書館に着くなり机に突っ伏して眠っていた乾の意識が浮上する。顔を上げると端正な顔をした幼馴染がこちらを覗き込んでいた。図書館の窓から西日が差して、九井のまっくろな髪に反射している。九井に言ったことはないが、キラキラと光るまっくろな髪と、乾だけを見つめるまっくろな瞳が乾は大好きだった。

    「よく寝てたね」という声を聞きながら眠い目を擦りあくびをする。ぼーっとしたまま椅子に座っていたら九井に手を引っ張られたので、大好きな時間の終わりを残念に思いながら立ち上がった。そうして九井に手を引かれるまま、ヒールをカツン、カツン、と鳴らしながら図書館をでる。

    なんとなく手を離す機会を失ったまま、2人で手を繋いで帰り道を歩いた。別れるまでの時間はほんの僅かで、進む一歩が別れへのカウントダウンのようでいつも寂しかった。お互い何も話さないのは九井も別れを名残惜しいと思ってくれているのかもしれない。そうだといいなと思いながら、乾は九井の手が離れて行かないように握りしめていた。
    あっという間に別れ道が見えてきた。だが、いつまで経っても九井は乾の手を掴んだまま離さない。
    九井は乾と繋いでない方の手で、乾の頬に優しく手を添える。イザナに殴られて青黒く腫れてしまったそこは、そっと触れられただけでもピリッとした痛みが走る。
    「ココ?」
    「イヌピー、やっぱり顔腫れてきた。…どうして殴られたの?」
    乾の頬に優しく触れていた指が、責めるように頬を軽く押した。それだけの動きでも頭を感じてしまい思わず顔が歪む。痛い、と目を向けても目の前の幼馴染は触れるのをやめてくれない。意識が痛みに持っていかれてしまって、言わなくていいことまで思わず口からこぼれ落ちてしまった。

    「……今月の上納金、足りなくて、それで」
    「…金?イヌピー、お金がないの?」
    そう言って、九井はピタリと動きを止めた。ピリピリとした痛みがなくなって、幼馴染の表情を改めて見た時、乾は「失敗した」と気がついた。
    九井は、嬉しそうに笑っていた。
    「金が必要だなんて...そんな、そんなの、オレに言えよ。いくらでも、金なんて、オレが、」
    「あ、いや、違...」
    九井が稼いだ金が、姉が亡くなってから行き場を失っているのは知っていた。九井が目的もなく金を稼ぎ続けているのを知っていて、何も言わなかった。姉の代わりになりたくなかったから、姉の代わりにお金を使って欲しくなかったから、九井とは純粋な親友でいたかったから。それなのに、金を持て余した九井に向かって「金がない」なんて言ってしまった、口が滑ってしまった。昨晩イザナに酷く殴られた体が歩くたびに軋んで、頭が回っていなかったせいだ。
    何か言わなければ、何か取り繕わなければ。そう思うのに、焦った乾は意味のない言葉を発しながら、ただ首を振ることしか出来ない。

    「そうじゃない、ココには関係ねぇ。」
    「なんでそんなこと言うんだ...!」
    繋いだ手を思い切り握りしめられた。乾は思わず肩が竦み、そのまま言葉が出てこなくなってしまう。
    「...なにも、かえせないから...」
    か細い声で九井に返事をしたが、九井はニコニコしたまま乾から視線を逸らすことはなかった。乾は九井の視線から逃げるように目線を地面に落とす。
    「金がいるんだろ?オレがいるから、イヌピーは大丈夫だ。」
    オレ「は」大丈夫ってなんだ。そうやって赤音の代わりにするつもりなのか?赤音に使いたかったはずの金を青宗(オレ)に使うつもりなのか?ーーーそう思うのに、もしも九井にそうだと肯定されてしまったら、これまでの乾青宗が全否定されてしまうような気がして、直接聞くことはできなかった。

    「ココ…違う、オマエの金はいらねぇ。オレの問題だから…自分で何とかする。」
    「……イヌピーはオレを必要としてくれないの?」
    「違う、ココ。オレにはココだけだ」
    乾を心配してくれるのも、乾に優しくしてくれるのも九井だけだから。九井からもらう「乾青宗」への優しさに、「赤音」の面影を少しもを混ぜたくはなかった。だから金はいらない、これからも今まで通り大切な幼馴染でいてほしい。そう思いながら、乾はまっすぐ九井を見つめ返した。

    「ココ、オレ金が欲しくてオマエの隣にいるんじゃない」
    「……イヌピー、わかったよ。でも本当にやばくなったらちゃんとオレに言えよ?」
    「うん」
    「オレ達の間に隠し事はなしだ、約束だからな」
    「うん」
    この話は終わりとばかりに、九井がぎゅうぎゅう手を握り締めてて歩き出したので、乾は黙って従った。2人の別れ道に来ても、九井がこちらを振り返ることはなかった。


