はごろも「蘭丸くん、シリウスのこと何か思い出してへん?」
風呂の時間に無粋かもしれない、と思いながら寶は蘭丸に探りを入れる。だが時間がない。皆の気持ちが緩み、口が軽くなる今がチャンスだ。スパの大きな湯船に浸かりながら、うるうが焔の胸元を見ているのがわかる。傷はおおかた治ったとはいえ、話題に出さなければよかったか。
「何か……と言われましても」
蘭丸はしばらく天井に視線をやり、バックンの泳ぎを目で追い、ようやく答えだした。
「あの人、何か羽織ったほうがいいと思う。何か一枚足りない」
「そこじゃないんじゃん?」
髪を洗って湯船に帰ってきた樹果がつっこむ。
「確かにあの格好はふしだらきわまりないな」
湯船に浸かっていた焔は不愉快そうに顔をしかめる。
「ふしだらとかじゃなくて、着物がないから夭聖界に帰れなくなったみたいな……」
「羽衣伝説だよ。蘭丸。天人に恋をした人間が、天人の着物をわざと隠して帰れないようにする話だよ。我々の十訓にある正体を明かしてはいけない理由のひとつでもある」うるうが答える。
「うるうはなんでそれを知ってるの?」
「異種族間の交流についての本に載っていた。先に失礼するよ」
湯に浸かりすぎたせいか、頬を赤くしながらうるうが湯船からあがる。
樹果は手を水鉄砲のかたちにして、バックンに当てにかかっている。
「でもさ、天人は帰りたいって思ってたのかな」
今回もハズレか、との失望を表に出さず、寶は蘭丸に話しかける。
「うるうくんに訊いてみるとええんちゃう?」
羽衣を着ると、人間界の記憶は全て失われるちゅう伝説もあるで。本当に何かか一枚足りないのは、闇に堕ちたシリウスではなくて、蘭丸くんちゃうんか。寶はそう言いたかったが、敢えて口にはしなかった。