F蘭ワンドロ用 お題:雪 雪は嫌いだった。樹果がまだ幼かった頃、親にそのことを告げると、おとうさまは少し悲しそうな顔で「それも自然の偉大な円環のうちの一つなんじゃよ」とたしなめるように言い、おかあさまは、死んだように見える生命も、ただ眠っているだけのこともある、と教えてくれた。そして三人で熱くて甘いお茶を飲んで、その話はおしまいになった。
昼間、窓の外に降る雪は妙に世界を明るく見せるくせに、人と人を隔てていくようで怖かった。雪が降れば、仲のいい友達とも遊べない。おとうさまもおかあさまも大好きだけど、友達とは違う。
「陸岡くん、115ページ4行目から最後まで訳して」
いきなりの声に我に返る。今は授業中だ。教室のヒーターが効きすぎて、つい居眠りをしてしまった。あー、なんで寶はうるうか蘭丸と同じクラスにしてくれなかったんだ。樹果は密かに寶を呪った。
「えっと」
そもそも115ページ4行目がどこだかわからなかったが、気のいい近くの級友のこそこそ声を聞き取り、なんとか乗り切った。チャイムが鳴り、樹果にとっての拷問の時間はおわった。
「さっきはありがとう、俺ひとりじゃ乗り切れなかったよ」
樹果は級友に声をかけた。
「あれ、童話だろ? 原作ってか、翻訳あるから楽勝だよ」
「俺、本あんまり読まないからわからなかった。どんな話?」
帰り支度をしながら級友は答えた。
「仲良しの子供ふたりがいて、片っぽが雪の女王に攫われるんだよ、で、その友達を、残された友達が追いかける。最後に女王に攫われた子の心に刺さった鏡の破片を、追っかけて来た子の涙で溶かすんだよ。そういう話」
俺の知ってる話とだいぶ違うな、と樹果は思った。まわりは全部雪で、女王だって寂しかったんじゃないか。そして、人と人とを隔てる鏡の破片が涙で溶けたのは、本当はその二つが、同じもので出来てたからじゃないかな。