    その月のおわり、乾は雑魚をボコボコにして、犯罪スレスレのことを何度かこなして上納金を用意した。ギリギリのタイミングで金を納めたが「ふーん、間に合ったんだ」とつまらなそうに呟くだけでイザナは背中を向けてしまった。いつもであれば期日に間に合おうが間に合うまいが「おせぇよ」と言われて殴られるのに、今回は特に何のお咎めもないのが不思議だった。

    それ以来、イザナは妙に大人しい。もっと具体的に言うと、乾はただのパシリのような仕事しか回されなくなった。何も粗相はしていないはずなのに、理由がわからず乾は混乱する。イザナに直接「やることはないか?」と聞いても、「オセロの相手をしろ」だの、「アイス買ってこい」だの、暇つぶしの相手が雑用ばかりやらされる。
    なんでだ?
    イザナの隣でパピコを吸いながら頭を捻っても答えは出てこない。「アイスを買ってこい」と言われたのでパピコを買ってきたら、コンビニの袋を受け取ったイザナに頭をはたかれた。「ダッツ以外有り得ねーだろ」らしい。九井とコンビニにいく時は、パピコを買って半分ずつ食べるのが当たり前だったし、九井も嬉しそうに吸っていた。それだからいつものように何も考えずパピコを買ってきたのに。でも、最終的にイザナも片割れのアイスを乾にくれた。だったら最初から頭を叩かずにくれたらいいのに、と思いながらイザナの横に立ったままコーラ味のパピコを吸った。

    ドラム缶の上に座るイザナに目を向ける。初めて乾と会った時の彼は孤独な目をしていた。今も殺伐とした雰囲気に変わりはないが、パピコを吸う姿は年相応の幼い顔をしていた。
    「鶴蝶!こっちこい!」
    声をかけられて、顔に傷のある少年がイザナの下へ走ってくる。乾がイザナに拾われる前からこの少年はイザナに付き従っているらしく、イザナのお気に入りだ。事あるごとにイザナが呼びつけるので、側近の乾と少年は自然と顔見知りになっていた。
    「乾、鶴蝶の相手をしろ」
    「は…」
    「お前の仕事は、子守だよ」
    「はぁ?」
    今日はカチコミに行くと言っていなかったか?とイザナに聞き返しても、「テメェ、オレの言うことが聞けねぇのか。躾のなってねぇ駄犬だな…」と睨まれて頭を叩かれてしまう。イザナの機嫌が悪くなりかけたが、鶴蝶が「イザナ、オレはコイツとトレーニングして待ってるから」と声をかけてなんとか取り成した。「大人しくしてろよ、ガキども」と言い捨てて黒龍の集会所を後にするイザナの背中を見送りながら、乾は「イザナと2歳しか違わねぇよ…」と呟く。隣で鶴蝶が「オレも、オマエと2歳しか違わねぇ」と言いながら袖を引っ張ってくる。乾より少し低い身長をした少年は純粋そうで、真面目そうで、嘘をつかなそうで、まっすぐな瞳をしていた。黒龍のチームに憧れていた頃の自分を思い出してしまい、乾はつかまれた袖を振り解くこともできない。置いてけぼりを食らった2人はしばらく見つめ合った後、鶴蝶の「トレーニング行くけど、付き合ってくれるか?」の一言でようやく動き出した。

    鶴蝶の「トレーニング」がヤクザの事務所へのカチコミであると知ったのはその30分後で、平然とした顔のまま事務所に入ろうとする少年を肩に担いで引き返してきた乾に「トレーニング付き合ってくれるって言ったのに」と鶴蝶は拗ねた顔をしていた。「子守よりも抗争の方がゼッテェ楽だった…」と乾は思いながら、体力を持て余した鶴蝶とのタイマンに一晩中付き合わされたのだった。

    ーーーーー

    「獅音いるー?」
    「大将の呼び出し〜」
    黒龍が九第目に代替わりしてすぐ、六本木の灰谷兄弟が黒龍の集会所を訪れてきた。八代目イザナの時代から何度か見かけはしていたので、乾はこれまでと同じように対応をする。
    「ボスは今、出払っている。用件はなんだ」
    「オマエ、乾だっけ?相変わらず『犬』やってるんだな」
    「大将の次は獅音て…コロコロとボスを変えて、こりゃ飼い主も大変だワ」
    灰谷兄弟がまともに従うのはイザナだけで、それ以外の人を小馬鹿にする態度は以前から変わらない。乾は気にするでもなく無表情のまま「用件はなんだ」と繰り返した。

