うそつき「あのときは楽しかったなあ」
じめついた夜の路地裏で、かあさんの昔話を、寝物語に聞かされた。その声をおぼえているのは、いつものかあさんより子供っぽかったからだと、後で気づいた。
「ちょうど今の寶くらいの侍女の子がいてね、内緒で髪を編んであげたりして」
「なんで内緒なの?」
「かあさんのほうが身分が上だったから、怒られちゃうの。大したことじゃないのにね。後宮に入ってからは、同じ年の子たちがいっぱいいたから、よくお茶を飲んだり、アクセサリをとりかえっこしたり」
「なんで?」
「なかよしの印ね」
その印が今はもうないことが、おれたちの境遇を表していた。一杯の粥のことを一日考えて、人目を忍んで逃げ隠れする毎日。なかよしでもお友達でも、誰もおれたちを助けてくれない。おれができたから。
「あの子たちとはもう逢えなくなったけど、でもいいの。寶がいるから」
ほんとうに? 顔も見たことのないとうさんは、おれができたとき、たいそう喜んだと聞いた。それもかあさんの話だ。いろいろな話を継ぎ合わせると、おれがいたから、かあさんは友達と離されてとうさんを殺され、こんな生活まで落ちたように思えてくる。物心ついたときからこんな感じで暮らしてきたから、かあさんの後宮住まいが、他愛無い嘘と思い込んでいた。
自分の境遇を隠すために、人間たちが嘘をつくのに気づいたのは、かあさんが死んで、人間界で仕事をはじめてしばらくしてからのことだった。どこから出ようが金は金だから、笑ってうなずいて受け流すようにしていた。某王族の落胤だとか、数々のライバルを蹴落として正妻の座におさまったとか。それが本当なら、なぜおれはここにいて、かあさんは逃げ続けていたのか。訊けるわけもなく、ただ聞きながす。嘘だと思っていたかあさんの話が本当だったように、人間たちの話が嘘じゃないなんて、誰にもわからない。