    「飼い主は元気?」
    「…………」
    「無視かよ、腹立つ〜」
    「まぁまぁ竜胆、犬はボスの言うことしか聞かなぇ生き物なんだ。許してやろうぜ」
    「用がないなら帰れ。ここにはイザナも獅音もいない」
    「……なぁ、九井一ってオマエのナニ?」
    ジロジロと乾の顔を見つめていると思ったら、灰谷蘭は突然幼馴染の名前を出してきた。思わず反応してしまい目を見開いた乾に、蘭は機嫌が良さそうな顔をして話し続ける。
    「九井一、オマエ知り合いなんだよな?」
    「なぜオマエらがココを知っている」
    「なんでって…九井一はオレたちの取引相手だから。……なんだ、結構オレらも付き合い長いのに、ココちゃんはオマエに言ってないのか」
    「ココがどうした、何かあったのか。ココが何かされたなら、オレはそいつを殺しに行く」
    凄む乾を、蘭はニヤニヤしたままバカにするような顔で見つめ返している。
    「ココに何かあったのか!早く言え!」
    「オマエ、無表情以外もできるんだな」
    「バカにしてんのか!……言わねぇなら、テメェもぶっ殺してやる」
    「ココの犬は血の気が多いな、ウケる。飼い主の躾がなってねぇんじゃねぇの」
    「あ?何言って…」
    「以前に、ココがオレたちに依頼した内容を知っているか?」
    乾が九井の仕事を知るわけがない。半年前、図書館からの帰り道に乾が金の話をするまで、九井の仕事と金についてはずっとずっと2人の間で禁句になっていた。それから二度と金の話はしていない。

    無言になってしまった乾をよそに、灰谷蘭は携帯をカコカコといじりながら言葉を続けた。
    「ココは金稼ぎの天才だ、金にならねぇ仕事はしねぇ。でも一度だけ、金稼ぎに繋がらねぇ依頼があったんだよな」
    そう言って、灰谷蘭が見せてきた携帯の画面には幼馴染の名前が映し出されていた。

    TO: 灰谷蘭
    FROM: 九井一
    Title: 依頼
    『黒川イザナに渡りをつけて欲しい。乾青宗には内密に。報酬に色はつける。』


    受信した日付は半年前、時間は夕方の時間を示している。乾は信じられないものを見たような顔をしながら、食い入るように携帯の画面を見つめている。
    「乾青宗ってオマエだろ?なぁ、ココはオマエに内緒で、大将になんの用があったと思う?」
    固まったまま動かない乾に向かって灰谷蘭が声をかけると、乾は蘭を睨みつけてから背中を向けて走り出した。九代目と書かれた白い特攻服をはためかせる背中を、蘭は楽しそうな笑顔で見送る。黙って様子を見ていた竜胆は「あーあ」という顔をしながら蘭に話しかけた。
    「兄ちゃん、なんでバラしたの?『内密』って書いてあるじゃん」
    「大将の指示だよ。…いつまでも九井が『こっち』に来ないから、犬を使って釣り上げようとしてるんじゃないの」
    「うわー、登場人物全員最低!」
    「オレらも含めてな」
    ワハハ、と2人は笑いながら踵を返して、そのまま夜の街に溶け込んでいった。


    ーーーーーー

    「イザナ!!」
    黒龍が代替わりして以来の再会に感傷を挟むことなく、乾はイザナに詰め寄った。イザナは面倒臭そうな顔で乾を見つめ「なんだ、下僕」と昔と変わらない調子で雑な返事をする。イザナの扱いに慣れている乾は咎めることなく、語気の荒いまま言葉を続けた。
    「半年前、ココと何を話した!」
    「……別に、ちょっと取引しただけだ」
    「側近だったオレに秘密で?オマエはオレがココの知り合いだと知っていたのに?何を…」
    「うるさいな。オレはただ、哀れな男にオレのモノを売ってやっただけだよ」
    めんどくさそうな顔をしていたイザナが、少しだけ口角を上げた。何にも知らないんだな、そう呟きながら嘲るように笑っている。心臓がバクバクして、嫌な感情に包まれた乾は勢いを失って、それでも真実を知りたくて質問を重ねる。

    「ココに…何を、売ったんだ」
    「犬」
    「は…?」
    「犬を安全で平和な小屋で飼ってほしいって100万積んできたから、飼い主の権利を売ってやった」
    「………」
    いくら鈍い乾でも、『犬』と『飼い主』が何を指しているのかくらいわかる。わかるのに、分かりたくない自分が事実を受け入れることを拒否している。そんなわけない、隠し事はなしって約束をしたんだ、九井が、親友の乾に嘘をつくわけがない。そんな風に思うのに、メールの文章、100万円、犬、飼い主、……知りたくなかった事実が乾の頭を埋め尽くしていく。
    「犬を買ったときの九井の顔、スゲェ嬉しそうだったぜ。な、鶴蝶」
    乾はイザナのそばに控えていた男に目を向ける。乾と「トレーニング」をした時より背が伸びて、身長はいつのまにか追い越されていた。それでも純粋そうで、真面目そうで、嘘をつけなさそうな瞳は変わらない。そんな彼の瞳は乾の視線を受けて、戸惑ったような顔で目線を逸らした。
    「……オマエも、知っていたのか」
    小さくつぶやいた乾の言葉に返事はなかった。言葉を失った乾に向かって、イザナは笑いながら「楽しかっただろ?」と問いかける。
    「黒龍の懐が潤った。九井は希望が叶った。オマエも浮かれた生活を楽しんだ。全員、いい思いができて良かったじゃないか。今までで1番役に立ったな、乾」
    イザナに肩を叩かれる。振り払う気力もなくて、乾は俯いたまま呆然としていた。

    なにもかもが信じられなかった。


    それからどうやって帰ったのか、全く覚えていない。気がついた時には、乾はバイクにまたがって夜中の街を1人で走っていた。目が冴えて眠れそうにないので、そのまま行く当てもなく走り続ける。

    この世界には乾の居場所なんてない。実家に帰っても「赤音だったら」「赤音が生きていたら」と嘆く両親の言葉に辟易とさせられる。まともに通っていない学校に行っても迷惑がられる。必死にしがみついている黒龍にも、乾の憧れた初代の面影は残っていない。
    ほんのひと時だけ、キラキラと輝く夕方の図書館だけが唯一の拠り所だった。あの空間は誰にも汚されたくない、「乾青宗」だけの特別な宝物だった。言葉にしたことはないけれど、きっと九井もそう思ってくれているはずだった。

    あの宝物のような空間で、早く九井に会いたかった。会って、2人の間に隠し事なんてしていないと、これまでの疑いを全て否定してほしかった。「オレがイヌピーに嘘をつくわけないだろ、親友なんだから」そう言って笑う九井と、いつもみたいに手を繋ぎたかった。別れ道までの時間が寂しくて、いつまでも手を離し難くて、2人して黙ったままトコトコ進む帰り道を今日も歩きたかった。
    そうやって現実逃避をするみたいに、乾は大切な宝物のことを何度も何度も頭の中に思い浮かべた。早く、早く今日の夕方になってくれ、と必死で願いながら、暗い道路を朝日が照らすまでの間、ずっとバイクを走らせ続けた。

    適当に時間を潰し続けてようやく陽が落ち始めた頃、乾はアジトにバイクを置いてから図書館に向かった。何かに急かされるように走ったので、図書館に着く頃には息が上がってしまっていた。はやる心臓と落ち着かない呼吸に構うことなく、いつもと同じように図書館の入り口をくぐる。壁に貼られた「館内は走らない!」と書かれたポスターの前を、少し早足気味に通り過ぎる。図書館に似合わない特攻服を靡かせながら、周囲の視線を無視して乾は静かな図書館の廊下を突っ切っていた。
    奥の方にある、九井の定位置に向かって歩く。カツン、カタン、と静かな図書館にヒールの音が響く。

    「ココ……何の本?」
    「…金、稼ぐための知識」
    「たまには家に…帰れよな。オマエはオレとは違うんだから」
    いつもどおりに話しかける。九井は本に目線を落としたまま乾の問いかけに返事を返す。大丈夫、いつもと変わらない。これからも穏やかに2人、親友として過ごすことができる。乾はホッとしたように息をついた。
    九井の邪魔をしたくはないので「確認」は帰りがけにすることにした。開けられた窓からは風が吹いていて、柔らかそうなカーテンがふわふわと靡いている。揺れるカーテンに誘われるように乾は窓際に座りこんだ。いつもと変わらない空間に安心したのか、徹夜でバイクを走らせて疲れていたのか、熱った体の熱が冷めていくのが気持ちよかったのか、徐々に乾の瞼と意識が落ちていく。それからしばらくの間、乾の意識は夢と現実の狭間を行ったり来たりしていた。
    サァァァ、風が強く吹いた。熱い体に当たる風が気持ちいい。乾が心地よく微睡んでいると、カーテンの向こう側に人の気配を感じた。疲れた体は眠ったまま、意識だけが浮上して研ぎ澄まされていく。

    ふに

    熱が近づく感覚を感じたと思ったら、唇に温もりを感じた。
    そっと目を開けると、目の前に目を閉じた幼馴染の顔があった。九井と乾は、唇の一点のみで触れ合っていた。
    一度落ち着かせたはずの胸が高鳴る。ゼロ距離にある九井の端正な顔を見続けられなくて、乾はすぐに目を閉じた。しばらくそうした後、九井が離れていった気配を感じた。

    生まれて初めてキスをした。しかも、大切な幼馴染と、宝物のような空間のなかで。乾はどうしていいのかわからなくてそのまま寝たふりを続けていた。親友の、男にキスをされたのに、ドキドキと高鳴る胸が身体中の感覚を支配していた。いつ九井に声をかけようか、なんて言えばいいのだろう、身体全体に鼓動が響くくらい脈打つ胸を落ち着けようとして、色々なことを考えた。頭が沸騰するように熱い。何でキスされたんだろう、もしかして寝てるオレにいつもキスをしていたのか、なんでオレは嫌じゃないんだろう、それどころか喜んでいるのはどうして、ココはオレのこと…そんなことが頭の中を駆け巡る乾の耳に、ドサ、と何かが落ちるような音が聞こえた。
    思わず目を開けると、カーテン越しに床に蹲った九井が見えた。突然床に落ちた九井に、怪我でもしているのかと心配で声をかけようとした、その時だった。

    「赤音さん…」

    そう、小さな声が聞こえてきた。その一瞬で、乾は全身から血の気が引いていくのを感じた。並行して、乾の知りたかった答えがわかった気がした。もう確認なんて要らなかった。
    自分の幼馴染は、青宗を赤音の代わりにしていた。親友だと思っていたのは自分だけだった。

    イザナは嘘なんてついていない。目の前の男は、赤音の代わりに青宗を買っていた。それがわかってしまって、全身から力が抜けていった。

    九井はしばらくそのままうずくまった後、カーテンの向こう側で立ち上がる気配がした。乾は慌てて目を瞑って寝たふりを続ける。九井は乾の狸寝入りを疑うことなくふわふわと揺れるカーテンをめくり、いつものように肩をつかんで声をかけた。
    「イヌピー、そろそろ帰ろう。」
    目を開けると、端正な顔立ちの幼馴染がこちらを覗き込んでいる。乾は自分の名前が呼ばれて眼を覚ますこの瞬間がたまらなく好きだったはずなのに、今は虚しさしか感じなかった。
    ボーッとしていつまでも動かない乾の手を取り立ち上がらせて、九井は図書館の出口に向かって歩き出す。
    「よく寝てたね。昨日は遅かったの?」
    ごちゃごちゃと九井が話しかけてきたが、全て無視して無言のまま歩いた。今口を開いたら、汚い言葉が次から次へと出てきてしまいそうで、大切な宝物のような空間を汚したくなかったから乾は爆発しそうな感情をひたすら体の中に押し込んだ。そうやって俯いたまま返事を返さない乾にため息をついて、九井はいつものように手を引いたまま歩き出した。いつもは別れ道までの時間を一瞬に感じるのに、今日に限っては死ぬほど長く感じる。早く、早く別れ道についてくれ、と乾は願い続けた。一刻も早く、この手を離したいんだ。

    いつもの岐路にたどり着いて、ようやく九井は乾の手を離した。図書館を出てから何も話さない乾に、九井は優しく声をかける。
    「じゃあな、イヌピー。あんまり喧嘩ばっかしてんなよ」
    柔らかくて、どこまでも乾を気遣う声だった。それがまた乾の気に障って、身体の中に押し込めた感情が爆発しそうになる。

    白々しく言いやがって。オマエは知っているんだろう。オレが今、喧嘩なんか全然してないことを。イザナも獅音も、乾青宗をただの飾物にしていることを。そうなるように、オマエが仕向けたのだから。

    「イヌピー。今日は機嫌悪いな。……イザナに何かされたのか?」
    飄々とした顔で語りかける黒髪の男は心配そうな表情で乾の顔を覗き込んでいる。乾は九井の視線を逸らすように俯いて、血が出るくらい強く唇を噛み締めた。口を開いたら汚い言葉が次々と出てきてしまう。この宝物みたいな時間をどうしても汚したくはなくて、ぐちゃぐちゃになった感情を必死に身体の中に押し込めた。

    「ダンマリかよ。…前も言ったけど、本当にヤバくなったらオレに言えよ?」
    「………」
    「オレ達、親友だろ。それに、隠し事はなしだって約束しただろう?」
    その言葉を聞いた瞬間、乾の中で何かが切れる音がした。

    乾の頬に伸ばされた九井の手をはたき落として、乾は九井に背を向けて走り出した。後ろから乾の名前を呼ぶ声がしたが、無視して走り続けた。全力でがむしゃらに走ったので息が上がる。苦しくて呼吸がままならない。段々と息を吸っているのか、はいているのかもわからなくなってきた。
    気がついたら知らない場所にいて、自分がどこから走ってきたのかもわからなくなっていた。疲労と息切れの苦しみで身体中が悲鳴をあげている。ついに乾は走ることをやめて、息を落ち着かせるように歩き始めた。いつのまにか右足のヒールの踵が折れていて左右のバランスが悪くて歩きにくかったが、乾はそれでも構わず足を動かし続けた。

    知らない場所、知らない人、何もかもわからないものに囲まれて、世界にひとりぼっちになってしまったようだった。ずるずるとヒールの折れた靴を引き摺るように歩きながら、乾の口からうめくような声がこぼれ落ちた。
    「う…うぅぅ…」
    目が焼けるように熱くなり、視界がじわじわと滲んでいく。ポロリと生温い液体が頬を伝う。それは次から次へとこぼれ落ちて、自分の意思では止められない。ついに歩くことも苦しくなって、乾はその場でゼェゼェと息をつきながら地面にうずくまった。
    「うぁ…あぁぁ…あぁぁぁああ!!」
    いっそ消えてしまいたかった。黒龍にも、親にも、誰にも選ばれてこなかったから、最初から欲しいなんて期待もしなかった。そんな乾にとって、九井と過ごす時間だけが唯一の拠り所のはずだった。優しい幼馴染が、乾青宗を見つめてくれる瞬間が大好きで、幸せな時間だった。
    自分は結局、代替品だったと知るまでは。

    「……なぁ、ココ。……どうしたら愛してくれたんだ」

    それから先のことは記憶が曖昧でよく覚えていない。九井が金で買おうとしたものを全て滅茶苦茶にしてやりたくて、喧嘩をふっかけたり売られたり、むしゃくしゃした気持ちのままに何かを殴り続けた。相手が気絶しようと関係なく、目の前にあるものをひたすらぶっ壊していく。そのうちに、遠くの方でサイレンの音がし始めた。それでも目の前の何かを殴るのをやめないでいたら誰かに押さえつけられて、気がついた時にはパトカーの中に血だらけで座っていた。全てがどうでも良くなって、周りの大人に言われたことを淡々とこなしながら、灰色の塀の中で1年間を過ごした。

    ーーーーー

    少年院から出てきた乾を迎えてくれたのは九井だけで、黒龍を復権させたいという夢を叶えてくれたのも九井だった。あの日の夕方、九井の腕を振り切るようにして別れてしまったのにも関わらず、九井はまた乾の隣を歩いてくれた。その事実が嬉しくて、2人は黒龍幹部だからと自分に言い訳をして、乾は今まで以上に九井に依存した日々を過ごした。2人で過ごす日々は幸せで、キラキラと輝いて、ずっとこんな時間が続くことを心の中で願い続けた。
    乾が少年院を出てから立ち上げた十代目黒龍は本当に楽しかった。ただ一つ、九井がやたらと乾に金を渡したがる事だけが不満だった。九井の金がないと黒龍が回らないと乾もわかっている。大寿もそれを見越して九井の加入を求めたし、結局は乾も九井の金を頼りにして黒龍復活まで漕ぎ着けた。九井の金を使いたくないのに、九井の金がないと何も出来なくなりつつある現状を乾は完全に納得はしていないかった。だからせめて個人的な金銭の受取を「何も返せないから」と断るのに、九井はいつも「じゃあ、イヌピーを頂戴」と言いながら乾のポケットに金をねじ込んだ。九井が稼いだ金を乾に使い、黒龍に使い、また九井が稼いで消費していく。その繰り返しで今の生活が成り立っている罪悪感から、少しずつ過激になっていく九井の行動について乾は何も言えなくなってしまっていた。

    今日もそうだった。アジトで怖い顔をしながらパソコンの画面を睨みつける九井の肩を叩き、乾は「大丈夫か?」と聞きながら隣に座った。ただそれだけだったのに、九井は目の下に隈がある酷い顔を向けながら乾に抱きついた。突然の行動に驚く乾を無視して、乾のジャージの下に九井の手が滑り込む。
    「ココ、…っ、どこさわって…っ」
    「イヌピー、オレ仕事で疲れてて…癒しが欲しいんだ」
    「……っ」
    そんなことを言われてしまったら、もう何も言い返せない。「仕事」が黒龍のためだとわかっていたから、余計に乾は抵抗できなかった。九井の手は臍、脇腹、腹筋…と徐々に乾の体を上に上にと這い回っていき、ついに胸と、その先端までたどり着いた。
    「あ…、んぅ…」
    「イヌピー、いつのまにか胸で感じるようになっちゃったね」
    「…テメェが、何度も触るから…、…ぁ、」
    ヤメロ、と言いながら乾が逃げるように体を捩っても、九井の手は服の中から出ていく気配がない。胸をいじくり回す手と逆の腕が、ついにジャージのズボンにかけられた。ゴムと素肌の境目を九井の細い指がなぞるように辿っていく。乾のお尻側から腰骨あたりまで指が移動した後、冷たい指がゴムの内側に入り込んだ、
    「ココ!いい加減にしろ!」
    ……ところで、乾のゲンコツが九井の頭に落とされた。力の強い乾に思い切り殴られた九井はソファの上でうずくまり、声もなく悶えている。乾はため息をつきながら九井の肩を押して距離を取り、労るように優しく言葉をかけた。
    「ココ、もう休め」
    「ってぇ…。イヌピー、手加減なさすぎ…」
    「ヤメロって言ったのに、ココがやめないからだ。疲れているんだろ。寝ろ」
    「イヌピーのおかげで充電もできたし、これだけやったらもう終わりにするよ」
    「…昨日もそう言って寝なかった」
    「本当に、これで終わりにするって」
    そう言ってパソコンの画面に向き直った九井に、乾はむっとしながらもう一度「おい」と声をかけたが、九井は気のない返事を返すのみだった。乾が肩を揺すっても、ココ、と話しかけても取り合ってはくれなかった。

    乾は一瞬悔しそうな顔をしてから、九井の耳元に顔を寄せて囁いた。
    「……なぁ、添い寝っていくら?」
    「あ?」
    「腕枕もつける。それで添い寝したら、いくらくれる?」
    「……1万」
    「じゃあ、今すぐ買ってくれよ。オレ、欲しいものがあるんだ」
    「どうしたの突然?」
    もー、しょうがねぇな。と九井は嬉しそうな顔をしながら乾を振り返る。顔は疲れ切っていて、目元にはクマができて不健康そうな顔色をしていた。乾は九井の膝に置かれたパソコンを無理矢理閉じさせると、九井の手を引いて寝室に連れ込んだ。そのままぐいぐいと布団に引き摺り込み、ゴロリと寝転がった乾の腕の上に九井の頭を乗せてやる。空いたもう片方の腕は九井の首に回して、九井が逃げないように抱え込むようにして横になる。隙間がないくらい抱きしめてから、乾は満足したように眼を瞑った。
    「イヌピーから金を欲しがるなんて珍しいね。何が欲しいの?言ってくれたらなんでも買ってあげるのに」
    「…秘密」
    「そう…買ったら、教えてね…。……嬉しい、イヌピーがオレの金を必要としてくれて、……金なんていくらでも…イヌピー、に…」
    「うん。いつかな」
    ふふ、と笑う九井の口元から紡がれる声は段々と小さくなっていくので、乾は九井の声を拾い逃さないように耳を傾ける。そのうちに内容が不明瞭な単語ばかりになっていって、最後には小さな寝息が聞こえてくるだけになっていった。 幼い子供みたいにあどけない顔で眠る九井が可愛くて、乾はそっと額にキスを落とした。今この瞬間は乾だけの九井になったような気がして、乾の心はじんわりと温かくなっていた。

    それ以来、乾と九井は一緒に寝る習慣ができた。そのかわり、九井は毎朝のように乾の財布に金を入れ続けるようになった。乾は布団の中で「初手ミスったな」と後悔しながら、嬉しそうに乾の財布を覗き込む九井を見つめることしかできなかった。
    そんな事をしなくてもオレ達は親友だと、オマエの金が欲しくて一緒にいるのではないと、もっと早く言うべきだったと気がついたのは、九井と道を違えてからだった。
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    hiim723

    DOODLE8代目BD、ココイヌ
    アニリベ面白かったです。🚬と🎴のやりとりの最中にちょこんと座るチビーヌを見ていたら、🎴が犬猫をいじめる未来が見えました。
    🈁財布を手に入れて、🐶で憂さ晴らしをする🎴は絶対いる。

    この話の裏で、🎴が🈁に
    「🐶の値段、いくらが妥当だと思う?5000円?オマエならいくら出せる?」
    って煽るシーンがありました。
    30万の犬「オマエを一晩買った男がいる。逆らわずに、大人しくしていられるな?」

    イザナからそう言われた時、「ハイ」とだけ答えた。一晩を買う、それが何を意味しているのか分かっていたけれど、それがボスの言うことなら従わない理由なんてなかった。

    男同士でセックスできることも知っていた。
    族のセンパイ達が「下手な女よりイイ」って言っているのを耳にしたことがあったし、シンイチロウくんやワカくんからもそんな感じの話を聞いたことがあったから。

    「青宗にはまだ早いかな〜」
    「もう少し大きくなったらワルイコトなんでも教えてやるよ」

    そう言って笑う2人に「チビイヌに何を教えてるんだ」とベンケイくんがゲンコツを落として、パチンコで有り金をスったタケオミくんにもついでにグーパンしていた。「その金は家計に入れる用だったんじゃねぇのか」中々に最低なやり取りだ。最低だけれど、オレにとっては最高だった。たった一つの心が休まる大切な場所だった。一度知ってしまえば、失う事が怖くなった。
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    hiim723

    DOODLEココイヌ、なんでもいうことを聞くって、どこまで?
    至る梵バ軸
    なんでもいうこときく券「ココ、これ……」

     ある日ソファに座って仕事をしていたら、彼が横に突っ立ったまま目の前に何かを差し出してきた。なんだこれ? とよく見ると、真ん中に汚ねぇ字で「なんでもいうこときく券」とだけ書かれた白い紙だった。元々の紙をちぎって作ったのか、端の部分がヨレヨレになっている。
     顔を上げて差出人を見ると、気まずそうな瞳と目が合った。

    「……この前の取引、ぶち壊してわるかった」

     先週、かなりの大口の取引が山場を迎えていた。進捗はボスにも、もちろん特攻隊長の彼にも伝えていたはずだった。何があっても大人しく、穏便に、とにかくサインさせるところまで持っていくのだと何度も幹部会で確認した。
     取引相手のクソジジイは変態趣味で、オレらくらいの未成年に見境なく手を出すようなクズだった。オレの手を撫で回しながらにやける気持ちの悪い面を何度ぶん殴ってやりたいと思ったことが。オレですらそうなのだ。幼馴染の美しい顔、まだ完成しきっていない薄い身体は格好の餌食になるだろう。だから一度も連れて行ったことはなかった。うざいジジイのムカつく挙動についての愚痴だけ聞いてくれたらそれで充分だった。
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    hiim723

    DOODLE「好きを伝えてそれでおしまい」
    お互い言葉不足すぎて、上手く行きそうでなぜか上手く行かないココイヌ
    好きな子の告白に浮かれるポンコツノノコイと、何にも期待してないからその先なんて全然考えてなイーヌによる、すれ違いギャグのつもりです。
    好きを伝えてそれでおしまい黒龍の縄張りを荒らす新興チームのアジトに乗り込み、ひと暴れしておおよそ決着が着いた時だった。相手チームのボスの胸ぐらを掴んでその顔をボコボコに殴り続けていた特攻隊長が、ふと何かを思い出したように手を止めた。どうかしたのか、とそちらに目を向けると、青くてキラキラと光る瞳と目が合う。薄ピンク色の唇がそっと開く。彼は聞き心地の良い声で、しかし割と大きめな音でオレをまっすぐ見ながら言葉を発した。

    「好きだ、ココ」

    何を言われたのかすぐには理解できなくて、倒した相手を踏みつけていた足が止まる。
    思わず足をどかして身体を彼の方へ向け直し、真正面から顔をまじまじと見つめてしまった。相変わらず人形みたいに綺麗な顔は表情が読めないままだ。頬についた赤い血は返り血だろうか。口元が切れているのは誰かに殴られたのだろうか、帰ったら手当てしてやるからな。どうせ服の下も殴られて打ち身やあざがあるんだろう、オマエは隊長なのにいつも自分が一番前を突っ切っていくから。その姿に憧れてついていくヤツが多いんだ、特攻隊には。
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    hiim723

    DOODLE「トラウマの上塗り」
    ココイヌ、サイコパスハジメに絆される中学🐶の話。※嘔吐表現注意

    •上塗り: あることの上にさらに同じようなことを重ねること。悪い場合に使う。
    •上書き: 既に存在するデータを新しいデータに置き換えること。 「オーバーライト」と呼ばれることもある。

    ハピエンとは言い難いけど、花垣がタイムリープする前の世界線はこんな感じに一蓮托生エンドだったのかな。
    トラウマの上塗り乾が初めて「そういうこと」を見たのは、イザナの下にいる頃だった。イザナの指示に従って名も知らぬチンピラ供をボコした帰り道、見知った黒龍のメンツが路地裏でたむろしているのを見かけた。別に親しくもない、仕事のために一時話たことがある程度の関わりで名前も覚えていない。けれど向こうはこちらの顔も名前もバッチリ覚えていたらしい。「乾君、こっち来てみなよ」いつもなら無視するような声がけに、気まぐれに振り向いて近づいた。
    裏通りの暗闇を進むにつれて、高くて小さい女の悲鳴が聞こえて来るようになった。まさか数人の男がよって集って女をリンチでもしているのかと訝しみつつ覗き込むと、服がはだけた女が2人、男達の下で柔らかな肢体を淫らにくねらせていた。女はうっとりと蕩ける表情で目元を緩ませ、快楽に顔を歪ませている。男達が身体を動かし女の身体に触れるたび、甲高い声が路地裏にこだまする。
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    hiim723

    DOODLE「その日が何の日なのかオレは知らない」
    失ったものを思い出しながら🐉と🐶が会話する話。足りないものを埋め合うみたいな補完的相棒関係が好き……。
    梵天軸、DDの🐉と🐶です。カプ要素は無いつもりですが、ココiイヌの民が書いているのでちょっと出てるかもしれないです。
    その日が何の日なのかオレは知らない普段は酒に弱い乾が龍宮寺にお世話されているが、一年に一回、龍宮寺がハメを外す日があることを乾だけが知っている。
    前日からやたらテンション高めの龍宮寺が「なぁ、イヌピー明日暇?」と話しかけてくる。毎年同じ言葉をかけられるので、いい加減覚えてしまった。
    あぁ、そろそろだったか。乾がそう思いながら「暇だよ」と返すと、「常連さんにいい酒貰ってさ。明後日休みだし、明日の仕事終わりにちょっと飲まねぇか?」といい笑顔で龍宮寺が続ける。
    乾は黙って頷きながら、長い金髪を束ねている青いシュシュを外した。

    ーーーーーー

    良いペースで酒を飲み進める龍宮寺の横で、乾は烏龍茶を口に含む。最初に注がれたビールは一口だけ飲んで机に置いていたので、とっくの昔に泡が無くなっていた。薄い麦茶みたいな色をしたそれを横目に色の濃い烏龍茶をコップに継ぎ足して、また一口飲む。それを繰り返しながら龍宮寺の話に相槌を打ち続けた。
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